恋愛嫌いの魅了スキル使い
スキル『魅了』
効果範囲:術者から周囲五メートル
効果対象:術者が魅力的だと思う異性
・発動すると範囲内の対象を虜にする。
・虜になった対象は術者に対して好意を持ち、術者のどんな命令にも身体が従う。
・元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない。
・一度かけたスキルの解除は基本的に不可能。
「このスキルは……どうしてよりにもよって俺の元に……」
さっきまで普通の高校生だった飯馬悟こと俺は、ステータスウィンドウに浮かんだスキルの詳細に、異世界の地で頭を抱えた。
事の発端はあまりにも唐突なものだった。
家から一番近いということで受験した公立の高校。
朝のホームルーム前、2ーBの教室には遅刻者もおらず俺を含めてクラスの全員が揃っていた。
いつもの日常が始まるというそのとき、教室全体に魔法陣のような幾何学的文様が浮かび上がり閃光を発したところまでは覚えている。
そして気が付くと俺たちは、元いた教室とはかけ離れた場所、この閑散とした屋外の広場にいたというわけだ。
広場は石畳が敷かれ、隅には寂れた建物があり、周りは森に囲まれている。
辺りには俺たち生徒しかおらず、いきなりのことにどうしていいのか途方に暮れそうになったが、広場中央に石碑があり、それにメッセージが記されていることに気づく。
――――――――――――――――
異なる世界より呼ばれし者よ。
汝らには力を与えた。
この世界の危機を救え。
渡世の宝玉を集めよ。
さすれば元の世界に帰さん。
――――――――――――――――
異なる世界より呼ばれし者とは、状況からして自分たちのことであろうとは想像が付いた。
メッセージを読んだクラスメイトたちの反応は様々なものだった。
「偉そうな言葉使いやがって!」
「いきなり何なんだよ!!」
「異なる世界ってどういうこと!? ここって違う世界なの!? なら早く元の世界に帰してよ!!」
不満が爆発し、石碑に文句をぶつけるが当然言葉は返ってこない。
「いやいや……そんなことしても意味はないだろ」
その集団の中で俺は周りより少しは落ち着いて石碑を眺めていた。
正直少し混乱しているがすでに頬はつねった。どうやら夢ではないみたいだ。
「夢ではない。そうか……異世界か……」
ニヤニヤしそうなところを必死に抑える。
そうしていると、混乱したクラスメイトたちを収めようとする者が現れたようだ。
「みんな落ち着いて!」
毅然とした声を上げたのは学級委員長のユウカ。整った顔立ちに手入れの届いた黒髪。学業優秀で容姿端麗ながらも、お高く止まらず気さくに接してくれることで、想いを寄せている男子も多い。
「落ち着けって……でもどうすればいいの、ユウカ」
異世界でも変わらない調子のユウカに、突然の事態で混乱しているクラスメイトたちは縋る。
「まずは現状を認識しないと。どうやら私たちは別の世界ってのに呼ばれたみたい」
「だからその別の世界ってどういうことだよ!? この世界は何なんだ!? どうして俺たちが呼び出されたんだ!?」
「それは……私にも分からない。でも元の世界に帰る方法はそこの石碑に書かれている」
「渡世の宝玉……っていうのを集めるんだよね?」
「そうみたいだね」
「そんなの集められるのかよ!? そもそもそれはどこにあるんだ!?」
「分からない、でも――」
ユウカに言っても仕方が無いのに、ユウカは嫌な顔をせず一人一人の不安を解きほぐすように答える。
そして確信を持った眼差しで宣言した。
「私たちクラスメイト28人が団結すれば、不可能な事なんて無いはずだよ! 絶対にみんなで元の世界に戻ろう!!」
その言葉に誇張はない。ユウカは自分の言葉を心の底から信じて発した。
それが伝わったのか。
「……よしっ、やるぞ僕も!!」
続いて声を上げたのは副委員長のカイだった。イケメンでカリスマ性もあるが、この事態にみんなと一緒に混乱していたことから分かるように、その器の大きさはユウカより少し劣る。とはいえこうして真っ先に声を上げることが出来る辺りは流石であろう。
「カイが頑張るならエミも頑張ろっかなー」
とても主体性のない理由を挙げるのはカイの彼女であるエミ。今どきのギャルであり、その派手な容姿を鼻にかけているのは日頃から見て取れる。彼氏のカイ以外には基本的に高圧的な態度を取るため、周囲からはあまりよく思われていない。
「そうですね、落ち込んでばかりはいられないですもの!」
おっとりとしながら芯がある様子を見せるのは、学級委員長ユウカの親友リオ。抜群のリーダーシップを見せるユウカをよくからかっており、別の意味で大物を思わせる。
以上クラスの中心四人組に追従するように。
「「「うおおおおおおおっ!!」」」
盛り上がるクラスメイトたち。
「すげー熱狂ぶりだなー」
そんな中温度差を感じながらもずっと黙って眺めていた俺はようやく言葉をこぼした。
ユウカの言葉にみんなの活力が戻った。
異世界召喚なんて突然の事態に不安が沸き、どうしていいのか分からなくなったところに、ユウカの道しるべとなる言葉が合わさった結果ということだろう。狙ってやったのなら相当だが……いや、天然の方が逆に恐ろしいか?
つまり不安を持ったからこそユウカに感化されたわけであり、俺が例外なのはむしろ歓喜しているからというわけだ。
「異世界だ……! 夢にまで見た異世界!!」
オタク趣味のある俺は今の現状が俗に言う異世界召喚モノの出だしであることは理解できた。
まるで創作の中のような世界。力をもらって、異世界を無双する。
世界中のオタクが夢見る展開を前に、不安など持っている場合ではない。
「まずはメッセージにもあった与えられた力っていうのを確認しよっか。これで計れるみたいだし」
考え事をしている内にユウカがみんなをまとめていた。どうやら石碑には最初に見たメッセージの他にこの異世界において役に立つ情報が書かれていたようだ。それによるとどうやら石碑に手を当てることでステータスの確認ができるとのこと。
生徒たちはユウカの誘導の元、石碑の前に並んでステータスを確認していく。
「じゃあまずは私から……職スキルは竜闘士。特殊スキルは……えーっと色々あるけど……」
「職スキルは弓兵ですか。特殊スキルは……『カリスマ性』ってこれもスキルなんですか?」
「格闘家って……えー。カッコ悪い。特殊スキルも『鍛冶』とかエミにあわないのばっかだし」
「魔導師ですか……攻撃魔法から、回復魔法まで色々使えるみたいですね」
「なるほどなー」
クラスメイトたちが石碑に手を当てると、大きなステータス画面が浮かび上がる。その大きさは出遅れて最後尾に並ぶ俺からも覗き見ることが出来るほどだ。
そして、どうやらステータス画面には大別して二種類のスキルが表示されているらしい。説明も一緒に表示されている。
まずは職スキル。戦闘における技能を一通り備えているようだ。種類には剣士や武闘家などの近接職、魔法使い弓兵のような遠距離職、回復魔法に長けた神官などの支援職などがある。職スキルは一人につき一つまでしか持てないようだ。
特殊スキルとはそれ以外のスキルとでも言うべきだろう。戦闘用のスキルしかなかった職スキルと比べて、『カリスマ性』『人気者』といったステータス系、『鑑定』『モンスターテイム』『隠密行動』などの特技系、『鍛冶』『錬金術』といった生産系のスキルなどがある。特殊スキルは所持できる個数の制限がないようで、一つしか持っていない者から、十以上のスキルを持っている者まで数にバラツキがあった。
ステータス確認した後は、各々の職スキルに合った得物を持って備わった力を試している。
「すげー、めっちゃ軽々と剣振れるぜ!?」
「魔法を使うためにはイメージをして呪文名を唱える……『ファイア』!! おっ、出来た!!」
「どりゃぁっ!! ……しかしハンマーって派手なのに地味だよな」
今まで日本で平凡な学生生活を送っていた者たちが、熟練の動きを繰り広げている。職スキルによって戦闘における技能を備えているからのようだ。
使っている得物は広場の隅にあった倉にあったようだ。どうやらこの倉には生活できるように、様々なものが置いてある。誰が用意したのかは全く持って不明だが。
俺は武器を振るう音、魔法が飛んでいく様に見入って、ヤキモキしながらもワクワクが止まらない。
「俺も同様の力を与えられているらしいが……くぅ~早く試したいぜ!!」
はたして何の力なのだろうか。
希望は向かってくる敵を薙払える近接職……遠距離職でも敵を一掃できるような火力が高いものがいい。
せっかく異世界に来て力がもらえるっていうんだ、ド派手に闘ってみたいのがオタク心……いや男心だろう。
「最後はサトル君だね」
石碑の隣に立ったユウカが、順番の回ってきた俺に声をかける。みんな力を試してはしゃいでいるのに、学級委員長としての責任感からか、魔石の隣に立って何か困ったことがあったときのために備えているようだ。
「えっと手を当ててキーワードを口にすればいいんだよな」
「そうだよ」
「よしっ……ステータスオープン!!」
俺は石碑に右手を当ててキーワードを唱えた。これがステータスの確認方法のようだ。
すぐに目の前に立体映像のようなウィンドウが浮かび上がる。
ウィンドウは他人にも見えるので。ユウカものぞきこんで確認している。……ああ、ここで待機しているのはクラスメイト全員の力を把握しておくためってのもあるのか。
「……っと、感心している場合じゃないな。俺のステータスは……ステータスは…………………………え?」
声が段々と沈んでいく。
ステータスには俺の名前『サトル』の表示の他に、職スキルと特殊スキルの記載があった。
で、俺の職はというと……『冒険者』のようだ。
RPGならゲームを始めたときに使っていそうなもの。特徴も表示されているが、特別に魔法や武術を使えるわけでは無い。要するに一般人というところだ。
「………………」
いや、みんな特別な職をもらっているのにどうして俺だけ……異世界に来て力をもらったはずじゃなかったのか? 話が違うだろ……。
落ち込む俺だが、まだ特殊スキルとやらが残っていることに気づく。
ならばと一縷の望みを賭けてそちらの方に目を向けてみると……そこには。
『魅了』
その単語一つが書いてあるだけだった。
「どう考えても攻撃系のスキルではないし……それに……」
スキル名に悪い予感を覚えるが……とりあえず詳しい情報を見ないことには判断できない。
「……こうか?」
右手は魔石に当てて塞がっているので、左手でウィンドウのスキル名に触れると、スキルの説明が展開される。
スキル『魅了』
効果範囲 術者から周囲五メートル
効果対象 術者が魅力的だと思う異性
・発動すると範囲内の対象を虜にする。
・虜になった対象は術者に対して好意を持ち、術者のどんな命令にも身体が従う。
・元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない。
・一度かけたスキルの解除は基本的に不可能。
「このスキルは……どうしてよりにもよって俺の元に……」
さっきまで普通の高校生だった飯馬悟こと俺は、ステータスウィンドウに浮かんだスキルの詳細に、異世界の地で頭を抱えた。
そうだ、どうしてよりにもよって『恋愛嫌い』な俺の元に、魅了スキルなんてものが渡されたんだ?
現在連載準備中です。色々ブラッシュアップしてから投稿する予定です。
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