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戦姫ロイアス譚   作者: 藤出雲
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episode 0 「灰色の悪意」 第十話

第十話


「はっ!」

闘技場一般観客席のキルンの右手から、無数の光弾が放たれた。

向かう先は、闘技場に突然現れたリ・ユプナ派大総僧、リィルナル・アペリィーシュ。

剣を抜き、闘技場へと走るカルトローサ、ユタ。

それよりも早く、キルンの光弾がリィルナルの身体を撃ち抜いた。

しかし…。

「ふは!遅いわ!」

身体中を穴だらけにしながらも、リィルナルは何事も無く笑っていた。

否。

変化はあるのだ。

僧服が破れ、老人の皺だらけの、抜け殻の様な体躯は其処には無く。

ぐちゅぐちゅとした赤褐色の臓物の様な肉塊が、緑色の粘液に塗れながら蠢いている。

「何だぁ、ありゃ!?」

走りながら、ユタがリィルナルの様子、そのグロテスクな変化に眉を顰めた。

やがて肉塊と粘液が収縮していき、元のリィルナルの体格まで収まると、今度は急激に彼の身体を中心に魔的濃度が高まった。

その魔力の余りの高さに、アスドガリス、リトラスの全身から汗が吹き出す。

「これが…伝説の古代悪魔の力…」

恍惚とした表情で、リィルナルが言った。

そして、彼から放たれた灰色の光を帯びた放射状の魔力。

「ぐはっ!」

「うっ…!」

カルトローサとユタは間に合わず、闘技場からアスドガリスとリトラスの姿は消えていた。

正確には、吹き飛ばされてしまった様だ。

二人は闘技場の左右、石造りの壁に激突し、ぐったりと倒れ込んでいる。

「てめえ!」

ユタが斬りかかろうとした、その瞬間。

灰色の魔力が、先程の肉塊の如く収縮されていく。魔的濃度は、更に高まり続けていく。

そして。

「!」

「何だぁ!?」

灰色のそれは、完成された。

痩せぎすの小さな老人の姿は其処には無く。

体長の程は4メリアン(約4m)を超え、細長く筋肉質な胴体。左右4本ずつの、長く鋭い爪が生えた腕。

力強く空を裂きながら揺れる、巨大な尾。

頭の角は山羊の様な、羊の様な…ただ、捻じ曲がって生えているそれの先は二股になっている。

そして、全ての体色は灰色。

「あ…の姿は…まさか!…姫君様!貴女は隠れていらっしゃい!」

キルンが転送魔法の呪文を唱え、闘技場へと瞬間移動する。

「おう、キルン。こりゃ一体何の冗談だぁ?」

ユタが、灰色の怪物からは視線を外さないまま、尋ねた。

「…魔的像封印…ですよ。俺とテルヴィントレス殿が、ずっと探していた…奴等が所持しているという、上級悪魔を封印している…ね」

言うとキルンは、再び呪文の詠唱を始めた。

「何だってえ?」

訝しげに、ユタが返す。

「魔力は探知出来るのに、封印する為の器が見つからないわけだ。まさか、自分自身に封じていたとは…。ユタさん!カルトローサさん!少しの間、俺が食い止めておきます!他の騎士団長と共に、観客の避難を…」

キルンが言い終わる前に、灰色の悪魔…リィルナルの腕の一本がゆっくりと動いた。

「くっ!」

キルンが再び、光の弾をリィルナルに放つが、当たっただけで消滅してしまう。

何事も無かったかの様に、キルンを見もせずにリィルナルは観客席に向かって、腕から灰色の放射状の魔力を放った。

叫び声を上げる時間も無く。

円形の闘技場の北側と、そこに居た満員の観客の姿は消し飛んでいた。

「きゃあー!!」

「ば、化物だ!」

事の状況を漸く理解し始めた観客が、将棋倒しになるのも構わずに我先と闘技場から逃げて行く。

「お二人共、早く!このままでは、混乱で下手に犠牲者が!…ぐぁ!」

何時の間にか、リィルナルの左腕の一本が、キルンに向かって伸びていた。爪の一撃を喰らい、キルンの身体が宙を舞う。

「くっ!…何て力だ…!は!」

空中で身体を捻りながら、キルンが右腕を振る。

「くらえ!」

闘技場の砂が円錐状に十数本隆起し、リィルナルの足に勢い良く突き刺さる。

「っし!今だ!」

ユタが、一瞬動きを止めたリィルナルに向かって跳び、斬撃を与えた。

「ユタさん!先に観客の避難ですって…!」

上手く着地したキルンが、ユタに言うとユタは「でーじょぶだよ!俺達がこっち担当!他の騎士団長にちゃーんと頼んでるって!」と、構えを取り直した。

よく見ると、第六騎士団長、第七騎士団長が大会運営委員と共に直下の部下達と避難誘導を行っている。

「…なるほど、テルヴィントレス殿は、予想なさっていたと…」

キルンは苦笑した。魔法僧兵である自分の方が読みが甘かった事を、皮肉るかの様に。

それを聞いて、リィルナルが呟いた。

「ほお…それは…困る…な」

声のそれも、最早あの嗄れた老人のものではなかったが、その声色を何かに例える事は出来ない。

虫の羽音の様な音が、灰色の悪魔の8本ある両腕から鳴る。

「この範囲なら…」

言うと、悪魔はその魔力を再び吐き出した。

「!?」

灰色の悪意が、闘技場の全てをすっぽりと覆い隠す。

「うぎゃあ!」

外へ出る直前だった観客の一人が、覆われた灰色の膜に触れた瞬間、まるで生気を全て吸い取られたかの様に骨と皮だけになり、即死した。

「まずい!それに触れるな!」

騎士団の声で制止出来た者、出来なかった者は居たが、その異様な死に様を迎えてしまった観客は数十人以上にのぼり、場は更なる恐怖と不安と混乱に包まれた。

「逃がしはせん…よ。此処が貴様ら全員の、死に場所となる…」

そこで灰色の悪魔は、初めて感情を出した。

牙でびっしりと並んだ、大きな口をぐにゃりと歪めて。


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