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15 曹操との交差

「んじゃ曹性そうせい、あとはよろしくな!」

 東門外の自陣に帰って来た呂布と高順は、洛陽内での滞在場所などを手短に指示すると、兵達の移動を待たずに再び洛陽の街に戻っていった。なんでも、董卓軍の筆頭武将・徐栄じょえい将軍に会いに行くのだという。強者に会いたがるのはいつものことだ。

「あまり李儒殿に迷惑をかけないで下さいよ?」

「わかってるよ!」

 

(わかってないだろうなあ…)

 街に入ってすぐの食堂で昼食をとりながら、曹性はぼんやりしていた。


 曹性。呂布が師を追って晋陽に向かった際、槍しか持っていなかった呂布に己の剣を渡し、その後高順と共に呂布の救援に駆けつけた若者である。このことが呂布に大いに感謝されると共に気に入られ、今は呂布隊をまとめる立場となっていた。そして目端の利く彼は、その役目を上手くこなしている。実は剣よりも弓が得意で、そのため自分の剣を渡すのに何のためらいも無かった、ということを呂布はまだ知らない。ちなみに、同姓の曹操とは一切無関係である。


「どうしたんだい兄さん!ぼーっとして!」

 元気良く声をかけてくる食堂のおばちゃんに、愛想笑いを返す。董卓の暴虐の噂はどこへやら、街には活気があって、いい空気である。店の客は兵士がほとんどで、特に振る舞いが横暴だったりということもなく、むしろ仲良くやっているようだ。

「兵隊さんはなんせ払いがいいからねえ。それにムカつく金持ちどもをあらかた退治してくれたんだから、親切にもなるってもんさ!やり過ぎとかいう連中もいるけど、あたしゃスカッとしたねえ」

 そういうことらしい。この口ぶりだと董卓軍は本当に金持ちしか襲っていないようだ。なんだ、いいヤクザではないか。この先一緒にやっていく連中に少しだけ安心を覚えたところで、目端の利く彼はふと気になった。あらかた、に入ってない金持ちはどうなってるんだ?




 残った金持ちは苦悩していた。

 董卓は何かしらの罪を理由に、次々と同僚を襲っていった。中には明らかにあくどい者も確かにいたが、賄賂のやり取りなどは大なり小なり皆がやっていた事である。いつ自分が狙われるかわからない。そんな状況を乗り切るため、毎日のように集まっては対策会議のようなものを開いていた。

 主催者は、王允おういんという初老の官僚である。

 比較的真面目で贅沢にさほど興味の無かった王允は、役職の高さのわりに賄賂などと縁が薄く、そこを董卓に気に入られていた。今回の財産没収で空席になった司徒しと(内閣総理大臣のようなもの)は、次は王允であろう、と言われる程である。しかし比較的真面目な王允の方は、役人の例に漏れず、董卓達西涼ヤクザのような無法者が大嫌いだった。あんな野蛮人どもはさっさと排除しなければ。とは言え権力も兵力も無い彼らにそんなことができるわけがない。

 そこで目をつけたのが、

「曹操様、王允殿がお呼びです」

「またか?あの老体どもが…」

 部外者ながら董卓に気に入られている唯一の武官、曹操であった。

 曹操の方も、いざ董卓暗殺、となった時のために味方は欲しかった。なので友好的な関係を維持してはいるが、王允をはじめ都の役人というのはどうやら芯まで腐っており、この状況になっても集まっては愚痴をこぼし合っているだけの無能集団がかえって邪魔になり始めていた。現に今も、呂布に会うのを邪魔されている。

(新参の呂布を利用する事ぐらいは、思いついてもよかろうに)

 東門まであと少しというところまで来て、曹操は王允の屋敷のある中心部へと急ぎ引き返すことになった。次期司徒の王允に呼ばれて、あまり遅れるわけにはいかない。無能集団とはいえ、いやだからこそ、反感を買うと今以上に足を引っ張られかねない。



 その一つ横の通りを、呂布一行はゆっくりと中心部へ向かっていた。李儒とは随分打ち解けてきたため、話題も突っ込んだものになっている。

「そうか、董卓殿は浮気を疑われて…」

「そうなんですよ。ここでの財産没収の際に『この娘だけは…』ていうのが多くって。肉体労働は無理だろうしとりあえず、と思ってみんな長安の義父の家に送ったんですが、それが奥様に変に勘繰られたようで…」

「家に若い女が何人も送られて来たら、まぁいい気はしないわな」

「特に義父は『嫁一筋』を宣言していますから、奥様の怒りも相当なもので。義父自身が半月ほど説得に帰っていたんですが、上手くいかなかったみたいです。『洛陽での様子を監視する!』とか言って、こっちに来ちゃってますから」

 横暴なヤクザの親分・董卓、という人物像の崩れっぷりに、呂布は思わず笑ってしまった。後ろを見れば、高順も顔が笑っている。

「なかなか、ほほえましい一家な気もするけどな」

「いやいや、義父にとっては奥様が最優先ですからね。呂布殿のこともそうですが、他の全てをほっぽり出されていい迷惑ですよ」

「迷惑、と言えばそうだろうなぁ。…いや、けど、それって元はと言えば李儒殿が女を送ったのが原因なんじゃ…」

 突然、左から馬2頭が飛び出してきた。いつの間にか十字路の真ん中にいたらしい。鼻先を通る馬の乗り手と、目が合う。

「?」(どっかで見たような…)

「!」(呂布!)

 目が合った男はそこで馬を止めた。じっとこちらを見ている。もう1頭は少し先で止まった。

「呂布、奉先殿とお見受けするが?」

「いかにも俺は呂布だ。で、あんたは誰だい?」

 薄い緊張感の中、隣の李儒がゆるく声をかけた。

「曹操殿、これは奇遇ですね」

 声をかけられた曹操は、ここで李儒に気付いた。

「おお李儒殿、これは失礼した」

「いえいえ。何かお急ぎのご様子ですが、呂布殿にご用で?」

「いや、用は別件ですが、呂布殿には前々から一度お会いしたいと思っておりましてな」

 そして改めて呂布を見据え、

「呂布殿、それがしは曹操、猛徳と申します。急用にて馬上で失礼致す。一度ゆっくりその武勇の話でも聞かせて頂きたいのだが…今宵は何処に泊まられるかな?」

「…今晩?特に決めてはないが、一応自分の屋敷を貰ったからそこ、かな?」

 返事もそこそこに、呂布は記憶を辿る。

「おお、屋敷を!それは良かった。では遅くならぬうちに伺わせて」

「あ!思い出したぞ!」

「!?」

「曹操殿、一度帝の宮殿で会いましたな。あれは帝捜索の褒美を貰ったときか?いやーあの時は何だか大きい印象だったんだが…曹操殿、小さくなられたか?」

「は?」

「若!」

 後ろの高順から思いのほかキツい声がかかったので、思わず肩をすくめる。曹操は苦笑しながら首をかしげた。

「なかなか面白いことをおっしゃる。今は急ぎますゆえ、続きはまた夜にでも。では!」

 呂布と高順が何やら言い合っているのを後に、曹操は馬を走らせた。急がねば。しかしその曹操の耳には、先程の呂布の言葉がずっと留まっていた。

(小さくなった、か…)

 自分の左手を見る。確かに小さい。だが、そういうことではあるまい。以前会ったのは、黄巾討伐の後だ。あの時は、自らの軍を率い、自らの才を、力を、存分に振るっていた。自覚も無かったことを、初対面の武辺者に看破されるとは。大儀のためとはいえ、自分を抑え人に仕えるのは、そろそろ潮時かもしれない。



「自分が無駄にでかいからと言ってなんと失礼な事を…はぁ」

「悪かった、悪かったよ。けど無駄にでかいとはなんだコノ野郎」

「ま、まあまあ、曹操殿も怒ってなかったですし…」


 そんな一行が向かった先の徐栄将軍は、『かっこいいヤクザ』を体現したかのような男であった。短く刈った髪を後ろに撫でつけ、程よく角張った輪郭に鋭い顔立ち、鍛えられた身体、そして

「貴殿が呂布殿か。まあよろしく頼む」

その容姿容貌ににおそろしいまでによく似合う、深く渋い声。呂布も高順も、その完成度に目を見張った。

 口数は少ないながらも余裕と愛想はあり、且つ一定の緊張感を保っている徐栄の姿は、ダメなヤクザの代名詞のような丁原に仕えていた二人に激しい感動を与えた。それでも呂布はいつもどおりに手合わせを申し込んだが、

「すまんが、本番以外で抜かない主義でな」

その声でこう言われると、納得せざるを得なかった。

 そんな徐栄も、寡兵で洛陽を襲った呂布の豪胆さや華雄も認める武勇、そしてその呂布の親殺しの経緯など色々興味があったようで、気がついてみれば結局その日は徐栄の屋敷で夜を徹して飲み明かしていたのであった。もっとも、呂布は早々から潰れて寝ていたのだが。




 (…遅い)

 その夜。呂布の屋敷の一室で、曹操は瞑想していた。

 「小さくなった」と言った呂布が脳裏に浮かぶ。

 身体は大きく、さすがにあの華雄と打ち合うだけのことはある。洛陽を囲む陣の一辺を少数で削り取るあたり、隊を率いる力も相当なものだ。だがそれでいて、瞼に映る呂布の姿は気負いや増長、虚勢などがなく、いかにも自然体であった。養父を殺したと言うが、そんな非道の様子はまるで感じられない。

 董卓に、似ている。

 恵まれた体躯と、常に自然体の心。2人に共通するこの2点は、曹操には無い物であった。うらやましいのだ、と自らを分析する。周囲に囚われず、己を信じたその様が。大儀のため、と人に付き、うまく立ち振る舞っている自分も、本当はそうありたいのだ。近くで見て、その力を奪いたいのかもしれない。

 董卓とは、既に道が違う。しかし、呂布なら。一目で「小さくなった」と看破したあの呂布が共に来てくれるなら。

 曹操は軽く笑うと、ゆっくりと目を開いた。これほど人を欲しいと思ったとは、今まで無かった。それは、将来才ある部下を数多揃えることとなる曹操が心から欲した、最初の一人であった。

(しかし、かなわぬか)

 視線を落とし、自らの手が握る小刀を見つめる。その鞘には華美な装飾とともに7つの宝玉が埋め込まれ、抜けば鈍色の刀身は美しい曲線を描いた。

 七星刀、という宝剣である。

 かの次期司徒候補・王允から預けられたものだ。これを董卓に献上すると言って近付き、刺し殺せと言う。剣は、確かに見事なものだ。しかし。

(どこの阿呆がそんな子供だましに引っかかると言うのだ)

 無能な連中の考える事など、所詮はその程度か。曹操は刃を納めた。先程この剣を渡された時の空気を思い出す。反董卓派の金持ちどもも、愚痴り続けるのは限界なのだろう。今にも「早く殺せ」と命じてきそうだった。

 静かに、立ち上がる。

 今日、ここで呂布に会えれば、と思ったのだが。

(どうも育ちの差のせいか、ヤクザとは縁が無いようだな)

 自らの負け惜しみを鼻で笑うと、思考を切り替える。

 董卓が奥方に追われて単独で行動している今が、おそらく唯一の機会だろう。餌は、この宝剣でいい。やりようはある。


 せめて、呂布が完全に董卓の下に付く前に。

 庭から月を見上げ、そんな事を考えていた。

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