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III

「あかん、来そうにないね」

 最初の放送があってからさらに五分が経過してしまった。

 いよいよぼくまで何かあったのかと勘ぐってしまう。隣の駅に停まる電車が見えやしないかと身を乗り出してみるが、カーブに隠れているので見えるはずもない。見回せば、ホームで電車を待つ人数はますます増えている。手にしたスマートフォンの液晶には、この謎の答えが映っているのだろうか。

 自力で答えを見つけ出そうという才華は、眉根を寄せ、腕を組んで、より一層思考を巡らせているようだった。

「放送を待っているの?」

 一回目の放送では、解決まで時間がかかるだろうということしかわからなかった。つまり、実際に何があったのかを見抜くためには、まだ情報が足りていないのではないか。

「悔しいけれど、いまのところそれを頼りにするしかないね」

 その言葉の通り、彼女は口を尖らせ、恨めしそうに電光掲示板を見ている。その表示は、十分前の発車時刻のまま変わっていない。腕時計に目を向けるてみると、また次の一分が過ぎ去ろうとしていた。

 お腹が空いたな――空腹が気になりはじめたとき、ついに二度目の放送があった。

『ご迷惑をおかけしております。現在下り線、隣の駅で停車している電車は、体調不良のお客様への対応を行っている影響で発車が遅れています』

 才華のぴくりと反応した。

『運転再開までいましばらく時間を要す見込みとなっております。お急ぎのところ大変申し訳ございません。対応終わり次第運転を再開いたします』

 才華が反応したのも頷ける。ぼくたちが一度目のアナウンスのときの仮説に充分当てはまるのだ。発車しようという電車の乗客が体調を崩し、車内からのその訴えに気づいたホームの客が非常停止ボタンを押した、というストーリーである。

 そうだよね、と才華に問うと、意外なことに、彼女は首を傾いだ。

「弥の言っていることは妥当だと思う。その仮説が一番しっくりくるし、わたしも一番にそう考える。でも、何か引っかかるんだよね。どこかにまだ、違和感がある」

 違和感――感覚的な引っかかりでは、ぼくには理解しきれない。

 急病人の救護くらいならすぐに終わってくれるだろうか。それなりに汗をかいたから、できることなら早めに帰ってシャワーを浴びたいたいものだ。ケータイを取り出してみても、特に着信がなければ用はない。時間は腕時計で見ているし、ネット接続がないのだからタイガーズの試合結果を調べることもできない。

 おばさんに帰りが遅くなるとメールをしておいた。才華からは連絡していないようだったから。それを済ませれば、ケータイは鞄に仕舞うのみ。

 用途に限定のあるぼくでも、暇があれば携帯電話を取り出している。

 これがネットにゲーム、音楽などと使い道が広がったなら――スマホなしでは暇つぶしができなくなってしまうかもしれない。まあ、そのへんに転がっている疑問で頭をいっぱいにできる才華のほうが特殊なのだけれど、事実、ホームで待つ選択をした人たちは何かしら手にして操作している。向かいのホームでは、スーツの男性が再びスマホを取り出していじっている。

 ……おや?

 まだいるの?

「ねえ、才華。もしかして違和感っていうのは――」

 そのとき、また場内放送のスピーカーが騒ぎはじめた。

『大変長らくお待たせして申し訳ございません。下り線隣の駅での救護活動が完了し、発車に向けて安全確認をしているとのことですが、その際ドアの開閉に不調がみられるとのことで、至急機械の点検を行っております。お急ぎのところ誠に申し訳ございません。振替輸送も含め、対応決まり次第連絡いたします』

 早口の放送に、ホームで待つ人々がざわついた。ぼくも驚いた。今度はドアに不調だって? 運が悪いったらない。

「これは当分かかるよ、ルートを変えたほうが……」

「…………」

「才華?」

「……ん? あ、いまのですっきりしたよ。上り電車も遅延して当然ね」

 話が通じていない。ぼくの提案が耳に入っていないし、そのうえ返答する彼女もまた頭の中でのプロセスが一部しか伝えていない。

 コミュニケーションを成立させるには、ぼくが再度ルート変更を提案するか、才華に考えを問うて説明を補ってもらうしかない。ぼくは後者を選択した。彼女は電車遅延の理由を明らかにするまで、このホームから離れる気がないようだから。

 彼女が納得するのを助けて、さっさとここを出よう。

「上り電車……そう、ぼくも気がついたんだ。上りでも遅れているみたいだよね? それが当然ってどういう意味?」

 向かいのホームにいるスーツの男性、ぼくはさっきからずっとあの人を見ている。電車に乗れないから彼はあそこに居続けているのであり、すなわち上り線も運行を見合わせていることが導かれる。ぼくにもわかることだ、才華も気がついていたことだろう。二回目の放送のあとに口走った「違和感」の正体はこれだったのではないか。

 しかし、トラブルが発生しているのは下り線。しかも急病人が出たくらいで、上下線を止めてしまうほどのことなのか。機械トラブルは確かに上下運転見合わせを招きそうな大事だけれど、それはたったいま発生したばかり。才華のように「当然」と言い切るには拙速にも思える。

 彼女は軽い語調で考えの根拠を説く。

「当然なのは何も、実際に伝えられている情報だけからわかるものではないよ。わたしはね、同時に起こっていてもおかしくない別の可能性を見出しているの。その筋道からしてみれば、上下線とも運転を見合わせて当然ね」

 ううん、むつかしい。

 一応、才華はわからないと伝えれば教えてくれる。

「わたしの仮説にはまだまだ確証が持てないのだけれど、状況として確かに言えそうなことならいくつもある。たとえば弥は、上り線まで止まるほどのトラブルは起こっていないはずだと思っている」

「うん、そうだね」

「なら、上り線をも止めてしまうようなことが実は発生していて、わたしたちがそれをたまたま知らないでいることに、とりあえずしてみるんだよ。仮にね」

「はあ……」

 そんなことをしたら話がおかしくなってしまいそうなものだ。これが刑事事件の話だったなら冤罪や誤認逮捕を招きかねないし、テストの場面だったならひっかけ問題にまんまと引っかかる。

「仮説を立てることを躊躇ってはいけないよ」才華は自慢げに語る。「仮説はいくつも立てて、それから減らしていけばいいの。新しい情報や証拠を得るたびに、消去法で。絞り込みを始めるためのヒントなんて、たくさん転がっている。自分以外の誰か、弥に訊いてみたっていい」

 なるほど、使えるものは何でも使えということだな。

「じゃあさ、いまもぼくに訊くべきことがあるんだね? 確証が持てていないって言っていたから」

 そうだね、と才華は手を口元に運び、必要な問いを構成する。

「弥なら、車内で危険を感じたらどう行動する?」

「危険を感じる? いったいどういう事態を想定しているの?」

「いいから」

「……脱出を図るよ。身に危険が迫るときは、じっとしていたほうがいい場合も多いだろうけれど、電車となれば狭い場所に留まっているほうが危ない気がする。うん、逃げるね」

 だよね、と才華はぼくの答えから何かを確認する。今度もまた、何に彼女が納得しているのか理解できないし、訊かれたことの意味さえわからない。確証に一歩近づいたと見える彼女の有力な「仮説」とやらは、どのようなものなのか。

 ねえ、と切り出す声がかき消される。

『大変長らくお待たせしております』

 駅員の放送だ。

『現在隣の駅で停車中の電車ですが、車両から降りて線路上に立ち入っているお客様がいるという情報が入ってまいりました。そのため上下線の運転を見合わせ、状況の確認を行っております。運転再開の見込みは立っておりません。振替輸送の準備が整いましたので、お急ぎのお客様に振替輸送のご案内をいたします。振替路線は……』

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