『FIFAワールドカップ予選トーナメント 日本対ポーランドの一戦について専門家の意見を伺いたいと思います』
「スタジオ、準備いいですか!」
「オッケーです、いつでも回せます」
小さなローカル局の一室。といっても3カメほどは配置されていて、常人が見たら「馬鹿でかい体育館だな!」と思うだろう。
二人の対談といった様子を窺う、テレビカメラ。
映らない場所で見守る番組構成スタッフ。
最前列にいつのは、白紙のスケッチボードを持って『字で進行を促す』アシスタントディレクターが、緊張した面持ちで本番を控えている。
本番5秒前の声がかかる。
5,4までは声で合図する。
3,2,1ではもう声はない。ジェスチャーのみだ。
0の合図はもはや勘。
「それではスポーツ振興会のサッカー部門を担当していらっしゃる加瀬林さん、今回はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「いやーそれにしても熱い夜になりましたね」
「ええ、前半から後半で失点するまでは見事な試合でした」
「やはり見ていてハラハラしたりしたんですか?」
「それはしっぱなしでした。日本も積極にゴールを狙っていくのですが、ゴール前までボールを運ぶにしてもそこからの判断が0.2秒は遅い。これは致命的です」
「そうなんですか!」
「ええ、強豪と呼ばれる各国……たとえば今大会で対戦したセネガルなども同じです。ボールがやってきてから反応しているのではなく、ボールがやってくる前に考えておき、あとは身の任せるままにゴールを狙うからこそ『速さ』が感じられるのでしょう」
「日本には『速さ』がない、と?」
「全体的には出てきましたが、ゴール前では鈍亀ですね。ボールをこねくり回している間に相手の防衛面が間に合ってしまう。いくら攻撃的な選手を投入したとしてもパスが遅ければ受け手も遅い。判断も遅ければ蹴るのも遅いんですから、相手にしてみれば何の脅威も感じなかったのではないでしょうか」
「なるほど、日本代表の道はまだまだ険しそうですね!」
ちょっとテンポを落としましょう。
指示ボードがでました。
「ところで、今大会で大活躍! 乾選手はいかがでしょうか!?」
「彼は別格ですね。海外の選手と比べても遜色のない速さで戦えています。それに」
「それに?」
「日本はどうしても体格の不利が生じてしまいます。しかし乾選手はタイミングを周囲とずらすことでこの弱点を克服しているように見受けられました」
「なるほど! 乾選手のような優れたプレイヤーの出現を将来の子どもたちにも期待してよいのでしょうか!?」
「いえ、今回のポーランド戦においてはまったく期待してはいけないでしょうね」
「あやや、ほう、それはなぜですか?」
「グループ予選の突破がかかっているとはいえ、15分以上も動きのない玉転がしを演じたプレイヤーを見て、子どもたちは果たしてプロに夢を抱くでしょうか? 遠藤さんはどう思われますか?」
司会進行の遠藤キャスターは、台本にはない展開に同様した。
しかしそこはプロ。
対話相手の性質を考慮し、返答のしやすいものを瞬時に選び取る。
「わ、わたしですか!? 急な振りですね……でもあの時間帯は退屈でしたね」
「でしょう。あれはサッカーではなかったんですよ」
「じりじりとじらされる時間だけが過ぎて、ポーランドの選手もしらけていましたね」
「世界の頂点を決める最高の舞台で、日本代表はサムライとはかけ離れた夢など微塵も感じられない試合をしたと、わたしは思いましたよ。とてもじゃないですが、サムライジャパンなんて名乗れませんし、紙面にも潔さを褒め称える内容など一切でないでしょう」
「その光景を中継越しに眺めていた日本のサポーターはどんな気持ちだったのでしょうか?」
「夏場の蒸し暑い夜に、べたべたと不快感をもよおす汗をかきながら、温いビールでアルコールに酔って、気分悪く愚痴でも流したくなったと思いますよ」
そろそろまとめて。
指示ボードが出ます。
「それでは、無事にグループ予選を突破して本戦に臨む日本代表に、一言お願いします!」
「現在を生かして未来を殺すような真似をしたからには、本戦ではそれを払拭するような素晴らしいプレイをしてほしい、としか言えませんね」
「未来の子どもたちが、ワールドカップを目指してサッカーを始めるきっかけになるような試合になるといいですね!」
「野球の大谷選手のようなセンセーショナルで、日本人は世界で戦えると証明する選手が出てこなければ、日本のフットボールに未来はないと思いますがね」
「お世辞のない率直な意見を、加瀬林さんありがとうございました!」
「はい、こちらこそありがとうございました」
番組の収録は無事に終了し、公共の電波放送に乗せた。
幸いにも、というか、当たり前というか、番組内容に対する抗議の電話は少なかった。
一部の熱中的なファンと思われる匿名からの怒りはひどかったが。
多くの日本人が、番組内容に納得したということだろう。
少々、過激な企画を通してしまったものの、番組プロデューサーは満足そうに局内の廊下を鼻歌まじりに歩いていくのだった。
サッカーになんて興味はないのに、さらにつまんない試合について番組の司会進行を任された遠藤は、「もうサッカーになんて関わりたくない」と愚痴りながら帰宅していったという。
子どもが夢を抱こうとしない業種に未来はない。
それが娯楽や競技であればなおさらである。