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テンサイ的少女のポートフォリオ  作者: 大和麻也
Episode.05 ふひょう
22/64

II

 時期柄、週の初めの月曜日は憂鬱だ。

 でも、放課後になれば楽しみが待っている。将棋部の活動、姫川先輩との対局だ。一応、月曜日と木曜日が公式の活動日なのだ。やっていることは全然部活という感じではないけれど、穏やかに将棋を指せる時間にぼくは満足している。

 と、そう思って部活に来たのに、先に部屋で待っていた姫川先輩は将棋盤を広げていない。代わりに、一枚の紙切れを持っていた。

 蛍光灯の明かりが彼女の銀縁眼鏡に反射する。

「きょうは対局の前に、確認しなければならないことがあります」

 姫川先輩の口調はとても丁寧だから、ときにそれがかえって距離を感じさせ、ちょっと恐ろしい気分になることがある。もしかして入部届にでも不備があったかと思ったが、そうではなかった。

「備品の状態を確認します。月末の生徒総会に向けて、今週中に予算を確認して申請書を提出しなければなりません。盤や駒に交換が必要なものがあれば、新しく買うためのお金を申請しましょう」

「生徒総会……ああ、そういえば先週の選挙のときに予告していましたね」

 総会は代替わりした生徒会の最初の仕事だ。それでいて、部活の予算を決める大きな仕事でもある。

「演説会は異様な雰囲気でしたね。新しい会長は森崎(もりさき)先輩でしたっけ? 立会演説の足立(あだち)先輩? もすごい気迫で」

「……そうですね。うまく盛り上げていたと思います。さて、少しでも長く指せるよう、早く始めませんか?」

 先輩の指示に従って、二台置かれている机の上に備品を並べていく。といっても、盤と駒が三組、そして対局時計がひとつだけ。昨年は買い替えの必要がなく、部費をまったく申請しなかったのだという。

 盤はいずれも折り畳み式、コンパクトで安価なものだ。シミや傷は付いているものの、どれも小さくて目立たない。対局時計は古くていまにも壊れてしまいそうではあるけれど、使えないわけではないし、しょっちゅう使うわけでもない。

「これなら、新しくしたいというほどでもないですね」

「そうですね。では、最後に駒を確認しましょう」

 駒は小さいものだから、ふとしたきっかけに紛失しているおそれがある。ぼくたちがあまり使わない駒箱のものだと、失くしてしまったことにも気づいていないことがありうる。

 とにかく数えてみなければわからない。それには、ひとつひとつ手に取って数えるよりも、対局時の状態にしてみるほうが手っ取り早い。盤を広げて、三つある駒箱の駒を並べようとするが、何かおかしい。

「これ、駒が混ざっていますよね?」

 姫川先輩もちょうど手を止めたところだった。

「ええ、そうですね。三つある駒箱のうち、ふたつでしょうか」

 三つの駒箱にはそれぞれ異なる個性の駒が入れられている。ひとつはプラスチック製の駒。駒の名前が略された一文字のみで書かれている。ひとつは木製で、文字が彫られているもの。もうひとつ木製の駒があるが、そちらは駒の字の書体が異なる。博識な姫川先輩曰く、一方はキンキ、一方はミナセという書体らしい。

 どれも安物とはいえ、見た目の異なる駒が混ざったまま盤に並べると、ひどく恰好が悪い。書体の名前は知らないまでも、その特徴から異なる流派の書体があれば気がつくものだ。駒を改めて区別して箱に収めなおしたいところ。

 見たところ、どうやら混ざってしまっているのは、木製の二種類のようだ。

「やることに変わりはありません、不足がないか確かめましょう。仮に駒をA、B、Cと呼ぶとして、プラスチックのものをA、錦旗のものをB、水無瀬のものCとします。それぞれ区別して並べてみましょう」

「はい」

 ぼくたちが駒を使うときは、ひと箱で充分だ。そして、それらが混ぜこぜになっていると気持ちが悪い。すなわち、ぼくたちが駒を混同して箱に入れてしまうようなことはしない。

 そのため、このような状態になっているということは、誰かが駒箱をひっくり返してしまった可能性が浮上する。その場合、紛失の可能性も高いといえる。

 面倒な作業でも姫川先輩は抜け目なく、丁寧だ。ナントカ流という並べ方があるらしく、王将から始めて中心から広がっていくような順番で駒を並べていく。ABCを区別して駒を見つける作業があるのに、手際よく駒を見つけて手に取っていく。

 ぼくはそそくさと手の届くものからAの駒を並べていった。

 そのうちぼくのほうが素早く駒を並べられるようになり、AとCの駒を並べ終えた。それとほぼ同時に、先輩もBの駒の確認を終えた。

「ぼくが並べたものでは、ふたつ足りませんでした。Aの箱に問題はありませんでしたが、Cの歩が二枚見つかりません」

「では、合計で五枚不足ですね。私のほうでは三つ足りませんでした。銀将、香車、歩兵がいずれも一枚ずつ足りません」

 Aの駒は対局できる状態に並んでいるが、BとCが並べられた盤には虫食いがある。将棋にあまり関心のない人なら「代わりのモノを使えば?」と言うかもしれないが、そういうものでもない。埋まっていないその穴が気持ち悪くて許せないのだ。

 しかし、ふと気がつく。

「でも、先輩の並べたBの駒、足りないのは銀と香だけに見えますよ?」

 盤の上の虫食いは二か所だけ。歩兵は一八枚すべてそろっている。

「いえ、言ってしまえばAとCの駒は相当な安物で、それに比べればBの駒は並の品です。それくらいの質の駒であれば、たいてい、予備の歩が入っているものです」

 そうか、言われてみればBの駒を使って対局するとき、一九枚目の歩が入っていた。対局のときは開けた駒箱をひっくり返して駒台にするので、その中に予備を仕舞っておいたものだ。盤面では揃っていても、余分な一枚がどこにもなかった。

 次にやるべきことは決まっている。国語科資料室の中に駒が転がっていないかを探すのだ。制服が埃っぽくならないように気を付けながら、棚の下の隙間を覗くなどして調べていく。

 しかし、一〇分ほど探してみても見当たらない。

「この部屋にはもうないんですかね?」

 ぼくが諦めの言葉を発したのを聞いて、棚と壁の隙間を覗いていた先輩は身体を起こす。ポニーテールがさらりと揺れた。

「困りましたね。もしもう戻ってこないのであれば新しい駒を買うために、部費を申し込むことになります。幸いまだ申請締め切りの金曜日まで時間はあるので、見つけられるものなら見つけたいところですが」

「でも、この部屋から見つかるとは思えませんよ?」

「ええ、確かに。少なくとも、地道に手探りしていっても出てくることはないでしょう。ですから、少し考えてみましょうか。いつ、どうして駒を失くしてしまい、どこへ行ってしまったのか――せめてそれらがわかれば、そもそも探しても仕方がないのかどうか判断できます」

 おや、才華みたいなことを言いはじめたぞ。

 でも、駒を紛失してしまった経緯には少しばかり興味がある。だって、ぼくと姫川先輩のふたりしか駒をいじらないのに、誰が駒箱をひっくり返し、どうして適当に片付けることになったのか。

 ぼくも才華に毒されたかな。疑問があると、説明が欲しくなる。

 姫川先輩は人差し指を立てると、それを口許に寄せて優しい笑みを浮かべた。

「早速ですが、すでにいくつか思いつくところがあるのです」

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