願いをかなえる家庭的な悪魔
「今日は一段と寒いな」
日も暮れた冬の日、男は自宅で凍えそうになっていた。外に出るときに着ているコートを羽織ってはいるものの気休め程度にしかならない。
そんなことになっている原因は、ストーブが壊れたからだった。男がため息を白くさせながら部屋の壁にもたれていると。
「おやおや、これはお困りのようですね」
誰もいないはずのこの部屋の入り口から何かの気配がし、陽気な声が聞こえてきた。黒っぽいその存在は、地面から浮いていて、どうやら人間ではないらしい。
「おまえはだれだ。言葉がわかるようだがここは俺の家だ。用がないなら帰ってくれ」
「私は悪魔です。あなた様の願いをかなえに来ました」
ヤツはまるで俺の機嫌を取るのように愛想の良い声で答える。
「願いか。代価なんて求められても困るぞ。俺はストーブすらない有様だ。これ以上何か失ったら凍え死ぬこと待ったなしだからな」
「ええ。ご安心下さい。私にできることは人間の願いをかなえるだけです。今の私では人間のものを奪ったら消えてしばらくこっちの世界にこれなくなってしまいますから」
なるほど。とりあえず何かを要求するつもりは無いってことか。最も悪魔の言うことなんて信じてはいけないのかもしれないが。
「ならまず、ストーブを出してくれ。このままじゃ寒くていい考えも浮かばん」
「かしこまりました」
悪魔が答えると紫色の光が集まり。そこには円筒型のストーブがあった。
「上の部分で料理もできる優れものですよ。気に入っていただけましたか?」
「ああ、いいセンスだ。料理か、そうだな次は鍋料理を出してくれ」
この悪魔、なかなか使えるな。俺はヤツの気が変わらないうちに次の願いを言う。
「鍋料理ですか。料理は私が選んでいいですか?」
「ああ、まかせる。うまくできたらちょっと分けてやるからな」
「それは、ありがとうございます」
悪魔が飛び回りながら光をかざすとそこには鍋いっぱいに入った野菜や肉があった。
「まだ火が通っていませんが、じっくりと煮立てるのも風情があっていいというものですよ」
「それに電気を消してみるのいいかもしれません。ストーブの明かりで鍋なんていうのも悪くは無いでしょう?」
「確かにそうかも知れんな」
すぐに食べれないのは少し残念だが、まあこの際いいか。俺は部屋の電気を消して鍋が煮えてくるのを見守る。
だが、これは眠くなるな。
うとうととしながら目を閉じているとジューっと音が聞こえた。どうやら鍋が吹きこぼれたようで、辺りは暗い。ストーブの火も消えてしまったようだ。
俺は暗闇の中、手探りで電気のスイッチを探し、部屋に明かりが灯る。
すると、空っぽの鍋がストーブの上に置かれ、満足そうに悪魔はお腹をさすりながら消えていった。