episode 0 「灰色の悪意」 第四話
第四話
「あっ…ご、ごめんなさい!」
セイラガイス大練武闘大会会場、トーナ闘技場。
参加選手の控室から闘技場まで、外周を囲む形で伸びる廊下。一般客は入れないそのエリアで、ロイアスがぶつかってしまった相手は二人組の男性だった。
一人は豪奢な僧服を着込んだ老人。ロイアスがぶつかったのはこちらの方である。口元まで隠れるストールの様な物を巻いており、顔が余り見えない。
もう一人は、屈強な体躯の中年。テルヴィントレスと同じくらいだろうか。軽装ではあるが、しっかりした作りの鎧を纏っている。老人の警護者の様にロイアスには見えた。
明らかに老人の方は出場選手ではない。どちらにしても、選手でなくて此処に居るというのは、関係者なのだろう。
「ほほ…元気ですな。もしや貴女様が、今回出場されるという第四王女のロイアス・タチュエラ・セルドトゥリスン・セルディテューラ・セイラガイス様で?」
老人の言葉にロイアスは「えっ?」と声をあげた。王室付きの魔法使いに変身魔法を施して貰い、今のロイアスの姿はいつもの赤茶の長髪、日焼けしている健康的な肌、真紅の目という姿では無かったからだ。
黒髪のさっぱりしたショートヘアに深茶の瞳。真っ白な肌。顔付きも、本来のそれよりも随分と気弱そうなものになっている。
「えっ…と…」
狼狽するロイアスに、老人は「ほほ、これは失礼致しました。儂もちょいと魔法をかじっておりますでな」と笑った。
「は、はあ…」
「それよりも、ロイアス様。今日の大会では、どこを目指しますので?」
老人の唐突な質問に、ロイアスはきょとんとした表情になって、少し考え込んだ。
「うーん…?優勝…そう…優勝と、アスドガリスに勝つ事です」
老人はそれを聞いて「ほうほう」と楽しそうに頷いた。
「アスドガリス・ブルーツェ・カーロ殿ですか。総騎士団長の御子息にして、今大会14歳以下では優勝候補の一人ですな。さてさてしかしロイアス様、彼もそうですが、儂が見た限り貴女様よりも手練が他にも何人かおりましたぞ?」
「はあ…そうですか…」
「実力、経験共に上手揃い。はたまた、未だ世に出ていないだけの隠れた傑物もおるやもしれません。そんな中で、貴女様が目指す事は果たして叶いますかな?」
口元は見えないが、老人が笑ったのは理解出来た。
「はは…どうでしょう?私よりも上手揃い…ですか。それは余り考えておりませんでした」
言って、ロイアスが笑う。
「…どういう意味ですかな?」
「目指す事。そして必ずやり遂げるという意志。今日迄培ってきた技と力。そして何より、私を鍛えてくれた皆に恥じない様に。即ち、今日此処で今の私の力を全て出し切る事。それらが叶えば…必ず。そう、思っておりますので」
ロイアスの瞳の、力強い光。弾けんばかりの笑顔に老人は咳払い一つして「ほほ…それはそれは…」と笑った。
「その意志と技の冴え、本日しかと見届けさせて頂きますぞ」
立ち去る老人の背中に、ロイアスは「あの!」と声をかけた。
「何かな?」
「あ…ありがとうございます!」
老人は「ふむ?」と聞き返した。
「その、大会が始まる前に…改めて私が剣を握り、何を目標に、どう努力してきたのか…そしてそれが誰と何の為なのかを気付かせてくれて…ありがとうございました!頑張ります!」
「…ほほ。ドルツェ、行こうかの」
傍についていた、鎧の男に目配せして、老人はそのまま振り返る事無く歩を進めていった。
「…誰なんだろう?あの人…。あ!もう開会だ!」
考える暇無く、ロイアスは闘技場へと走った。
「全く…よう似ておるわ」
老人…リィルナル・アペリィーシュが吐き捨てる様に呟いた。
「国王はともかく、あの王女…存外と厄介かもしれぬの」
ハイノアウス。
今は亡き現国王の第二正妃。
ロイアスの、実の母にあたる人物である。
リィルナルが、第二王妃のかつての姿を思い返した。
※
国王の訓辞から始まり、ルールの説明等開会の儀は一通り終わった。
いよいよ、ロイアスが出場する14歳以下の部が始まる。
応援席の最上段王室特別賓室には、国王と衛兵団。テルヴィントレス。
最前列の審判団席とその隣には、騎士団長他、上位騎士が揃い踏みだ。
闘技場内は全ての席が埋まり、熱気に包まれている。
「ま、任務は任務として、小僧共の日頃の成果は気になるな」
「油断はするなよ」
ユタとカルトローサが、会話しながら本戦(予選は数日前に、国中の各地区で行なっており、トーナ闘技場で戦うのはそれを勝ち抜いた者だけである)の様子を観戦する。
14歳以下の部は、28人の本戦出場者に絞られていた。
「お、アス坊次じゃん」
ユタがカルトローサに顎で示した先には、入場して来たアスドガリス。
「んー、姫様とアス坊は…決勝まで行けば当たるのか。さてさて、どっちが勝つと思う?」
「…聞くなよユタ」
カルトローサが、溜息混じりに返す。
「そいつは失礼しました。…って、言ってる間にアス坊、もう勝ってるじゃねえか。やるなー。こりゃ決勝迄は退屈かもな」
「それはまだ、解りませんよ。要注目選手は他にも居そうじゃないですか」
珍しく濃紺の僧服で正装しているキルンが、意味深に指差しユタの言葉に横から口を挟んだ。
「おお、キルン」
そして、対戦表を取り出して説明する。
「…この後の、リトラス・テンプフィルと…姫君様の二回戦の相手、エンネランス・フリネラ。この二人は相当、やりますよ」
ユタが「そうなのか?俺は城下に居る事が殆どねえから世間の話には疎いけど、カル、こいつら知ってる?」と話を振った。
「…ああ。リトラスはアスドガリスと同じ騎士見習いだ。剣ではなく槍術が得意だったか。多分来期の試験で正規騎士になるだろう。エンネランスという選手は解らんな…剣士ではないのか?」
カルトローサが逆に聞き返す。
「こいつはうちら畑でね。魔僧兵団の見習いなんです。武術の方もかなりやりますよ」
「へえ。最近の若いのも、面白そうなのが居るんだなー…」
ユタが、対戦表をひょいと摘み上げる。
「…ふーん…なるほど、ね…」
「…ユタ?どうした?」
カルトローサが尋ねる。
「いやいや、アス坊も姫様も、優勝迄の道程は厳しい…かな、ってな。…キルン、ありがとよ」
「…いえいえ」
大会は、様々な思惑が絡み合いながらも、プログラム通りに進んでいった。




