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4 対 華雄

「逆賊ッ!とぉぉうたくぅッ!呂奉先が、その首、貰いに来たぞッ!」

 天に届かんばかりの大声。だが、屋敷からは何の反応も無い。

(ま、そりゃそうだ)

 横に控える馬上の黄青にしか判らない程度に、苦笑し、小さく溜息をついた。

「…よし、一応屋敷の中を捜索。それと、裏の兵は呼び戻した方が良いな」

「私が一回りしてきます」

「頼む」

 数十の兵が正門から屋敷へ向かい、黄青が屋敷前を東へと駆け出した、直後。再び辺りに銅鑼の音が響いた。呂布隊ではない。董卓邸からでもなく、屋敷を囲んだ呂布隊のさらに外側から聞こえている。続いて、喊声。門の向かい側は一面塀なので敵兵の姿は見えないが、道の東西両奥からは怒声や剣戟が聞こえ始めた。

「屋敷に入った者を呼び戻し、門前に集合!オレは周りの奴らを迎えに行ってくる!」

 一声に叫ぶと馬に跳び乗り、呂布は西へと駆け出した。

 やはり、待たれていた。街中である以上、敵が1000を越すことはないだろうが、こちらはわずか100、包囲されているとすればかなりヤバい。さっさとまとまって撤退しなければ。手薄なところを突破したいが…

 屋敷の端、十字路が見えてきた。押し合っている。敵兵は見慣れない軽装鎧のようなものを身に付けているため、見分けはすぐ付く。数は、こちらより少し多い程度だ。

(これはいくらなんでも少ねーだろ)

 本拠に置く待ち伏せがこの数、というのは少な過ぎる。西にはもう一段、罠があるか?

 考えてる間に敵は目の前だ。駆け抜けざまに手近な一人を刺し貫き高く掲げると、周囲を確認しつつ馬を急停止させ、大きく振り回して小隊長らしき兜姿の男に放り投げる。しっかり命中した。一時、周囲の戦闘に空白ができる。敵を睨みつけたまま呂布は叫んだ。

「撤退だ!裏の連中が戻り次第、董卓邸正面まで退け!」

 呂布隊から、ガラの悪い返事の声が上がる。その声に、我に返ったように敵兵が動き出すが、

「…死にたきゃ、来い」

血塗られた大槍を構える呂布の威圧にたじろぎ、結局睨み合いになった。

(西涼の連中は気合の入ったヤクザと聞いてたんだが、随分おとなしいな)

 妙だが、今はありがたい。少し待っても動く気配のない敵の様子にここは問題ないと判断した呂布は、残る味方を救うべく屋敷の裏へと馬を走らせた。

  

 味方に撤退を促しながら、敵兵を斬りつつ董卓邸西側の通りを北上する。北に行く程に敵兵は増え、同時に倒れている味方も多くなる。半ばを過ぎると、先に味方の姿は見えなくなっていた。北側は、絶望的か?

 正面の一人の首を突きで撥ね飛ばし、そこから右に薙いで次の一人を打ち飛ばす。そのまま槍を止めずに頭上で回して左側に打ち下ろして最後の一人を叩き斬った。とりあえず届く範囲の敵兵を全て斬ったところで、周囲を確認する。

 遠巻きに囲まれているが、厚みはない。いつでも抜けられる。元々手薄なところを駆けながら斬り進んで来たから、南西側はスカスカだ。北は、と目を向けると、喊声と共に敵の姿が見えてきた。道幅一杯に広がった集団が、駆け足で闇から迫ってくる。やはりダメか。というか、北の敵兵が思った以上に多い。撤退自体急いだ方が良さそうだ。呂布は馬首を巡らせ南に向き直ると、一気に駆け出した。

 少数とはいえ、道には敵兵のみ。だが、道を阻む者はおらず、むしろ先に道が開く。槍を振るうこともなく一息に駆け抜け、屋敷の正門まで辿り着いた。黄青も戻っている。兵数は、ざっと40程度になっていた。

「黄青、東は」

 焦ってはいないが、時間が無い。少し早口で尋ねると、

「敵は多勢。半数以上は、撤退も間に合いませんでした」

 少し表情が険しい。100や200の差ではなかったのだろう。

「北もそんな感じだな。対して西はスッカスカだ。どう見る?」

「洛陽西門へ誘い、内外より挟撃」

 董卓軍の野営地は、洛陽の西北西にある。西門までは近い。

「ウチの本隊の奇襲は?」

「成否は判りません。が、董卓軍は大軍です」

 間抜けな奇襲部隊を殲滅するくらいの兵力は余っている、か。確かにそうだ。加えて、丁原は鼻が利く。罠に勘付けば、即、退くだろう。当てにはできない。

「よし、東を突破する!」

 決断と共に号令をかける。無謀な指示に、多くの兵がざわついた。が、

「皆、遅れるなよ!待つ余裕はねえぞ!黄青!続け!」

 構わず呂布は駆け出した。黄青も後に続く。慌てるように、兵達も続いた。

 敵の姿がすぐに見える。道幅に広がり向かって来る、歩兵の列。

 突撃のための助走は、何とか足りたか。体勢を低く、全身に力を込める。突きを引く暇は無い。ただ、貫くのみ。

 全速での衝突。一人目を刺し貫く。手応えが腕から身体に伝わる。そのまま、二人目を突き通す。衝撃と重量。三人目で、腕がブレた。脇を閉め、右腕にさらに力を入れ直す。速度は落とさない。四人目からは、刺さった身体で轢き進めばいい。まずは董卓邸南東角の交差点まで、通す。

 呂布が引き裂いた切れ目を、黄青が槍を縦横に振り回し、押し広げながら追走する。そこへ残りの兵が突進し、敵軍の中を突破していく。

 程なく交差点に差し掛かった呂布は速度を落とし、槍を下から上に振り上げて串刺しの敵兵を振り抜いた。血飛沫と共に派手に吹き飛ぶ3つの屍に、囲む敵兵がたじろぐ。振り上げた槍をそのまま後ろに振りかぶり、馬を左に向けると、呂布は全力を込めた一振りを放った。穂先に触れたものは鎧肉問わず両断され、柄に当たったものは弾け飛ぶ。振り切った後には、半月の空間ができていた。一瞬できた間に、黄青が追いついて来る。

 東より、南。瞬時に判断して、目で合図する。小さく頷く黄青の向こうに、続く兵達の姿が見えた。遅れず付いて来ている者は少ない。が、勢いを止めては包まれて全滅である。敵の密集地点であるこの交差点は、そのまま抜けさせなければ。

 呂布は大槍を両手で大上段に構えると、一歩、北に進んだ。最前列の敵兵が、気押されて一歩下がる。駆けて来た黄青は速度を落とさず呂布の背後を通過すると、

「ハァッ!」

 鋭い気合の声と共に突きを繰り出した。一撃、二撃、三撃と、走る馬上から素早く的確に敵兵を突き殺す。少し速度が落ちた。が、南側は敵の最後尾が見えている。突破することはできるだろう。

 少し待ち、黄青を追う味方の兵が近付いたのを見計らって、呂布は動いた。南以外の3方は、ここで押さえる。

 距離を詰め、右手側から、一薙ぎ。両手の分、先の一振りより重く、速い。斬り飛ばされ、打ち上げられ、巻き込まれたもの全てが直線的に吹き飛び、さらに飛んだ先の兵を薙ぎ倒す。扇形に大きく空いた空間に歩を進め、左から、振り戻す一薙ぎ。弾け飛ぶ敵兵。

 南へ向かう味方歩兵との距離が開き過ぎないよう気を配りつつ、一撃一撃、丁寧に敵を吹き飛ばしていく。5度、繰り返したところで南側を確認すると、黄青は敵兵の中を半ば以上突き破っており、続く連中もほぼ欠けていない。

(オレもそろそろ退くか)

 最後に北側を大きく崩すため向き直ったところに、槍の穂先が襲い掛かった。咄嗟に大槍を振るい、左に打ち払う。飛来した槍は、回転しながら敵兵の中に落ちた。

 「大したモンだな、并州の若造」

 北側、槍の出元からかけられた野太い声に、敵歩兵の奥の闇を睨みつける。かすかに騎兵の姿が見えた。槍が矢のように飛んできたのだ。投げた者は、只者ではない。

 敵兵が二つに割れ、道ができる。ゆっくり寄って来る馬上の男の影は、呂布に劣らず大柄である。さらに寄り、顔が見えた。斜めに走る大きな傷跡。虎のような顔に笑みを浮かべたその男は、身の丈程の刃渡りのある幅広の大刀を肩に乗せていた。

「田舎ヤクザのガキがどれ程のものかと思っていたが、どうやら噂だけじゃあないようだな、呂布、奉先」

 名を呼ばれ、呂布は眉をほんの少し動かした。董卓軍の主だった将はこの数日で黄栄に聞いて、ある程度把握している。あの時最上段にいた、この虎顔は。

華雄かゆう将軍、と、お見受けする」

「…いかにも」

 虎顔は楽しげに鼻を鳴らした。

 華雄。多くのヤクザがしのぎを削る無法地帯・西涼きっての武闘派で、同業者からも恐れられる剛の者、らしい。今回は董卓と手を組んでいるが部下ということではなく、同格の同盟関係だという。董卓を討つ前の、最大の障害である。

「アンタみたいな大物が待ち伏せの指揮とはな」

 再び鼻を鳴らし、華雄は大刀の切先を呂布に向けた。

「お前さんはここに来る、と踏んでいたんでな」

「…そいつは光栄なこって」

 呂布は大槍を構え直した。自分が待たれていたのだ。この場は退きたいところだが、逃がしてくれる訳は無い。となれば。

 息を吸い、ゆっくり全身に力を込める。ここまでで準備運動は十分、いい感じに温まっている。疲労は無い。最初から、全力をもって、さっさと片付ける!

「じゃまあとりあえず、お手合わせ願いましょうかァッ!」

 雄叫びと共に一気に距離を詰めると、一撃必殺の突きを繰り出した。

 華雄の首中央に真っ直ぐ向かった豪速の穂先は、しかし側面からの大刀の一撃に逸らされ空を突く。すぐ引き戻し、二撃目。同様に、下から斬り上げられた。

 黄栄のように受けて流すのではなく、小振りの斬撃を合わせられているのだ。体勢を崩す様子もない。得物の大きさから考えても、半端な腕力じゃない。

 突きだけでは仕留められない。呂布は跳ね上げられた槍を引き戻さず、そのまま叩きつけるように振り下ろす。華雄は大刀を両手で掲げるようにして受け止めた。岩を打ったような衝撃が腕を伝う。一瞬の力比べに華雄の顔を睨みつけ、呂布は一歩引いた。

(余裕があるのか)

 力を乗せた自分の一撃を正面で止め、笑みを浮かべていたのだ。呂布は気の高揚を感じた。知らず、呂布の顔にも笑みが浮かぶ。コイツは面白い。

 并州では、止められることもなかった。黄青は受けるのがやっとで、余裕が無い。黄栄には流される。真正面から力で勝負できる相手に会ったのは、初めてだった。

 打ち合ってみたい。全力で。

 全身に、改めて血が巡る。華雄の姿が鮮明に映る。あちらも笑みを浮かべたまま、ゆっくりと、両手で大刀を中段に構えた。一歩の距離を、詰めてくる。得物の長さが違うのだ、先手はもらう。

 真正面、上段からの一撃。空を裂く轟音が、一瞬遅れる。虎顔は、当然反応している。また嬉しくなった。迎え撃つ華雄の斬り上げとぶつかり合い、双方弾けた。構わず、二撃目を押し込む。再度激突し、弾ける。そのまま数合打ち合うが、全て同様に、互角。いよいよ楽しくなった呂布は、気の昂ぶるままに打ち込み続けた。

 さらに十数合、鉄塊のぶつかり合う鈍い爆発音が夜の街に響く。一騎討ちを囲む兵は静まり返り、嵐の如き打ち合いを見守っていた。

 そして、次の一合。ほんの僅か、常人では判別できない微かな差だが、弾ける位置が、華雄側に寄った。

(もらう!)

 疲労か誘いか理由はともかく、次の一撃、僅かに、しかし確実に有利なのだ。呂布は全身の力を、後先構わず、完全に、何の遠慮もなく乗せ切った斬撃を放った。

 対して、それまで呂布の間合いに付き合っていた華雄は、強引に距離を詰める。と同時に横薙ぎに振るう大刀の狙いは、胴。

 西涼で様々な剛の者と渡り合ってきた華雄であったが、この重さの斬撃を、この速さで打ち続ける猛者に会ったことはなかった。疲れる様子もまるで感じられない。あのままでは、こちらが先に潰されかねない。そう判断し、仕掛けたのだ。案の定、呂布はそれまでより若干大きく振りかぶり、その分隙ができた。そこをめがけ、渾身の力を込めた一振りを放つ。今までは相手に合わせて打ち合ってきた。次の本気の一撃は、一段速い。間違いなく、先に届く。当たってしまえば、この大刀に断てぬものなど無い。よしんばあちらの本気と互角だったとしても、間合いはこちらのものだ。この近さでは槍は役に立たぬ。

(勝ったぞ若造!)

 真っ向勝負。正面から距離を詰めた華雄に対し、呂布は。

 こちらも得物を振るっている。防ぐことなどできない。

 勿論、間合いをとる暇も無い。

 相手の間合いであり、このまま槍を振り下ろしても腹で打つことになる。

 あちらの大刀、あの勢いで当たれば間違いなく、死ぬ。

 だが、しかし。

(知ったことかァッ!)

 乱暴な命懸けで振るわれた呂布の大槍は、文字通り誰の目にも止まらない、振った本人でさえ感触でしか確認できない程の信じ難い速度で、瞬時に華雄に激突した。頭に当たった槍の腹がそこで砕け、穂先側が吹き飛ぶ。尋常ならざる衝撃に、華雄の体は大きく揺れた。勢いをそがれた大刀はそれでも止まらずに呂布の胴に当たったが、肉を浅く斬るに留まった。

(…な、なんという…)

 一瞬意識を飛ばされた華雄は慌てて体勢を立て直し、引いて距離を取った。頭に激痛が走るが、そんなことよりも、圧倒的に振り負けたことが信じられなかった。華雄は歴戦の猛者である。自分が全てにおいて最強である、などという甘い考えは、当然ない。その長い戦歴の中、自分より素早い相手や、腕力のある相手と戦ったこともある。しかし同時に、力・技術、どちらにおいても、圧倒されたことは、一度もなかった。多少の差、というならわかる。が、そうではない。人は、あんな速さで槍を振れるものなのか?

 見れば、呂布は折れた大槍を見て楽しげに笑みを浮かべている。

「いや~こうなっちまったんじゃ続けられねーなァ。続きはまた後日だ、華雄殿」

 言うと、その槍を投げて寄越す。華雄がそれを受け取ったときには、呂布は既に背を向けていた。そして、囲む董卓兵が見えないかのように、迷わず馬を進めて行く。

「通してやれ」

 華雄の一声で、呂布の前に道が開いた。

 呂布は振り返らず、軽く左手を挙げて礼とした。

(…おそろしいガキだ)

 立ち去る呂布の背と折れた大槍を交互に見て、華雄は笑った。アレを止めるとして、何人斬られるだろうか?この場の全員、斬られかねない。本気でそう思える。帝を保護した後、日和見的にすり寄ってきた多数の勢力に出させた雑兵など、全て斬られても何の問題も無い、むしろ減った方が都合がいいようなものだ。しかし、西涼から連れてきた直属の部下達を無駄に死なせるわけにはいかない。彼らは部下であると同時に、共に激戦を切り抜けてきた戦友なのだ。

 腰の剣を抜かず、勝負を預けて去った呂布がどういうつもりだったかは解らないが、あの若武者からは自分に似た匂いがする。次の邂逅を楽しみにすると同時に、華雄は思った。

(一度、酒でも酌み交わしてみたいものよ)

  

  

 董卓兵の列の先には、黄青が一騎で待っていた。部下達は先に行かせたのだろう。呂布が馬を駆け向かうと、そのまま並び、駆け出す。

「…で、いかがでしたか?若」

 尋ねる口調は呆れ気味だ。退却が目的なのに大将が嬉々として一騎討ちしていたのでは、それも当然である。しかしその大将は

「いやもうスゲえぞあの虎顔のオッサン!めちゃ強え!撃っても撃っても余裕で撃ち返しやがんの!いやホント恐ろしい奴がいるもんだな~もうマジ殺されるかと思ったぜ!」

瞳を輝かせて喜んでいた。

「…それは良かった」

 呂布が負けるなどとは、毛頭思っていない。だから、ただ観ていたのだ。董卓軍最強の武人・華雄の力量を。しかし、あの斬撃を正面から互角に撃ち返す者がいるとは。

「いや世界は広いな、黄青!」

「…ですね」

 考えていたことを無邪気な笑顔で叫ばれ、苦笑がもれる。この様子では、まだまだのようだ。黄青は思考を切り替えた。先行させた部下達は、歩兵のみである。東門に着く前に、追いついておきたい。

「…急ぎましょう、外が無事とは限りません」

「だな。ま、全滅するような男前でもないと思うが」

 鼻の利く丁原に対する皮肉は、立場上無視する。二人は会話をやめて、全力で駆け出した。

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