婚約破棄されたら何か迎えに来た
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「テレーズ・スカーレット、貴女との婚約はなかったことにさせてもらう」
震えている少女を背に、高らかに宣言する男。
彼はこの国の第二王子である、マリス・ヴァイオレットだ。
その見下ろす先には一人の少女が絶望に顔を染めている。
今は学園の卒業パーティの真っ最中だ。
皆華やかなドレスやタキシードに身を包み、楽しげにダンスを踊っていた。
これからそれぞれの道を歩む、その祝いの場だったはずだ。
マリスが、大声を張り上げるまでは。
テレーズと呼ばれた少女は、夕日のように真っ赤な髪を持つ公爵令嬢だ。
美人だがきつい目元をしている。今はその瞳も頼りなさげに揺れているが。
彼女は震える体を押さえ付けながら、ようやく声を絞り出した。
「な、何故です…?」
「貴女のしたことは全て聞いた。そのような行いをする女性を王家へ迎え入れることはできない」
この空間には何人もの学生がいる筈なのに、空気は冷たく、静かだ。
誰もがことの顛末を、固唾を呑んで見守っている。
「やはり、貴女なのね…」
テレーズはそう呟いてマリスの後ろにいる少女、リリア・ブラウンを憎々しげに睨み付けた。
リリアは可憐な少女だ。
市井で育った娘だが、その優秀さから貴族が通うこの学園へと特別に入学を許可された。
髪はどこにでもいる地味な茶色だが、花のように笑い、鈴を転がしたような声で喋る。
貴族にはない、子どものような無邪気さを備えた少女だった。
彼女が入学してからというもの、この学園の有力貴族に関係する男は次々と彼女に想いを寄せた。
まるで魔法を見ているようだった。
宰相の長男、騎士団長の次男、担任教師、テレーズの弟、そして…第二王子。
第二王子含め、婚約者がいる男ですら呆気なく籠絡した。
皆が彼女を妄信し、何があっても彼女に味方した。
当然、テレーズはそれを良く思わない。
テレーズがマリスの婚約者になったのは年端も行かぬ子どもの頃。
あの頃から培ったものは互いに恋愛感情ではなかったかもしれないが、確かに親愛や信頼関係が築けていると思っていたのだ。
テレーズは王族に嫁ぐために相応しくあれるよう努力をしたし、マリスもその努力を認めていた。
人生の半分以上も共にした筈の人間関係をこうもあっさりと覆されるなんて。
今までに受けたことがない、酷い屈辱だった。
「どうしてです、殿下!何故、そんな女を…!」
テレーズは悲痛な叫び声を上げる。
愛妾を持つと言うことであれば、王族に認められた権利である。テレーズといえど文句は言えない。
だがそれは成婚後、正室との間に子をもうけた後か、数年生まれなかった場合のどちらかに限った話だ。
だというのに、リリアに恋したマリスは次第にテレーズを遠ざけ、蔑ろにした。
リリアもまるで自分がマリスの婚約者であるかのように振る舞った。周りに他の男を伴いながら。
その様子にテレーズが黙っていられるわけもなく、リリアに対して嫌がらせをした。
見かければ厳しい言葉を浴びせ、見かけなくても物を隠し、すれ違えば足を引っかけ転ばせる。
それは幼稚なものだったが、周囲の女性徒も見て見ぬふりをした。
有力貴族の令息をこぞって侍らせるリリアをよく思っていない人間が多かったせいだ。
中にはテレーズに便乗する者もいた。
だが、結果としてそれは二人の関係を更に燃え上がらせる燃料となってしまったのだった。
テレーズの視線を受けたリリアは、泣きそうな顔で肩を震わせる。
そんな感情を簡単に表に出してしまうことにも苛立つ。
マリスはそれを庇うように一歩前へと進み出た。
「…彼女は関係がない。貴女が王族に相応しくないから婚約を破棄するんだ」
「マリス様…」
ホッとしたような声色で、マリスの名を呼ぶ少女。
なんで、なんであの女なの?
テレーズは唇をキツく噛んだ。
王族に嫁ぐにふさわしくあるため、人前では絶対に泣かないと決めていたのに、鼻の奥がつんと痛くなる。
自分の悪評が流れたとしても、どうしてもリリアが許せなかった。
スカーレット家への影響も考え、派手なことはしなかったし、最悪、絶縁してもらう覚悟すらしていた。
それなのに。
それなのに、全て無駄に終わってしまった。
彼らになんの爪痕すら残らず排除されるなんて。
悔しくてしかたがなかった。
「…ってことは、俺がもらってもいいんだよな?」
突如として、ダンスホールの人混みをかき分け一人の男が進み出た。
日に焼けた肌に黒曜の髪を後ろに流した美丈夫。
周囲と同様タキシードに身を包んでいるが、どこかワイルドな雰囲気を持っている。
「アスワド殿…?」
マリスが、信じられない、といった風に名を口にする。
ハリル・アスワド。彼は隣国イスハールの王太子だ。
イスハールは友好国だが、敵に回せば勝ち目がないと子どもでもわかる程に国力に差がある大国。
その王太子が今、この国へと遊学に来ていることは、第二王子のマリスも知っていた。
だが、まさか学園の卒業パーティに出席しているだなんて。
「ヴァイオレット殿、この度はご卒業おめでとうございます」
彼は綺麗に微笑み、静まり返っていたホールによく響く声でそう言った。
しかし一拍おいた後、すっと表情を真面目なものに切り替えたかと思うと、テレーズの側へと寄る。
そのまま驚きに顔を上げる彼女の腰を力強く引き寄せた。
「あのっ…」
「なあ、ヴァイオレット殿。この子いらないんだろ?じゃあ俺が連れて帰ったって構わないよな」
隣国の王太子はそう言いながら、テレーズの手を取りキスをした。
…婚約者でもない男性に腰を抱かれるだなんて!
テレーズは恥ずかしさからも彼から離れたかったが、この国の公爵である父の体面もあり、強く跳ね除けることができない。
それに今まさに婚約破棄を突きつけられている微妙な立場なのだ。
「し、しかしアスワド殿、彼女は自分より身分の低い人間に嫌がらせをした女性です。とても貴国へは…」
マリスがそう抗議すると、隣国の王太子は軽快に笑い出す。
「はっはっは!いいねぇ、気の強い女は好きなんだ!」
そしてふと真面目な顔になり、じっとテレーズを見つめた。
「あんたの話は知ってた。努力家で優しく強い女だと。あんたは気づかなかっただろうが、この国の滞在中、あんたをずっと見てたんだ。なあ、俺の国に来てくれないか。俺と一緒に国を支えて欲しい」
「え…あの…」
その眼差しに思わず頬が熱くなったが、テレーズは困惑した。
隣国へ行く、だなんて自分の一存で決められることではない。ましてや隣国の王族との婚姻など。
それこそ婚約破棄ですら、しっかりとした手続きを取っていないのだ。
「第二王子の婚約者」という立場では、彼との接点は、一度挨拶をしたきりの、それも個別ではなくその場に居た大勢の中の一人にすぎないものだった。
それなのにどうしてこんなことになっているのだろうか。
テレーズがどう言葉を紡ごうか考えているその時、ふっとホールの照明が一斉に消えた。
「なっ、なんだ?どうした!」
真っ先にマリスが吠える。それに続いてあちこちから動揺の声や悲鳴が上がった。
何かが割れる音や怒声が飛び、混乱は広がっていく。
このままでは怪我人が出てしまうかもしれない。テレーズはこの状況をどうにかしようと周囲に目を凝らすが、その瞳には暗闇しか映らない。
「危ねぇから、目が慣れるまでは動くなよ?」
そう耳元で声がして、力強く体を抱き締められる。隣国の王太子だ。
そうすれば表に出せずに奥底へと押し込めていた不安が包み込まれ、すっと消えていくような気がした。
「その手を離せ、人間」
騒がしいはずのホール全体に低く響く声。
遠くもあり、近くもあるようなその声は、どこから聞こえてくるのか見当もつかない。
するとテレーズは何か強い力で、隣国の王太子から引きはがされた。
「迎えに来たぞ、我が花嫁」
耳元で嬉しそうにそう言う声が聞こえ、彼女は後ろから誰かに抱きこまれてしまったのだと悟った。
視界の端に見える声の主は、暗闇の中仄かに光を纏っているようだ。
その光のお陰で周囲を見渡すことができ、少し離れたところにいた隣国の王太子が驚いた顔をしているのが見える。
「吸血鬼の王…!」
「いかにも。私はユリウス・アズール。吸血鬼の王だ」
吸血鬼の王はそう言うと、テレーズの髪をひと房すくい上げ、口づけた。
「あ、あの」
「ああ、鮮血のように美しい色だ。やはり我が花嫁には其方が相応しい」
くるりと体を反転させられ向き合えば、その吸血鬼の王の姿が間近にあった。
暗闇の中、陶磁器のような白い肌に赤い瞳が浮かぶ。
妖艶な雰囲気を持った、恐ろしく整った顔立ち。
それはまるで人形のように美しい。
「其方が昔助けた、傷を負った蝙蝠を覚えているだろうか」
「蝙蝠…?」
そういえば昔、怪我をしていた黒い小動物を治るまでの間、暫く飼ったことがあったことをテレーズは思い出す。
今まで深く考えたことはなかったが、確かにあれは蝙蝠だった。
「あれは我だ」
吸血鬼の王の目が嬉しそうに細められる。
目の前の美しい人があの時の蝙蝠だと言われても、テレーズには到底信じられない。
「少々時間がかかったが、其方を迎える準備が整った。花嫁、我と共に来い」
その姿を呆然と見上げていると、吸血鬼の王は口元を引き上げて怪しく笑う。
「なんだ、花嫁。そんなに見つめられてしまうと、我慢ができなくなるぞ」
「え…、っ!」
つつ、とテレーズの首筋を舌でなぞる。
今まで感じたことのない、ぞわりとした感覚に体が震えた。
瞬間、何かが視界の端に映る。
素早く飛んできたその銀色のものを、吸血鬼の王はいとも容易く叩き落とした。
カランと音をたてて地面に落ちたそれは、どうやらテーブルナイフのようだ。
飛んできた方向を見れば、隣国の王太子が不機嫌そうに吸血鬼の王を睨み付けていた。
「その子は俺のだ。返せ。いくら吸血鬼の王と言えど渡せない」
「危ないな、花嫁に当たっていたらどうするつもりだ。それに…この娘はまだ誰のものでもないだろう?」
テレーズの頭上で隣国の王太子と吸血鬼の王が火花を散らす。
いよいよ訳のわからない状況に陥っていることに頭の痛みを感じていた。
「やれやれ、人の子が怯えているじゃないか」
その言葉と同時に、入り口の蝋燭から始まり、次々とホールに灯りがともる。
それはまるで魔法のようで、思わず周りから歓声が上がった。
「夜の王、あまり苛めてやるな」
そうして姿を表したのは、体格の良い男だった。精悍な顔立ちをした、輝くような…というよりも、燃えている男。
全身に炎を纏っているのだ。だというのに熱さも感じさせぬ顔で平然と歩いている。
「っ、これはこれは…炎の精霊王様がこんなところに何用だ」
「炎の精霊王だと…!?」
吸血鬼の王の言葉に隣国の王太子が驚きの声を上げる。
ホールに灯りが点ったことにより、再び騒動は注目の的となってしまった。
「…忌々しい光だ」
伝承通り光に弱いらしい吸血鬼の王は、炎の精霊王から離れ、マントで顔を覆って吐き捨てるように言う。
テレーズは気づけばいつの間にか吸血鬼の王から離れ、炎の精霊王に横抱きにされていた。
彼が纏う炎は、全身を燃やしているはずなのに、テレーズにもまるで熱さを感じない不思議な炎だ。
「手荒な真似をしてすまない。怪我はないか?」
「え…は、はい…」
混乱した頭でなんとか返事を返せば、炎の精霊王は優しく微笑む。
「私はルーフス。スカーレット家との盟約により、愛し子をもらい受けにきた」
「盟約…?」
聞いたことがないのか?と聞かれ、テレーズは素直に頷いた。
「初代スカーレット家当主との間に結ばれた盟約だ。災害からこの国を守る代わりに、燃えるような赤い髪を持つ『愛し子』が生まれたら私が貰い受けると」
初代スカーレット家当主の英雄譚。それはテレーズも知っていた。
火を噴き上げる山を静めたという功績を称えられ、スカーレット家は公爵を賜った…と言い伝えられているが、要はお伽噺だ。
当然信じてはいなかった。今この瞬間までは。
「愛し子よ。我が加護を持って生まれし者よ。お前が生まれるのを、ずっと待っていた。さあ、私と共に行こう」
炎の精霊王の弾んだ声に合わせ、炎が嬉しそうに揺らめく。
その温かい火先が、テレーズの頬を優しく撫でた。
「炎の精霊王、その娘は私の花嫁だ。軽々しく触れるな」
「夜の王、諦めてくれ。この子は私が貰う」
「…まるで人を物みたいに…人間は人間と結ばれるのが一番だよなぁ、テレーズ?」
「近寄るな人間。貧弱な生き物は引っ込んでいろ」
3者が互いに睨み合う。
その最中にいるテレーズは、ただ呆然とそれを眺めるだけだった。
「イスハールの王太子に、吸血鬼の王に、炎の精霊王だと…?一体どうなっているんだ…!」
一方、この状況をただ見ていることしかできないマリスは呻く様に言った。
隣国の王太子はマリスと違って王の座が確定しており、既に大国の政を大部分担っている賢君だ。
吸血鬼の王はかつて恐怖の対象だった昔とは違い、一部の人間の強い支持により、まるでどこかの宗教の教祖ような扱いになっている。
炎の精霊王は滅多に人間の前には姿を現さないため伝説の存在とされ、彼の機嫌次第では大陸が滅ぶと言われている。
その3人が、テレーズを手にいれる為だけにこんなところまで現れた。
確かにスカーレット家は長く王家に仕えている名家であり、テレーズはいっそ未来の王妃としても申し分なく、美しく優秀な娘だった。
しかし何か特別な力が備わっているという訳でもなく、それこそ隣の大国へ行けば埋もれてしまうだろう。
それなのに何故、この自分では到底渡り合えない程の力を持った3人が、挙ってテレーズを手にいれようとするのかマリスには理解できなかった。
「ま、マリス様…どうしましょう」
不安げに自分へと身を寄せるリリアにハッとして、彼女をどうにか安心させようと強く手を握る。
「スカーレット様が彼らと繋がりを持ってしまったら…私…もしかして、もっと酷い目に…」
リリアの脳内には悲惨な想像が浮かんでいるのだろう。
青い顔で震え、目には涙が浮かんでいる。
「リリア…大丈夫だ、彼らはそんな理不尽なことはしないさ」
「でも」
「大丈夫。何かあったとしても私が守るよ」
「マリス様…」
マリスのその言葉と笑顔に頬を染め、リリアは小さく頷いた。
それに頷き返したマリスは強い意思を持った瞳でテレーズ達を見据え、声を上げた。
「…恐れながら、お三方!そこにいるテレーズ・スカーレットは、自分よりも弱い立場の女性を蔑み、貶めた。それは陰湿で、到底淑女が行うようなものではなかった。あまつさえ周囲を扇動し加担させた。彼女はいずれこの国を、国民を守る王族という立場になる筈だったにも関わらず、だ。貴殿方はそんな彼女を本当にお求めになるのか」
その声にテレーズは我へと返った。
そうだ、自分は嫉妬に駆られ、淑女にあるまじき行為をした。
まるで自分を取り合うような素振りを見せる彼らは、きっとそれを知らないのだ。
さっと顔を青ざめさせたテレーズの耳に、それは杞憂だとでも言うような、三人の笑い声が届いた。
「さっき言ったろ?むしろそれくらい強い女じゃないとイスハールの王妃は務まらねぇよ。それに事の発端はヴァイオレット殿がその女に乗り換えたからって聞いてるけど?」
隣国の王太子は呆れたように息を吐いた。
「嫉妬に身を焦がすほどに愛されるなど、誇りこそすれ、咎めることではないだろう。愛しい人はどんな手を使ってでも手に入れるべきだ。ああ、最も我が花嫁は貴様など愛しては居ないだろうが」
吸血鬼の王は鼻で笑った。
「愛し子の魂は美しい。愛し子が愛し子として生きた結果ならば、何の問題もない。他がどうなろうと私の知ったことではない」
炎の精霊王はどこか嬉しそうだ。
テレーズは胸がじんわりと暖かくなるのを感じる。
理由がどうであれ、この三人は自分の味方なのだ。
皮肉なことに、幼い頃から共に育ってきた婚約者よりも、今出会った彼らが。
「…ならば、連れていって下さい」
「マリス様!」
三人の言葉には納得できないものもあったが、言葉を飲み込み、マリスはそう告げる。
リリアは驚き思わずそれを諌めるように名前を呼んだ。
この繋がりを認めてしまえば、自分の身の安全が保証されないのだから焦るのは当然だ。
マリスもそれを全く考えていない訳ではない。
「しかし聡彗なお三方であれば心配ないと存じますが、今後彼女が起こした行動や彼女のことで、この国や国民に何かするようなことは何卒ご容赦頂きたい」
つまりは問題のあるテレーズを引き渡すのは良いが、責任を一切取らないと約束を取り付けたいのだ。
それを聞いたテレーズの顔色は悪いが、三人は気にした風もない。
「元よりそんなつもりねぇよ。なんなら書状に残したって良い。…で、いいんだな?連れてっても」
「…わかりました。構いません」
「だってよ」
隣国の王太子は満面の笑みでテレーズを振り返った。
「じゃ、テレーズは誰といく?もちろん俺だろ?」
「当然、我に決まっている」
「愛し子、私とおいで」
それぞれが手をとり、髪に口付け、頬を撫でる。
これでは、まるで学園で複数の男性を侍らせていたリリアと同じじゃないか。
テレーズはその瞬間に顔が熱くなり、慌てて自分を抱き上げたままの炎の精霊王から下ろしてもらった。
そして小さく咳払いをして、三人へと向き直る。
「皆様のお言葉、この身に余る光栄でございます。しかし此度の婚約破棄の事も含め、一度父に相談させていただきたく存じます」
微笑んで礼をする。
もはや先程までの絶望感は消えていた。
「殿下」
眉根を寄せたマリスへ振り返り、声をかける。
言わなければいけないこと、言いたいことがあるのだ。
「婚約破棄について、承知いたしました。私には決定権はございませんので、持ち帰って父に相談させて頂きます。国王様からの正式な書状については殿下の方でご用意お願い致します」
ここまでが言わなければならないこと。
本当ならばもっと必要だが、この場で細かく言っても仕方がない。これは最低限だ。
そしてこれが言いたいこと。
「…とても、残念です。貴方とならばこの国を支えていけると思っておりました」
本当に残念でならない。
その気持ちを込めた言葉を最後に、テレーズは礼をしてホールを後にした。
「そんなのは…私の台詞だ」
「マリス様…?」
傍らに寄り添う愛しい少女の声も、今のマリスの耳には入らなかった。
「あの、お三方」
テレーズは困惑する。
ホールを出て、帰りの馬車を用意してもらっている間も三人は火花を散らし、牽制しあっていた。
「俺は今回のことを王太子として公爵家に説明に行くんだけど。お二人は帰ってもらえませんかね」
「我は花婿として挨拶に行くのだ。こういうのは早いほうが良いからな」
「私も現当主に会いたい」
テレーズの言葉は聞こえないらしい。
思わず苦笑する。
この状況を見たら父や母はどう思うだろうか。
婚約破棄されたと知って悲しむだろうか。
両親の期待を裏切らないようにと生きてきた。二人の瞳に失望の色を見るのが怖かった。
けれど今は、それでも良いかもしれないと思うほどに、とても清々しい気分だった。
読んでいただいてありがとうございました。
婚約破棄難しいですね…!
あと二人くらい増やしたかったんですが断念しました。
皆さんはどの殿方がお好みですかね?
私はこういうときにポッと出てきてかっさらう執事とかが好きです。出てないんですけどね…