こんなことは望んでない!
連載すすめずに何やってんだよって話ですが、どうしても書きたくなった。でも連載にして続けられる自信がないので短編です。プロローグ的なもののつもりなので、気が向けばきっと続きを書きます。
ヒロイン、王子共に口が悪いです。いろいろ言っていますが、全て作品上の表現です。ご了承ください。
たとえば、会社帰り疲れ切ってくぐった居酒屋の暖簾の先がなぜか異世界だったとか。
たとえば、その異世界では異世界から召喚された女性が国王の后になるという古くからの慣習があるだとか。
たとえば、「花嫁さま」と崇め奉られかの国の王子のお嫁さん(はぁと)にさせられるだとか。
そんなことは欠片も望んじゃいなかったが、まあ29歳、そろそろ三十路にさしかかろうかというこの時期に彼氏もいなければできる予定もないからっからに干からびたわたしが結婚できるというならそれはそれでいい話だったのかもしれない。それもお相手は一国の王子だ。一生左団扇で暮らせるのならそれもまたいい。まるで年若い少女たちが憧れるようなべったべたの展開だが、実際に起こったことなのだからしかたがない。だが、しかし、である。
「おい、いつまでそんな態度でいるつもりだ。だいたい、おまえなどと結婚しなくてはならないこちらの身にもなれ」
目の前で一丁前に文句を垂れ流すこの豚は、本当の本当に爪の先ほどだって望んじゃいない。
「その言葉そっくりそのままお返しするわ。こっちから願い下げよ」
そりゃたしかに三十路にさしかかろうという干物女。家事が得意というわけでも、気立てがいいとか器量よしとかそんなわけでもないわたしが結婚相手を選ぼうだなんておこがましいのかもしれない。だけど、これはいくらなんでもひどいだろう。
目の前におわすこの豚は、何を隠そうこの国の王子様である。そう、つまり、非常に残念なことにわたしの未来の旦那様である。この身長180センチ、体重は100キロはゆうに超すであろう背だけはむだに高いデブがである。デブのくせに上にも長いからとにかくデカい。邪魔くさいことこのうえない。
食べることは大好き、運動は大嫌いというデブの鏡のようなこの男は、金髪碧眼というスペックを持ちながらもその巨体が全てを帳消しにしている。やつが歩くと冗談でなく床が揺れる。5つ年下になるやつの従弟はあんなに可愛らしいのになんでよりにもよって次期国王のこの男はこんな《・・・》なのか。どうせなら従弟殿を光源氏のように育てた……げふんげふん。
「あいかわらず口の悪い女だな。俺を誰だと思ってるんだ」
「はいはい、それは申し訳ありませんでた、殿下ー。不敬ついでに言いますけど、唾を飛ばさないでいただけますぅ? きったない」
なまっちろい肌を真っ赤に染めてなにやら怒っている旦那様から距離をとる。
わたしだって面食いなわけじゃない。別に未来の旦那様が邪魔くさいデブだったとしてもなんの問題も……いや、問題がないことはないが、まあ許容範囲になるときもくるかもしれないしこないかもしれない。だがしかしである。この男、中身もクズのクズだった。クズのプリンスさま♪である。この男ときたら人の顔を見るたびにやれ年増だ、ブスだ、気の強いだけの女だと失礼なことこの上ない。頭はいいから政務はきっちりこなしているらしいが、基本が引きこもりなので指示するだけで自分では動かないのもいただけない。いや、国王になる身分としては正しいのかもしれないがわたしの好みはバリバリ働く男である。
だいたいなにが悲しくて人を年増呼ばわりする男と結婚しなくてはならないのだ。結婚は墓場というが、冗談じゃない。
「本当に口の悪い女だな! 国王の后が異世界からの客人などと一体誰が決めたんだ。こんな年増と結婚しなくてはならないとは、先が思いやられる」
「黙れ肉だるま」
「肉だるっ……!? おまえ、一国の王子たるこの俺になんて呼び名をっ……!」
「うるっさい。悔しかったら痩せてみなさいよ。このデブ」
「でっ……!」
なにやらショックを受けているらしい旦那様に白けた目を向ける。
なんだこいつ。まさか自分がデブだという自覚がなかったのか。食っちゃ寝、食っちゃ寝している運動嫌いの大食漢が痩せているはずもないだろう。そのうえ食べてるものはぎっとぎとのステーキだったり、甘ったるいケーキだったりするのだ。太るのも当然だ。
そもそもこの世界の人たちはこの王子にゲロ甘すぎる。一夫多妻制をとるこの国の国王夫妻にようやく授かった御子とかで、それはもう周囲は甘やかした。それこそこいつの食べてるケーキよりも甘ったるかった。国王夫妻は美男美女でこいつの幼少期もそれは天使のように愛らしかったらしい。そんな天使を悲しませまいと国王夫妻はもちろん大臣やメイド、下働きにいたるまでがこいつのために動いた。その結果がこの性格とこの体型だ。まあ、道理といえば道理である。
そんな愛すべき王子様のために召喚された女が愛すべき王子様に暴言ばかり吐くものだから、周囲は慌てた。なにが悪いのかと泣きつき、頼むから分かり合う努力をしてくれと縋りつく。このわたしを稀代の悪女だとまで言わしめる、やつらの王子様フィルターは絶対にいかれている。
たしかに、豚だの肉だるまだのたしかにわたしの発言も一国の王子に対しいかがなものかと自分でも思うが、当のお王子様は顔を真っ赤にして怒りながらも不敬罪で殺すわけでもない。その上年増だの不細工だのとこいつだってなかなかの暴言を吐いてくるのだからおあいこというものだ。やられたらやり返す。子どもっぽいとか聞こえない。
「でっ、デブ、デブはひどいだろう。直接的すぎるだろう」
「はあ? 知らないわよ。客観的に見た事実よ」
「そっ、それを言うなら、俺だって客観的に見て年増だと言っている。30にもなるのに未だ嫁げてもいなかったとは、おまえのその性格に問題があるに違いない」
「自分の性格どうにかしてから言え。自分のこと棚に上げてんじゃないわよ」
ああ、本当になにがどうしてこんなことになったのか。どうせ王道ならもっとべったべたにイケメンの王子様と結婚させてくれてもいいものを。こんなこと、わたしは欠片も望んでいないのだ。
これから紆余曲折を経て、王子がダイエットに目覚め、なし崩し的に二人の結婚式が執り行われ、2人の王子と姫に恵まれた案外幸せな結婚生活を送ることになるのだが、それはまた別のお話。
タイトルを「わたしのために痩せなさい!」にするか考え、こちらを採用したわけですが、頭の中にある展開的には「わたしのために痩せなさい!」の方が正しい気もしている。