転生と瀕死は突然です
暑い……。
暑苦しい……。
寝苦しい……。
まるで夏だ……。
「ぅぅぅ……」
暑い……死ぬ……。
「ぅぅう……暑……い」
死……ぬ……。
「うぇぁっ」
あまりの暑さに目を覚ますと、そこは岩肌が剥き出しの洞窟で───。
「し、死ぬ……」
そんなことは関係なしに、滅茶苦茶暑かった。
まるで火の中に居るかのように暑い。
「う、うぁ……」
体中が痛い上に痙攣し出し、体はだるく吐き気も出てくる。
汗のかき方もおかしいし、体が燃えるように熱い。
(もう、駄目だ……頭がぼや……して……)
意識が朦朧としてきて、死を覚悟した時。
頬に冷たいものが触れた。
薄れゆく意識の中、それに目を向けた。
水だった。
泥で濁っているが、水だった。
何故、急に水が出てきたのか。そんなことはどうでもよかった。
俺はその泥水を啜り、飲み込む。泥臭さが口の中を支配するが、冷たさが口に、喉に、胃に到達する。
一口飲んだからか、それとも冷たさを求めていたのか。
少なくとも俺は、もっと飲みたいという欲求に抗わずに泥水を啜り続けた。
「っぷぁ……死ぬかと思った」
まだ体はだるいし本調子でない上に異常な量の汗が出続けているが、ひとまず死の危機からは脱したと判断して俺は人心地着きながら洞窟から外を見る。
外では雨が降っていて、どうやら雨水が洞窟に入り込んできたのを俺は飲んでいたようだ。
正直非常に汚いが、そのおかげで死なずに済んだ。
その対価として口の中が泥臭いが……まぁ死なないだけマシか。
(というか、何だここ。何でここにいるんだ俺)
洞窟内を見回すと、視界の隅に真っ白な髪がちらついた気がした。
それに驚いて周りを見回し、洞窟内に俺以外は誰もいない。
(誰もいないよな。なのに白い髪……)
恐る恐る、自分の手を髪へと伸ばし……その途中で固まった。
「は?」
俺の手だと思ったら、白くて細くてちっちゃい綺麗な手だった。
「嘘だろ、おい」
震えだす手で髪を掴み、それを見る。
泥で汚れてはいるが、雪のように綺麗な真っ白の髪だ。
軽く引っ張ってみると、俺の頭皮が引っ張られる感覚がした。
うん、確実に俺の髪だわ。
それなりに長そうだけど、まぁ髪の件は置いておこう。
もっと重大なことがある。
「あー、あー、あー……声、高くね?」
自分の声が高いことだ。
そう、まるで幼女の様な声だ。
「幼女……幼女かぁ」
考え深気に呟いてから立ち上がり、自分の服を見てみる。
真っ白な寝巻きのような着物(汗でべっとり張り付いてるけど)。
「……いざっ」
確認しました。結果、無いことが判明しました。
いや、あるっちゃあるんだよ?
でもね、無いんだよ。
「ははははは。そっかー。幼女になったのかー」
俺は乾いた笑い声をあげてから、地面を叩いた。
「理解できんわ! 俺は部屋で寝てたはずだろ! なのに何で気づいたら幼女になって洞窟に寝てて、死にかけてんだよ! それに……」
言葉の途中で、また頭がくらっとしてきた。
「くっ……水……いや、もっと根本的な理由か?」
くらくらする頭を抑えながら、雨に濡れた洞窟の壁に触れる。
(あぁ、冷たいなぁ……気持ちいい……お? 具合が良くなってきた。冷やすと治るのか)
体内の熱気を吐き出すかのように熱い息をつき、この現状を理解しようと自分の知識を総動員して現状に一番近い状況を導き出した。
(異世界転生って奴か。しかも、問題無用タイプ)
根本的な原因は不明だが、非常に面倒なことになっているのは確かだ。
(……何をしようが、もう変わらないんだ。悩んでいても仕方ないし、覚悟を決めてこの世界で生きよう。そうだ、それがいい。後ろ向きな思考は駄目だ。前向きに行こう、うん)
俺は開き直りに近い形でこの世界で生きていくこと覚悟を決めると、早速生き抜くために必要なことを考える。
(まずはこの異常な暑さだ。こんなんじゃまたすぐに死にかけ……いや、今度こそ死ぬな)
最優先すべきは身の安全だ。
今は洞窟の岩壁に触れているから問題ないが、ずっと岩壁に触れている訳にもいかない。
(異常な暑さの原因を探ろうにも岩壁から離れたらいずれ死ぬだろうし、雨の中に探しに行ったら風邪をひきそうだしなぁ)
どしゃぶりとまでは行かないが、大雨と言ってもいい程の雨足に俺はため息をついて呟いた。
「せめて、自分に出来ること……ステータスが確認出来ればなぁ」
ヴンっと言う音を立てて、目の前に半透明の板が出現した。
『[空欄]
Race:雪女
Lv:1
HP: 5/15
MP:10/10
称号:神の加護を受けし者、氷神の血族、瀕死体験者、泥水を啜りし者
固有スキル:神の加護、ステータス閲覧、絶対零度、氷結、炎熱弱体Ⅴ
スキル:なし』
出ましたよ。出ちゃったよステータス。
攻撃力とか防御力とかはないのが気になるが、それは置いとこう。
神の加護うんぬんとステータス閲覧は、まぁ転生者あるあるだろう。
瀕死体験者と泥水を啜りし者は見に覚えがあるからいいさ。
「雪女ってふざけんな! 氷神の血族って何だよ! 炎熱弱体Ⅴ!? これで死にかけたのか!」
叫び声を上げ、興奮したからか頭がくらくらとし、チラッと出しっぱなしのステータスが目に入った。
『[空欄]
Race:雪女
Lv:1
HP: 4/15
MP:10/10
称号:神の加護を受けし者、氷神の血族、瀕死体験者、泥水を啜りし者
固有スキル:神の加護、ステータス閲覧、絶対零度、氷結、炎熱弱体Ⅴ
スキル:なし』
「うぉおおおおおおおお!」
大慌てで全身を使って洞窟の壁に抱きついて体温を下げると、HPは5に戻った。
頭がくらくらするのはまだ具合が悪いからかと思っていたが、違ったらしい。
(つまり、なんだ。一定以上の体温になったらダメージを受ける。回復するには一定以下の体温にしないといけない……いや、今の体温でギリギリ瀕死にならない程度なのか)
ずっと岩壁に抱きついているが、一向に5から回復しない。
これ以上回復したいならもっと冷やさないといけない。
「氷があればいいんだけど……作るか?」
スキルの氷結を使えばワンチャンありそうだ。
絶対零度の方は……絶対にヤバそうだから襲われて死にそうなった時にでも使おう。
「よし……氷結!」
心の準備をし、手を前に出してスキルを使った。
「おぉ……!」
手の平に小さな氷が現れ、その氷は冷蔵庫で作った氷が鳴らす音を鳴らしながら、徐々に大きくなっていく。
「やった! これで熱で死にそうになることは……」
俺が喜んでいる間にも、氷はどんどんと大きくなっていく。
「うわっちょっ! ストップ! ストーップ!」
慌てて止める術を色々と試し、手をかざすのを止めたら止まることを知ったのは十分後だった。
その時には既に1mにも及ぶ氷塊となっており、今は洞窟の床から生える形で鎮座していた。
「はぁ……はぁ……やっと止まったか」
焦って動き過ぎたからなのか、頭がズキズキと痛むが氷に触れればそれも治まるだろう。
「じゃあ、早速……」
巨大な氷塊に抱きつき、頬ずりもする。
痛み続ける頭が少しずつだが、確実に痛みが引いていく。
それどころか、体のだるさもなくなっていくし、力も湧いてくる感じがしてくる。
『[空欄]
Race:雪女
Lv:1
HP: 9/15
MP:10/10
称号:神の加護を受けし者、氷神の血族、瀕死体験者、泥水を啜りし者
固有スキル:神の加護、ステータス閲覧、絶対零度、氷結、炎熱弱体Ⅴ
スキル:なし』
「ちゃんと回復していってるな」
ステータスで回復しているのを確認して頷く。
「このまま全快するといいんだけどな……」
そう呟き、洞窟の外を見る。
相変わらず雨が降り続けており、空は分厚い雨雲に覆われている。
自分の未来もこの空と同じように晴れていない気がして……。
「早く晴れるといいなぁ……」
つい、そう呟いてしまった。
↓ 本作品の改稿版的なものです。全く別物になっておりますので、こちらも見ていただければ幸いです。