3
「あら、玲ちゃんおかえりなさい。随分早かったわね。」
「ちょっと母さん、生徒たちの前で玲ちゃんは止めてよ!私にだって先生の威厳ってものがあるんですからねっ!」
「玲ちゃん先生〜荷物降ろして良いの?」
ちゃっかりみなみは会話に便乗する。
「ちょっと瀬戸さん!?」
「あらあら、生徒さんたちに慕われているのねぇ〜。」
のほほんとした芦田先生のお母さんが上手みたいで、抗議の声はあっさりと流されてしまう。取り敢えず、あたふたする先生は置いといて挨拶だけしておこう。
「あっ、ぼく…八坂一樹と言います。お世話になります。」
「あら、これはご丁寧に。玲ちゃん?彼氏を連れてくるならそう言ってくれないと、私もお父さんの心の準備ってものがあるのよ?」
「ちっ、違うわよ!彼も教え子で天文学部の子なの!かっ、彼氏とか…。」
ふと目が合って顔を見合わせた先生は湯気が出そうな程に顔を赤くしていく…可愛いっ…。
「ハイハイ、お二人さん。ちゃんと荷物持って下さいね。私も玲ちゃん先生のお母さんもいるんだからイチャイチャしないの!」
「「イチャイチャなんてしてないよ!?(してないわよ!)」」
完全に台詞は重なって、ますます気恥ずかしさが増したのか先生は既に耳まで真っ赤である。
「それはそうと急に生徒を連れて帰省するなんて一体どうしたんだい?」
先生のお父さんはまだ詳しい話を聞かされていないみたいで急な帰省に驚いている様だ。
「あ、あぁ…その事ね。今年から天文学部の顧問してて、熱心な生徒が部室も使えないのに学校でうろうろしてたから、私も星について教えて貰おうって思って…。」
「じゃあ、本当に彼氏とかじゃないんだね?信じて良いんだね?」
大人しそうな雰囲気なのに先生のお父さんの目が怖い…。
「ちっ、違うわよ!何を言ってるのよ!そんな訳ないでしょ!」
慌てて否定する先生を微笑ましそうな顔で見ているのが二人。みなみと先生のお母さんだ…いつの間に並んでシンクロしてるんだよ…助けてくれたって良いじゃないか。
「はいはい、ここは暑いから取り敢えず荷物を中に入れて部屋を整えてからにしてちょうだい。」
皆が少し落ち着いたところでパンパンと手を叩き、家の中へと入る様に促す先生のお母さんの言葉に従って、一行は荷物を持って芦田家の中へと足を運んだ。
「瀬戸さんは私と一緒に私の部屋に、八坂くんは兄の部屋を使って貰おうと思ってるわ。」
「えっ、お兄さんの部屋ですか?」
先生にお兄さんがいたなんて初耳だ。それより、知らない人の部屋で一人泊まるのは少し億劫な気持ちもある。
「兄には許可を取っているから心配は要らないわよ?」
「いや、そういう心配はしてなくて…。」
「玲ちゃん先生、一樹は先生と一緒の部屋じゃない事が悲しいのよ。」
「違う!人聞きの悪いを言うなよ、みなみ。」
「じゃあ、わたし?」
「………先生。部屋何処ですか?」
盛大に溜め息をついて部屋の場所を聞くと理不尽な事に脛を蹴られる。
「貴方たち、本当に仲が良いのね。部屋は階段を上がって右手の一番手前が兄の部屋、その奥が私の部屋よ。」
黙って階段を上がり右折する。チラッと奥の部屋に視線が向くが、何もなかった様に一番手前の部屋のドアを開けた。
「うわぁ、凄い……。」
壁にはたくさんの海上を進む戦艦のポスター、部屋の奥には大きな戦艦のプラモデルが飾られている。本棚の上の二段は船関連の物ばかりで、その徹底ぶりに感心する。
「うはぁ~、ここ一樹の部屋みたいね。」
二階へと上がってきたみなみは、開いたままのドアから中を覗き込み声を上げた。
「ん?八坂くんの部屋みたいって?」
先生も二階へと上がってきた様で、みなみの背中を押す様にして二人で部屋に入ってきた。
「一樹の部屋の奥には自分でキットを組み上げたプラネタリウムがあって、星座や銀河のポスターがいっぱい……本棚にも机にも星の本だらけなんですよ。」
「なるほど、星好きな同類さんって訳か…。」
「かかっているお金が違いますよ…。」
「天体望遠鏡の値段入れたら同じようなものでしょ?調べてみて先生びっくりしちゃったもの。」
「先生が思っているのより一樹の持ってる望遠鏡は高いですよ、きっと…。小学生の頃から貯めたお年玉やお小遣いに、中学の時に知り合いのおじさんに頼み込んで毎朝新聞配達して貯めて買った本格的なヤツらしいから。」
「そんな事バラさなくても良いだろ!」
「…いくらするの?」
上げた抗議の声は先生の興味津々な眼差しを向けられて無視され、視線から逃れる為に視線を下に向けた事によって抵抗の意思を打ち砕かれた。
「…三十万円くらい。」
あの胸の谷間は卑怯だと思います。
「そんなにするの!?先生には絶対買えないわね…。」
どこか遠くを見る目になった先生に慌ててフォローを入れる。
「普通に星を楽しむだけならそこまで高いのを買う必要無いですから。一万から三万円くらいのでも普通に楽しめますよ、なんなら最初は数千円のでも大丈夫ですから。」
「数千円かぁ…それなら…。」
と気分の回復をはかった声を漏らす怜奈に、一樹は一生勝てないという言葉が何故か頭に過るのであった。