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テンサイ的少女のポートフォリオ  作者: 大和麻也
Episode.11 しんぼう
51/64

I

 天保の象徴たるふたりの天才――足立愛莉と森崎博士を「嘘吐き」と血相変えて罵った才華だったが、真相を突き止めんと飛びだしていくでもなく、座ったまま携帯電話を取りだして慌ただしく操作しはじめた。いったい何を思いついたのかわからないけれど、彼女の中で何かが弾けたのだろうことはわかる。

 何を手伝えるでもなく、ぼくは黙って見ているしかない。放送部のエンディングの音楽を聴き、窓の外の雨の様子を眺め、伸びかけのラーメンを啜る。才華はというと、皿の四分の一ほどスパゲティを残したままだ。

 ケータイを操作する手はメールの文面を入力しているようだったが、そのうちインターネットを利用して何かを検索しているような手つきに変わる。それからすぐ、ぼくに液晶を向けてきた。

「これ見て」

「へ? いきなり何?」

「この顔に見覚えはない?」

 目を細めて、小さな画面を凝視する。

 ちょっとくすんだ感じの金髪に、控えめに輝くピアス。何かの折に撮ったとみえる集合写真の中心に膝立ちして、人懐っこそうな笑顔を浮かべる。整った顔立ちと派手ないで立ちが軟派そうな印象を与えているが、そういう人の表情ではない。大きな仕事を全うしたあとの、達成感と爽快感が心の奥底から溢れ出ているのだと想像できる。

 確かに、見覚えのある男性だった。記憶力は、唯一受験勉強によって自信を持てるようになった長所だ。ふと見かけた程度だったとしても、記憶から検索して取りだすことができる。

「この人、もしかして夏休みに演劇を見に行ったとき、足立先輩と話していた大学生ふうの人かい?」

 才華は「やっぱり」と呟いた。

「Inter-Actの幹事長だよ」

「え、足立先輩が加入するサークルのリーダーってこと?」

 人は見かけによらないとはわかっていても、夏にふと見かけただけの印象では、ボランティア活動に熱心な人とは思わなかった。

「前々から話を聞いていたって足立先輩も言っていたよね。当時から話を進めていたのかもしれない」

「たぶん、そういうこと」

 何かを疑っている表情。

「で、それがどうかしたの? 先輩の言っていた通りのようだけれど、おかしなところがあるとでも?」

「弥、こっちに席を移って。さっそく、人が来たから」

 人が来た? 食堂はむしろ空席が増えてきているはずだから、才華がメールをしていたのは、人を呼んでいたのだろうか? 彼女の視線の先、背後を振り返ってみると、

「才華さん、どうしたの? 急に聞きたいことがあるなんて」

 蓮田さんが不思議そうな顔をして立っていた。

 才華が苦手な彼女をあえて呼んだ意図はすぐにわかった。食事をするためではない、知っていることを話させるためだ。文化祭実行委員として足立先輩とも交流があり、金券の話をしたときも一緒にいた彼女は、新しい手掛かりを得るためにうってつけの証人といえる。

 才華は彼女と向き合って話したいのだとわかって、ぼくは食器とお盆をまとめて才華の隣に座りなおした。

「文化祭のときのことで確認したいことがあって」

「文化祭? もしかして金券の話? あの話の顛末は愛莉先輩から聞いているけど」

 突然呼びだされたことで戸惑いがあるのか、彼女は才華を真っ直ぐ見つめながらもあまり集中していないようで、自分の髪を撫でるように触っている。先日までピンク色のメッシュが入っていた部分だ。

「訊きたいのはそのこと。でも、確認したいのはもう少し前のこと」才華はやや身を乗りだして問う。「わたしと見て回っていたとき、どうして最初に写真部を見に行きたがったの?」

 笑顔ひとつなく真剣な面持ちで問われ、蓮田さんはたじろぐ。

「それは、元から注目していたからだよ。フォトフレーム、欲しいなって」

「それだけではないよね? もっと突っこんで訊いてもいい――実行委員としての必要があったから行きたかったんじゃないの?」

 実行委員として必要? 写真部に行ってフォトフレームを買うことが? 不良品を売っているとか、ぼったくりをしているとかいうクレームでもあって確認に向かったのか? 実行委員はステージのタイムテーブル管理や落とし物管理、更衣室の監視にゴミ捨て場の案内など非常に役割が多く多忙であったから、各団体と密に連絡を取っていた様子はなかった。ぼくのクラスや将棋部にも委員が顔を出したケースはなかったはず。写真部だけ特別に用事があるとは思えない。

 ところが、ぼくの考えとは反対に、蓮田さんは何か心当たりがある様子だ。

「口外するなって話だったし、誰も知らないと思っていたのに……」

 口に手を当てて心底驚いたというふうの実行委員。ぼくも驚いている、才華がカマをかけているだけだと思っていたから。でも、天才少女の実力はその程度ではないことを何度も見てきたではないか。

「そういう話ほど聞きたいの。教えて」

 才華に迫られても、蓮田さんは躊躇っている。自分から秘密の存在を明かしたものの、委員の約束を破るところまでは踏ん切りがつかないらしい。

 何としても情報を掴みたい才華は語気を強める。

「あの女に言われたの? さしずめ、ひそひそ話で『あなただけにお願いするから誰にも話さないでね』ってところかな。迷うだろうね、あの女の言うことなら何でも聞くんだから。わたしのアドレスを勝手に教えてしまうくらいだし」

 その剣幕に、いや、言葉に蓮田さんは圧倒されていた。理解が追いついていないわけではなさそうだ、どちらかといえば「どうして知っているの?」という驚きと、焦りと、恐れとが顔色に表れていたから。

 才華が「あの女」と呼ぶ相手は決まっている――足立愛莉先輩だ。

 その学園のスーパースターに、蓮田さんはぞっこんである。才華にも過剰なくらいの好意を示すけれど、足立先輩に向けてはそれ以上に熱烈だ。自分が実行委員になったのも、先輩が委員長だからだと言っていた。彼女の言いなりとまではいかなくても、好かれるためにやりすぎてしまうことはありそうだ。

 だからぼくも、正直なところ才華と同じ予想を抱いていた。夏休みに演劇を見に行ったあの日、足立先輩が知らないはずの才華のメールアドレスを知っていた理由は、蓮田さんが事前にメールで教えていたからではないか、と。蓮田さんは直前に才華とアドレスを交換していたから、足立先輩がそれをメールで聞きだすことは可能だ。

「怒っていたの? アドレスのこと」

 鈍いと言わざるを得ない、蓮田さんのリアクション。友人のアドレスを勝手に他人に教えることがどういうことか、そして、それをいまになって怒っていたのかと問う態度が相手にどう思わせるか、まったくわかっていない。

「この際だからはっきり言っておくけれど」穏やかならざる棘のある口調だ。「あの女は別に、それほど好意を持って接しているわけではないでしょうね。ただ都合がいいから指示をしただけ。あの女は人を騙す演技を躊躇わない」

 さすがに追い込むことはないだろう、と才華の言い過ぎを咎めようとしたら、蓮田さんが先に口を開き、意を決したように話しはじめた。

「じゃあ、話すよ。愛莉先輩から確かに頼まれた、オレンジ色の画用紙と金券の原本を渡されて、写真部に持っていくように」

 金券の原本? そんな大切なものを写真部に?

「どうしてそう頼まれたの?」間髪入れず、才華が問う。

「不足した金券を印刷してもらうため」蓮田さんは淡々と答える。

 曰く、文化祭当日、金券が予想外に売れて、新たに印刷する必要が生じていたという。しかし、学校のプリンターを借りようにも、学校説明会や入試相談会を開催していた都合で職員室の先生方は手が空かず、増刷できない状態に追い込まれていた。そこで生徒会は、プリンターを持っていた写真部に印刷をお願いすることになったのだ。

 ストックされていた画用紙と印刷原本を写真部まで運ぶ役目は、生徒会も多忙だったため、巡り巡って実行委員の蓮田さんに足立先輩を介して依頼されたという。

「……知っているのはここまで」

「わかった。ありがとう、祥子さん」

 珍しく名前を呼び間違えなかった才華は、次に向かうべきところが決まっていたらしく、すぐに席を立った。

「ごめん、蓮田さん。悪いところが出たみたい」

 才華に代わって謝ってみたが、蓮田さんは黙って首を横に振るだけだった。



「才華、何をそこまで熱くなっているの? あとで蓮田さんに謝りなよ?」

 つかつかと歩いていく彼女を追いながら、先鋭化していく言動に忠告してみるが、暖簾に腕押しであった。返事のひとつもくれず、ひたすら自分の向かいたい方向に歩を進めるばかり。ぼくがついてきていることも気にしていないようだった。

 そのとき、彼女が急に足を止めた。突然のことでつんのめってしまう。

「これは……演劇ボランティア同好会の勧誘じゃないか。ホンマにもう掲示されていたんだ」

 天才少女が次に手掛かりを得ようとしたのは、部活動の掲示板だった。春先から部員募集のビラが貼りっぱなしにされていて、古いものの上に新しいものが貼られていたり、四隅に差していたはずの画鋲が外されていたりと、半ば無法地帯となっている。その中央、最も目立つ場所に件の同好会のビラが貼りだされていた。

 ビラは地味なデザインだった。真面目に活動しているとアピールするように、感情的なフレーズで活動の意義ややりがいを訴え、会員を募っている。

 文章を読まないと謳い文句のわからないこのビラでは、大部分の人は目を止めないだろうし、熱心なごく少数しか勧誘に応じないだろう。でも、この程度のビラで充分なのだ。実際に広告塔になっているのは部長その人である。こんなことにも足立愛莉という人の影響力を感じてしまう。

 才華はこれを確認したかったのか? 疑問に思って振り返ってみると、彼女は違ったところに注目していた。

「写真部の部長は二年D組。やっぱりね」

 彼女が注目したのは、写真部のビラだ。紙面の端には、生徒会の決まりで部長とその人のクラスが記載されている。

「D組だからどうかしたの?」

 訊いても無駄だ。彼女は別のところに視線を移している。ビラは部員が撮ったであろう風景写真が並んでいるのに混じって、部員たちが部室で撮った集合写真があった。

「思った通り。プリンターはなさそうだね」

 次々と飛びだす彼女の発見とその思考の断片を拾い集めるだけでもひと苦労だ。いつもなら彼女に問うて説明させるのだけれど、そうもいかない。彼女はそれ以上のスピードで行動している。このまま振り落とされてしまいそうだ。

 今度もまた、尋ねるチャンスは与えられなかった。才華は踵を返して、次の場所に向かおうとしていた。

「ちょっと、次はどこに?」

 辛うじて行動については問うことができた。彼女はぼくを肩越しに振り返って、短く答えた。

「学校の外に出るよ。戻ってくるころには、約束の時間になっていると思う」

 その視線には、邪魔をするなと訴える冷ややかさが感じられた。

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