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テンサイ的少女のポートフォリオ  作者: 大和麻也
Episode.10 せいさん
47/64

II

 ひょろりと細くて背の高い体躯。比例して長い首に乗っかる青白い細面は、彫りの深い目元と前に出る広い額がアンバランスで、分厚いレンズの眼鏡を重たそうに引っかける。やはり細長い手足のためか、わずかに身体が左右に揺れているように見える。

 ともすれば不気味な彼も、佇まいからは何ともいえない威厳を漂わせている。良くも悪くも高校生には見えない彼こそは、天才の巣窟たる天保高校の象徴的存在にして本物の天才として頂点に立つ生徒会長、森崎博士(ひろし)である。

「偽物とはどういうこと? まあ、心当たりがないでもないけど」

 にやりと口角を曲げた彼が問う。間近で見るのは初めてだが、この人が成績トップで、しかも演説で以て全校生徒を熱狂させた生徒会長かと思うと、正直なところそうは見えない。ただし、外見がそうというだけで、オーラというか雰囲気というか、ただそこにいるだけで感じられる威厳には怯んでしまう。

 恐れを知らない天才少女は、最低限彼を先輩と感づいて丁寧な言葉を心がけながらも、自分の思った通りのことを伝える。

「番号のハンコは間違いなさそうですが、生徒会の印のほうは印刷されたものに見えます。この印も一枚一枚手で押されていて然るべきでは?」

 生徒会長は肩を竦めた。

「言う通りだよ。本来金券は生徒会のハンコも番号と同じタイミングで押すはずだったんだが、僕が席を外さなくてはならない日が印刷の作業日でね――ほかの役員が勘違いして生徒会のハンコを印刷原本に押してしまったんだ。だから、どの金券も生徒会の印は印刷されている」

 自分の財布から金券を取りだしてみる。確かに、どの金券も生徒会の印がスタンプのインクではなく、プリンターで印刷されたようなインクで押されている。指でなぞってみると、番号の部分と印の部分とで手触りがまったく違っていた。

「それじゃあ、どれも偽物ってことじゃ……」

 才華の呟きに、森崎会長は地獄耳なのか、敏感に返答する。

「その心配をかけたなら申し訳ないね。印刷してしまったものがもったいないし、番号のスタンプで識別できるから、予定とは違う完成になってしまったけれど、そのまま使うことにしたんだ」

 これには才華も怯んだふうに頷いてしまう。聞かれていないつもりだったのだろう。

 そういえば、江里口さんも口を噤んでいる。気の強いふたりでも先輩相手、まして生徒会長を前にしては好き勝手言えないようだ。かくいうぼくも、変なことは言えないと背筋に力が入っている。

「森崎先輩も愛莉先輩から?」蓮田さんもおっかなびっくりな様子で先輩に問う。「最初に見つけたとき、愛莉先輩には電話したんですけど」

「ああ、足立から事情は聞いているよ」彼は文化祭の準備でともに働いた蓮田さんのことを知っているようだった。「金券のことなら最終的に生徒会に話が来ただろうからね。ところで、その三人は実行委員だったっけ?」

 おっと、ぼくたちのことだ。

 蓮田さんは才華の左腕に自分の右腕を巻きつけた。

「クラスメイトの家入才華さんとその友達です。実行委員ではないけれど、愛莉先輩とも知り合いで、頭が切れるんです。愛莉先輩も知恵を借りてみたらどうかって」

 才華の口がうっすら「あの女」と動いた気がした。

 どうやら、金券をゴミ袋から発見して動転した蓮田さんは、まず実行委員の先輩である足立先輩に伺いを立てたのだろう。手の空かない足立先輩は自分ではなく才華の力を借るのがいいと名前を出したので、蓮田さんは才華を呼んだ。その一方足立先輩は森崎先輩にも話をしておいたらしい。

「蓮田さんはこれから後夜祭の裏方だったね?」

 森崎会長の確認に、後輩女子が頷く。

「なら、時間もない。そっちに行ったほうがいい」

「え、でも」

「事情は把握しているから。僕も後夜祭に出演はするけれど、準備の時間はまだ使える。それに、解決まで時間はかからないと思う」

 それを聞いて蓮田さんはぼくたちの顔を見る。とはいえぼくらもどう助言したらいいかわからず困っていると、「失礼します」と言って蓮田さんは駆けていった。実行委員として仕事をやり切ることを選んだようだ。

「時間はかからないって?」

 蓮田さんの姿が見えなくなってから、才華が問う。

「実行委員はそろそろ、全団体の売り上げの確認を終えるころなんだ」生徒会長は肩を竦めて話しだす。ぼくたちが来る必要はなかったという含みが感じられる。「貼りつけられた金券や台紙におかしなところや偽の金券が見つかれば、足立が教えてくれるだろう」

「偽の金券?」才華は食い下がる。「どうしてそれを最初から想定しているんですか? 捨てられた金券の話ですよね?」

 後輩女子の鋭い指摘にも森崎先輩は揺るがない。それどころか、わかっていないな、とでも言いたい様子で続ける。

「タダでカネを捨てる奴はいないだろう? 僕は、金券の一部が偽物とすり替えられているんじゃないかと考える」

 タダで捨てる奴はいない、までしかわからなかった。確かにお金を捨てるなんてもったいないけれど、それがどうして偽物を作ることにつながり、まして本物とすり替えることが起こるのだろうか?

 この人も才華と同じ性質の人なのかもしれない。頭の中で思い浮かんでいることを、説明を省いて言葉にしてしまう。

「確かに、生徒会のハンコが印刷されているせいで、偽の金券は作りやすい状態。本物とすり替える必要があれば話はわからないけど……」

 偽造しやすいお金があれば、魔が差す人もいるだろう。となると、森崎会長のいう「すり替え」とはどのようなことなのか。

「ああ、いたいた。森崎、あんたの言う通りだったよ」

 口を挟む澄んだ声の持ち主は、文化祭実行委員長、足立先輩だ。奇しくも天保の文化祭を仕切ったツートップ――以前には会長選挙の立候補者と支援者としても共闘していた――が揃うことになる。

 森崎先輩が言っていたように、足立先輩は各団体の売り上げを調べていたようだ。手には金券を貼りつけた台紙を一部持っている。

「これ、二年A組のやつ。偽物が混じっていると思うの」

 クラスを聞いて江里口さんがぼそり――「あ、お好み焼きのところだ」

 そういえば、一日目には彼女と一緒に食べさせてもらった。正直、ぼくには物足りない商品だったのを憶えている。焼け具合がいまひとつで食感が悪く、よく混ざっていない材料たちが口の中で喧嘩をしていた。急いで雑に作ったのだろうとは、容易に想像がついた。

「あそこのお好み焼き、売り切れると思う? あのザマだったのに、申請したぶん全部が売り切れ。おかしいと思って調べてみたら、番号がだぶってる金券がA組だけで二、三枚見つかったの。たぶん、何十枚もこの中に偽物がある」

 屋台の前では長い行列ができていた。調理室で準備をしていたはずだから、おそらくフライパンで一枚ずつ焼いていたのだろう。供給がまるで追い付かず、ぼくたちも長い間待ってようやくありつけたのだった。てんやわんやの運営で作られていたのだとすれば、あの不味いお好み焼きも致し方なし。「あのザマ」とは足立先輩も言い過ぎだが、売れ残っても仕方がなさそうだった。材料を在庫分すべて焼けたかも疑わしい。

「それ、見せてください」

「才華ちゃんじゃない、久しぶり」

 にっこりと笑う足立先輩。天保高校の大部分の男子生徒を虜にする笑顔である。自分に向けられたものでなくとも照れてしまう。実行委員長として忙しい二日間を終えてからでも輝かんばかり、計り知れない人だ。

 才華はひったくるようにして二年A組の冊子を調べはじめる。江里口さんとぼくも覗きこんだ。

 確かに、足立先輩の言うとおりだった。冊子の一ページ目には、申請された売り上げ合計として三万円と記されていて、一〇〇円の金券が一〇枚貼られた台紙が三〇ページ続いている。番号を注視して見比べれば、いくつか同じ数字の組み合わせが見つかった。番号の一致する金券は終盤のページにまとまっていて、偽物が何枚もあるという考えはそれを根拠に言っているらしい。

「偽物……でも、目的は? それに誰が」

 足立先輩の理屈に一応の納得を示す江里口さんは、その先の解決に向けて問うべき疑問を口にした。偽物の金券が作られていたとなれば、本物の金券が捨てられていたことよりもよっぽど大事である。彼女の言葉には危機感が滲む。

「お金儲けが目的じゃないの?」偽の金券を作る悪意に不安を持ちながらも、最もありふれた目的を想像して述べる。「返金のときに受け取れる額が増えるじゃないか」

「それは現実的ではないと思う」ぼくの考えを生徒会長が却下する。「番号のおかげで偽物は偽物とすぐにわかる。金券は支払いに使われても釣り銭にはならないから、生徒会から買う以外にない。返金の際に偽物を持っていたら、イコール偽物を作ったとバレる。それでも好んで数百円を稼ごうとは思わないだろう?」

「『入れ替える』と言っていたのはそういう意味ですか?」才華は森崎先輩の主意を理解しはじめていた。「偽物を作って新しい金券として使おうとしたんじゃない。もう使えなくなった金券を、偽物を使うことでもう一度使えることにした、そういうことですね? だからそれによって要らなくなった金券が捨てられた、と」

 ふと様子を伺った江里口さんと視線がぶつかり、首を傾ぐ。ぼくの彼女だけがこの場の見解についていけていない。明らかに置いていかれていた。

「犯人を明らかにするところまではいかないが、どういう目的で何をしたかまでなら充分明らかになっていると言えるな」

 森崎会長は天然パーマがうるさい髪を掻きあげた。

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