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戦姫ロイアス譚   作者: 藤出雲
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episode 0 「灰色の悪意」 第九話

第九話


急激な…余りに高まる魔力。

それが何を意味するのかを、リィルナルは理解した。

目論見通りである。

武闘大会三日目の朝。

14歳以下の部、三回戦第一試合。

アスドガリス・ブルーツェ・カーロVS

リトラス・テンプフィル。

王国軍騎士団の見習いと呼ばれる少年兵の中でも、屈指の実力者二人による対戦カードであった。

実質上の決勝戦、と言った上位騎士も居る。

「先輩と正式に試合出来る様になるなんて、嬉しいです」

アスドガリスが、にっこり笑って一礼した。

「よく言うよ、俺の実力なんてとうに超えている癖に。…とはいえ、まだまだ後輩には負けたくない。来いよ。練習と実践の違い、教えてやる」

リトラスも、笑って一礼を返して構えを取った。

「リナリナ殿」

選手控室ではなく、一般観客席の中で試合を観戦していたロイアスに声をかけたのは、キルンだった。

「あ、キルン。凄い試合になりそうだね」

「ええ。貴方にとっても、得るものの大きな一戦になるでしょう。しっかり見ておきなさい」

審判の試合開始の合図と共に、アスドガリスの木剣とリトラスの木槍がぶつかり合った。

「あわわわ…!す、すっかり遅くなっちゃったなあ…お父さんが時間を忘れて熱中してるから…」

アスドガリスとリトラスの試合が始まった直後の、武闘大会会場外。会場周囲はぐるりと囲いがしてある様に石畳で整備されており、其処にも様々な露店が並んでいる。

会場入口に着いたのは、一人の少女と大柄な男性。どうやら二人は親子の様である。

「うるせえな。それだけしっかり造ったって事だろうが」

伸び放題になっている無精髭を、太い指で擦りながら男は豪快に笑った。

「はあっ!」

アスドガリスの剣撃がリトラスに、少なからず驚きを与えた事は想像に難く無い。

「こいつ…!」

予想はしていた。

予想はしていたが、これ程のものとは。

「…!」

観客席のロイアスも、思わず息を飲んだ。

斬撃の速度、重さ、柔軟性…。全てにおいて、ロイアスの…いや、ロイアス以上であろう実力を持つ、来期正規騎士入団確実と目されているリトラスを圧倒している。

「こいつは凄い。流石は総騎士団長のご子息。下手な正規騎士より若い分、勢いがあって良い動きになっていますね」

キルンも、つい口笛など吹いてしまう。

「アスドガリス…凄い!…戦ってみたい…!」

リナリナ…ロイアスも、戦慄に汗するが、拳を力の限り握って闘志を顕にしている。

「さてさてしかし、リトラス君の方もこのまま終わる様な選手ではなさそうですよ?」

キルンが、ロイアスに言った。

「やるじゃないか」

防戦一方のリトラスが、それでも笑みを崩さず言う。

「それ程で…も!」

右手だけで放った横一文字の一撃。それも槍で見事に防ぐリトラス。

防がれた一撃であるが、アスドガリスはその反動でぐるりと身体を反転させ、更に威力を上乗せした。

「貰った!」

「何の!」

アスドガリスの横薙ぎに対して、リトラスが打ち付けた真上からの渾身の突き。

「なっ…」

それは、アスドガリスではなく、彼の持つ木剣の横腹に対してであった。

真っ二つに折られた木剣の欠片が地面に着く前に、リトラスの次の攻撃…打ち下ろした槍の穂先が、今度は下から上へと跳ね上がり、アスドガリスの顎を目掛けて飛んで来た。

「…!!」

誰もが。

審判も、観客も、列席する上位騎士達も、ロイアスも、キルンも…。

この瞬間、リトラスの勝利が確実なものと認識していた。当のリトラスも、そう感じた事だろう。

しかし。

「…あっ…危ねっ…!!!」

槍の一撃で土煙舞う闘技場に響く、アスドガリスの声。

「何…!?」

リトラスの背筋が凍る。

「さ、流石リトラスさん…」

其処には、何時の間にその態勢を取ったのか、折られた木剣の柄の部分だけを顎と槍の穂先に据えて見事に防御している、アスドガリスの姿があった。

木剣は、アスドガリスの指が離れるのと同時にボロボロに砕け散った。

「うおー!嘘だろ!?」

「あの小僧、あれを防ぎやがった!」

観客席からも、スタンディングオベーションが起こる。

「こりゃすげえ。アス坊、腕上げたなー。アス坊に稽古つけてたのは、お前じゃなくてテルヴィンの旦那なんだっけか?流石だな」

上位騎士団席のユタも、つい拍手をしながら、国王賓室内に居るテルヴィントレスの方に視線を移した。

「…旦那?」

賓室内から僅かに漏れる殺気を、ユタは見逃さなかった。

「まさか…!?」

「来た…!遂に来た…!!」

武闘大会会場国王賓室内に居たのは、国王、第一王女サフェリリス、総騎士団長テルヴィントレス、テルヴィントレス直下衛兵団数名、リィルナル、リィルナル護衛官ドルツェ。

「むっ!?」

リィルナルの異変を察知したテルヴィントレスが、剣の柄に手を添えた。

「ムゲ・チールトラヴェデ・トラン・パハティヤ…常世の闇よ、此へと集うが良い!」

恐らく魔法の術式を補助する呪文の類であろうその詠唱が終わると、リィルナルは歓喜に身を震わせた。

「国王陛下。暫く御身、預からせて頂きますぞ!」

国王賓室内の空間が、灰色の光に包まれた。

「リィルナル…!貴様!」

テルヴィントレスが、剣を抜く。しかし、ドルツェが間に入るや「無駄だ。御僧を攻撃すれば逆に此処から永遠に出られなくなるぞ」と、テルヴィントレスの腕を掴んだ。

「逆じゃよ、テルヴィントレス。此処に居る者には、安全を与えたのと同義。傍観しておれ。これから始まる、全ての事をな」

そう言って、リィルナルは姿を消した。

自らの身体を別の場所へと転送させる魔法だ。

その行先は…。

「えっ?」

「何だ?」

アスドガリスとリトラスが戦っていた、試合場。

二人の間に、突然現れたリィルナル。

「さて…準備は整った」

渇いた笑い声が、やけに響く。

「…!しまっ…!」

逸早く事の流れを理解したのは、キルンだった。

「ユタ!」

「ちっ…!」

一瞬遅れてカルトローサ、ユタが動く。

「出でよ…古の悪夢…」

リィルナルの身体の内側から、ドス黒い何かが蠢き、低く大きな鼓動を鳴らしながら膨れ上がっていった。

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