episode o 「灰色の悪意」 第二話
第二話
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「おやおやおや?これはこれは、姫君様におかれましては、また今日本日この時も見目麗しく…」
ロイアスがキルンと王宮の中庭でばったり出くわしたのは、師匠であるテルヴィントレスから大練武闘大会参加の許可を得た翌日だった。
「もう!キルンの皮肉ったら、本当に泉の様に湧いてくるんだね!」
ロイアスの姿といったら、昨日の話ですっかり発奮してしまい、朝から練習のせいですっかり傷み、破れやほつれが目立っている騎士団道着を着込んで、その手足には擦り傷をたっぷり拵えている有様である。
侍女達もすっかり呆れ果てており、国王付きの侍女長から国王に報告まであったという。
国王はその話を聞いては腹を抱えて笑っていたというから、まあ、王宮の中では笑い話で済む事の様である。
「おやまあ、13にもなると人の本音と建前をお察しに」
ケラケラと人の悪い笑みを浮かべて、キルンは肩を竦めておどけてみせた。
侍女達が流石に「ちょっと、キルン殿!」と、諫めに入るが、ロイアスが制止した。
「いいのよ、キルンは。昔からそう。こうやって人をからかわないと、舌が捻れて目が吹き飛んじゃう病気なんだから」
そう言って笑いながら、ロイアスは汗を右手で拭った。
その眩いばかりの笑顔に、キルンの胸は使命感で満たされる。
この姫様と、お父上は必ず守らなければ…。
「さてさて、姫君様のお陰で病気の調子も良くなって参りましたし、退散致しますかね。大会、頑張ってくださいませ。何せ、俺は貴女様の優勝に200セルン賭けておりますので」
ひらひらと手を泳がせながら、キルンは立ち去った。
侍女達がそれぞれに悪態をつく。
「全く、あんな無礼な者が第一魔法僧兵団長だなんて…」
ロイアスはそれを聞いて、くすりと笑った。
「でも、あのお調子者がマイエ総僧兵団長を除くと国内最強の魔法使いなのよね。でも…キルン…」
ちょっとだけ、いつもより雰囲気が刺々しい…?
「おーい、姫様!休憩終わりだってよ!」
アスドガリスの呼び掛けに、ロイアスは「はーい!」と返事をして再び鍛場へと走って行った。
「ぐむ…流石は第一魔法僧兵団長といったところか…」
中庭の奥に生える、ロイズウッドの大木。更にその奥は中庭をぐるりと城壁から伸びた側壁が囲んである。
その大木と側壁の中間にある窪みに、魔法によって姿を消した人物が居た。
その人物の左腕と胸部には、まるで剣に斬りつけられたかの様な傷がざっくりと刻まれている。
「風の魔属を、あの場に居た誰にも気付かれず、たったあれだけの所作で召喚・操作するとは…」
ひらひらと、キルンがロイアスとの別れ際に泳がせただらしのない腕の動きは、空に風魔法を使役する際の呪文詠唱に相当する魔法言語を記し、潜んでいた者を攻撃したのである。
そう。リィルナル大総僧子飼いの隠密僧兵であった。
「御僧方に、報告すべきだな…」
キルンの見えざる攻撃を受けた隠密僧兵は、舌打ちをしながらその場から消えて行った。
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武闘大会を来週に控えたある日。
アスドガリスは兄のカルトローサに少しだけ違和感を感じた。
あの優しい笑顔は、いつも通りである。
しかし、例えば剣術の稽古の時に薄らと感じるものが、アスドガリスには不安を齎す。
「あれは…」
戦の時に発する殺気の類でもなく。そう、まるであれは…。
「お?アス坊じゃねえの。どうした?浮かない顔をして」
「あ…ユタ様。今日も任務ですか?」
「ああ、やっと交代だよ。一ヶ月振りの城下だ」
その日の稽古も終わり、夕暮れ時。一人露店の賑わう城下街の大通りを歩くアスドガリスに声をかけたのは、ユタ・ニム。第二騎士団長である。
セイラガイスの騎士団は総騎士団長を筆頭とした組織で、有事の際は戦の最前線で戦う事が主たる任務になる。
それ以外にも、各騎士団によって任務の区分けがあるのだが、ユタが団長を務める第二騎士団は国境線各地にて国外勢力の動向把握、牽制等を任務にしていた。
「お疲れ様です」
「ありがとよ。…でもまあ、このまま帰るって事にはならなくてなあ…」
ぼりぼりと、頭を掻きながらユタが呟いた。
「何かあったんですか?」
「いや、お前の親父殿直々の召集なんだわ。騎士団長全員城に来いだと。全員て…戦争でも起こす気かあ?」
「物騒な事言うのやめてくださいよ。親父がそんな事進める訳無いでしょ」
先輩騎士の、笑えない冗談にアスドガリスは大きく溜息をついた。
「はは、そうだわな。しかし珍しいっちゃ珍しい。テルヴィンの旦那にしちゃ呼び方も急だしな。お前、最近何か気になる事とか、気付いた事とか無いか?」
ユタの問い掛けにアスドガリスは一瞬考える。
「ユタさん…騎士見習いから騎士団長殿へじゃなくて、兄の親友に、弟として相談していいですか?」
「…ん?」
セイラガイスの城下街が、夜の暗闇に沈んでいった。




