『ハイパーガール』吸血修道女
神村春美は1人、人里離れたところにある修道院に向かっていた。
この修道院は、夫や彼氏等の男性からのDVから逃れる女性を匿うために作られたNPOであるが、出資者が一切不明の団体が作ったものであり、なおかつ、そこに入った全ての女性と連絡が取れなくなっていた。
また、付近には筒状のUFOの目撃情報が多数あり、怪獣や宇宙人から地球を守るATTACKの隊員であり、X55星雲から来た地球を守るスーパーヒロイン『ハイパーガール』が地球上で生活するために同調している地球人である春美が潜入捜査を買って出た。
「裕のバカ!もう知らない!」
修道院に向かう車の中、春美は同じATTACKの隊員で、春美の彼でもある東郷裕と仲違いした事を思い出していた。
話は昨日に遡る…。
「可愛くなったねぇ」
「似合ってるわ!」
「エへへ、皆さん、ありがとうございます。」
何時もは肩までの髪の毛を後ろで束ねてただけの春美が軽くパーマをかけたのだった。
仲間から誉められ、気を良くしてる春美だった。
そこへ、
「おはようございまーす。」
春美の彼である裕が出勤してきた。
「裕、おはよう!」
上機嫌の春美は飛びきりの笑顔で裕の所へ小走りでやって来た。
(裕ならきっと『カワイイな!すっごく似合ってるよ!』って言ってくれるわよね!)
春美の期待感は最高潮だった。
しかし…、
「あ、おはよう!」
裕は軽く春美を見ると、あっさりとしたあいさつを交わしただけだった。
「裕ーっ、おはよう、おはよう!」
春美は何度も裕に自分の姿を見てもらおうと顔を寄せ付けたが…、
「どうした、顔に何かついたのか?」
裕は一向に気付かない。
「もーっ、ちゃんと見てよ!私、どこか変わってない?」
「…さあ?」
裕は春美を一度見ただけで、素っ気ない返事をしただけだった。
「ちょっと裕、春美の事、ちゃんと見てあげなさいよ!」
春美は裕の同僚であり、春美と裕の両方に恋心を抱く長原ひとみが裕に詰め寄った。
「ひとみ、もういいの…。」
裕に髪型を変えたことを気付いてもらえなくて、春美は落胆した。皆のいる作戦室から春美が1人で出る際に首を右に振ってチラッと裕を見ると、首を元に戻して歩いた。
「ちょっと裕、春美が髪型変えたのに気付いてないの?」
「…気付いてたよ!」
「じゃあ、何で言わなかったの?」
「言えるかよ…男が女に軽々しく…そんな事を。」
「あんたって何時の時代の男?春美がかわいそうじゃない!」
ひとみが散々裕を詰るが、裕は何も言わなかった。
それから春美の機嫌が直らなかった。
また、あの時から春美は裕と口を聞いていなかった。
そうこうしているうちに、春美を乗せた修道院の車は山奥にある修道院についた。
(ここか…、特に変わったとこはないようね。)
春美が辺りを見渡したが、山奥にあって、男子禁制である他は、特に変わった様子は見られない。
『リーン!ゴーン!』
修道院にある鐘楼の鐘が時を告げる!
(趣のあるとこじゃない!)
春美は任務の事を忘れてはいないが、昨日の一件もあり、ちょっとした一人旅の気分も味わった。
自分を連れて来た修道女に案内され、春美はこの修道院の長であり、正体不明のNPO団体の長でもあるシスターの部屋に通された。
「そこにお掛けなさい。」
シスターは春美に優しく話しかけた。
春美がソファに座ると、シスターは更に声を掛けた。
「あなたの辛かった話をして下さい。」
「はい…実は、彼ったらだらしなくて、ギャンブルに嵌って借金を作るし、お金がなくなったら私に暴力を振るうし…。」
春美は『如何にも私は此処に逃げ込んだ可哀想な女です!』感を出すために必死で演技した。
それも感極まってしまったのか…。
「聞いて下さいシスター!裕ったらヒドいんですよ!私がイメチェンしても全く気付かないし、素っ気ない態度を取ったり、私の事をイジメてるとしか思えないでしょ!」
春美は昨日の出来事まで喋り出した。
「ウフフフフ、途中から何だか違う話になったみたいね。」
「あっ…!」
(しまった!)
春美は、途中からボロが出てしまい、潜入捜査の事がバレたかと内心焦った。
「大丈夫よ!ここはあなたのように綺麗な心に傷付いたか弱い女性が来る所なのよ。だから、安心しなさい。」
「あ、ありがとうございます!」
(良かった…バレてない。)
春美は安心した。
しかし、春美は気付いていなかった!
優しい笑顔を絶やさないシスターの瞳の奥に潜む妖しい悪意に。
「さあ、あなたも今日からここの修道女です。神に仕える身となりますから、色々な決まり事を守って戴きます。」
こうして、春美の修道院での潜入捜査が始まった。
他の修道女と同じ修道衣に着替えた春美は、規則通りに定められた畑仕事や礼拝を行った。
(特に…変わった様子はないようね。)
夕食時、出された食事もチェックするが、
(お料理も野菜が多くてヘルシーだし…何だか修道女体験ツアーみたいね。)
食事にも不振な点が見られない。
「ねぇ、あなたは何でここに来たの?」
春美は隣の席で黙々と食事している修道女に話しかけた。
「規則ですから、食事中も話しかけないで下さい!」
修道女が言った規則…修道院内では一切の私語を禁ずる…、若い春美には絶えられなかった。
(何でおしゃべり出来ないのよ~!もおーっ、ストレスが溜まるわね!)
春美はイラついた。
(でも変よね?普通、心に傷を負った人達のケアにはお互いの悩みを話し合って、慰めて、ストレスを取り除くのに、みんな若いのにストレスが溜まらないのかしら?)
不思議な規則の多い修道院内での生活に疑問を抱く春美だった。
「あ~っ、イライラする!これがシスター体験ツアーだったら良いけど、こんな生活何時までもやってらんないわ!」
自室に戻った春美は喋れなかったストレスを発散するかのように吐き出した。
「携帯も電波が届かないし、電話も無ければテレビも無い!女の子が楽しめる環境じゃないわ!早くここの正体を暴いてやろうかしら?」
その時、誰かが廊下を歩く音がした。
「トイレかな?そう言えば、食事が終わる時、シスターから就寝後に特別ミサをするのに何人か呼んだわね?特別ミサって何だろ?」
春美は特別ミサの事が気にかかり、特別ミサに呼ばれた修道女の後をつけた。
修道女達は何故か礼拝堂ではなく、礼拝堂の奥へと歩いて行った。
(どこに行くんだろう?)
春美は首を傾げながら後をつけた。
修道女達は礼拝堂の奥、鐘楼の真下にある小部屋に入った。
全員が中に入ったのを確認してから、春美は中を覗いた。
「…ッ!」
春美は小部屋の中の光景に息を呑んだ!
集められた修道女達はそれぞれ椅子に座りながら、少量ではあるが右手から血液を採集されていた。
「何これ、献血?」
春美は小部屋を見渡した。
小部屋の奥に修道女達から採集した血液を貯蔵する大きなタンクを見つけた。
「な、何であんなに大きなタンクに血を溜めてるの?これって献血じゃないよね?」
春美が疑問を持った時だった。
「春美さん、規則通り就寝しなきゃダメじゃないですか。」
ハッとした春美が後ろを振り返ると、あの笑顔のシスターが立っていた。
「シ、シスター、ごめんなさい。」
シスターに見つかった春美は本能的にひとまずこの場を離れようとした。
しかし…!
「お待ちなさい!」
笑顔に変わりはなかったが、得も知れぬ迫力のある声に春美は固まった。
「あなたは他にも規則を破っていますわね!」
シスターの後ろにいた修道女が春美の部屋にあった春美のカバンを持ってきて、中から春美のATTACKの隊員スーツを取り出した。
「あ、そ、それは…。」
「更に、こんなものまで。」
シスターは懐から春美がハイパーガールに変身するために必要な変身カプセルを取り出した。
「変身カプセルを!」
「いけませんわ、春美さん、規則では私物を過度に持ち込んではならないって決まっているのに…ハイパーガールさん。」
「な、何故私の事を!」
春美は自分の正体を知る謎のシスターに驚愕した。
「フフフ、最初からわかっていましたよ。あなたがこの修道院の秘密を暴くためにここに来た事に。」
「そんな…じゃあ、私をどうする気?」
「まあ怖い!私はここにいる修道女達を決して殺さないのに、ただ彼女達の血を分けて貰っているだけです。」
「血を分けて貰ってる?あなた吸血鬼?」
「フフフ、『決して他人の事を知ってはいけない!』と言う規則まで破ったわね!」
同時に、春美は背後から何人かの修道女に身体を掴まれ、身動きが取れなくなった。
「くっ、は、離して!」
春美の問いかけに応じる修道女はいなかった。
「規則を破ってばっかりの修道女にはお仕置きが必要です。」
笑顔のままのシスターが口を大きく開いた。その口の中の上顎の犬歯には大きな牙が二本、不気味に輝いていた。
「キャーッ!」
春美は悲鳴を上げたが、他の修道女達は何ら気にする事なく春美を堅く離さなかった。
「イ、イヤッ!止めてーっ!」
「泣き叫べ!幾ら泣き叫んでも無駄だがな!」
シスターは泣き叫ぶ春美の肩をしっかりと掴むと、春美の喉を噛もうと更に口を開いた。
「今から私の可愛い修道女になりなさい!ハイパーガール!」
「裕ーっ!助けてーっ!」
春美は懸命に叫んだが、春美の悲鳴をかき消すかのように、シスターは春美の喉を噛んだ。
「ア…ァ…。」
血を吸われた春美は全身の力が抜け落ちると同時に意識を失い、床に崩れ落ちた。
その頃、基地内の隊員宿舎で寝ていた裕は、胸騒ぎで起きた。
「は、春美?」
裕の不安は的中していたが、今はまだ、春美のピンチに気付かなかった。
翌朝、胸騒ぎの収まらない裕はひとみと共に、春美のいる修道院に向かった。
「何でひとみまで付いてくるんだよ?」
「あんたバカ?男子禁制の修道院にあんた1人で入れないでしょ!」
「あ、そうだった!」
「本当に何も考えて無いわね!先が思いやられるわ!」
こんなやりとりをしながら、2人は春美のいる修道院の近くに車を止めた。
修道女にATTACKの隊員であることをバレないように、元々私服姿の2人が修道院近くの林の中から様子を窺った。
「何もおかしいとこは無いみたいだな。」
「春美はどこにいるんだろう?」
修道院近くの畑から畑仕事を終えて修道院に戻る修道女の集団の最後尾に、修道女姿の春美を見つけた。
「おーい!」
ひとみが春美を呼び、林の中に連れて来た。
「春美、中の様子はどうなの?」
「…別に、変わった様子はないわ。」
ひとみの問いかけに淡々と答える春美だった。
「春美、ちゃんと連絡を取らなきゃダメじゃないか!」
「ごめんなさい、これから礼拝の時間なので…。」
裕の問いかけには答えずに春美は修道院の中に行こうとした。
「春美、1人で大丈夫なんだな?」
「…ご心配なく。」
春美はそう言い残して2人から離れた。
林から出る前に、春美は首を右に向け、チラッと裕やひとみの方を見ると、1人で修道院に向かった。
「あの子、何か素っ気なかったわね?あそこまで役柄になりきるの?」
ひとみは様子の変わった春美に対してそう深く疑問を持たなかったが、
「ひとみ、俺達も潜入するぞ!」
「エッ?」
裕の意見にひとみは驚いた。
「さっき、春美が俺達から離れる際、チラッとこっちを見ただろ?あれはあいつが何かを気付いて欲しい時に無意識に出るサインだよ。一昨日、俺が春美の髪型に気付かなかったのがあった時もあの仕草をしてただろ?」
「そんな…、じゃ、じゃあ、春美はどうかしたの?」
「さあ…、もしかしたら洗脳されてるかも知れない。」
「助けなきゃ!」
「ああ、中に入るぞ!」
鐘楼の鐘が鳴る中、2人は修道院への潜入を開始しようとした。
(助けて!裕、ひとみ…私、操られてる。お願い、気付いて!)
シスターに洗脳され、自由を奪われて操られている春美は、両脇から他の修道女達に抱き抱えられるように、修道院の中に連れ込まれた。
裏口を見つけた裕とひとみは、物音をたてずに礼拝中の礼拝堂内に潜入した。
「ひ、裕、あれ見て!」
礼拝堂内の様子を窺うひとみが中の異変に気付いた。
ひとみが指差した方向、礼拝堂の中央にある十字架像の前に手術台のような大きなテーブルがあり、その上に、ヘルメットをつけた隊員スーツ姿の春美が気を失ったままで仰向けに寝かされていた。
特にベルトやロープで縛られている様子は無かったが、ぴくりとも動かない春美の傍に、シスターが1人で立っていた。
「助けなきゃ!」
「待て、様子を見よう!」
シスターは、眠ったままの春美の顔から胸、腹部、太股、そして爪先を触れるか触れないかの際どい距離で手の平を動かした。
1往復すると、シスターは懐から十字架の様なものを取り出して、自分の頭上に振りかぶった。
「あ、あれは剣?」
「助けに行くぞ!」
2人が一斉に礼拝堂の中央にいる眠らされている春美目指して駆け出した。
「誰ですか、あなた達は?」
剣を収めたシスターが叫ぶと、賛美歌を歌っていた修道女達が一斉に2人に襲いかかった。
「や、止めろ!」
修道女達を押しのけつつ、裕は春美目指して進んだが…、
「ひ、裕…っ!」
ひとみが修道女に捕まり、ナイフを喉元に突きつけられていた。
「ひとみ…早っ!」
「しょうがないでしょ!女の子なんだから!」
(関係ないだろ、俺以外は全員女だ!)
がっくり来た裕も春美ばかりかひとみさえも人質にされ、仕方無く自分も修道女達に捕まった。
両手を後ろに縛られた2人が礼拝堂中央のシスターの前に突き出された。
「ここは男子禁制です!何故無断で入りましたか?」
「春美を、彼女を返せ!」
シスターの問いかけに怒鳴りつけた裕だったが…、
「春美さんは、ここの修道女です。彼女は神に仕える身、ここから一生出ないそうですよ。」
「嘘付け!春美がこんな手荒な事するお前達と共に暮らす訳がない!春美を元に戻せ!」
「オホホホ、では、春美さんに決めてもらいましょうか。」
シスターが指をパチンと鳴らすと、台の上で仰向けになって寝かされていた春美が目を覚ました。
「は、春美?」
春美はゆっくりと起き上がり、両手を後ろに縛られている裕の前に来た。
その時の春美の目は虚ろで、視点が宙をさまよったままだ。
「春美、俺だよ。分かるか?裕だ!」
裕は必死になって春美を説得したが…、
『バチイィン!』
無表情の春美が右手で裕の顔を力一杯にビンタした。
「春美、目を覚まして!」
ひとみの呼びかけさえも、今の春美には届かなかった。
「フフフ、この娘もあなたに酷い仕打ちを受けたみたいですね。」
「何だと?」
「昨日の入所時の面接では私に嘘だとわかるつまらない演技をしていましたが、途中から感極まったのか、あなたが彼女の変化に気付かなかった事や他の事を散々喋っていましたよ。」
「は、春美…。」
「男の人は罪な存在ですわね、ここに来た皆さんは男の人から虐待を受けた人達ばかり!」
「お前、男を馬鹿にする気か!確かに、俺も彼女の心を傷つけるような酷い事をしてきたかも知れない。しかし、俺は彼女を愛している!恐らく、ここにいる他の女の子達の夫や彼だって本当は彼女達の事を愛している筈だ!」
「ひ、裕…。」
ひとみは、裕の力説を聞き、得も知れぬ安堵感に浸った。
「世迷い言を!」
「世迷い言なもんか!だから俺は春美を助けるためにここに来た!それだけじゃない、他の女の子達の夫や彼からも警察に捜査願いが出ているんだ!最も、ここが表向きは駆け込み寺みたいな所だから、警察も踏み込めないでいるがな。」
「ならば、春美さんに決めさせましょう、あなたの運命を!」
「何!?」
シスターは春美の背中をそっと叩いた。その瞬間、春美は腰のレーザーガンを抜こうとした。
ところが…。
レーザーガンの取っ手までは握ったものの、春美の腕がブルブルと震えたまま、そこから動かないでいた。
「春美、止めて!目を覚まして!お願い!銃を抜かないで!」
ひとみの金切り声が礼拝堂内に響き渡る。
その時、ひとみは春美の目から涙が一滴こぼれ落ちたのを見逃さなかった。
「シスター、よく見なさいよ!春美は泣いているわ!春美は裕の事が大好きだから、心の中であんたの洗脳と戦ってるのよ!」
「…ッ、ならば!」
シスターは春美の右手に自分の右手を添えてから銃を抜こうとした。
「止めろよ!俺が自分でやるよ!」
裕が葛藤を続ける春美を不憫に思い、自分で自分を撃ち抜く事を告げた。
「裕、気は確かなの?」
「仕方ないだろ!俺は春美や他の皆から悪人扱いされてるし、春美をこんなに苦しめたのは俺のせいだからな。」
「ほう、いい心掛けですね…。」
「あんた春美との約束を忘れたの?もう二度と無茶しないって!バカな事は止めて!」
「死んでやるから、俺のロープを解けよ!このままじゃあ、自分で自分を撃てないだろ!」
「いいでしょう。」
シスターは他の修道女に命じて、裕を縛っているロープを解いた。
そして、銃を手渡す前に、
「変な気を起こしてはなりませんよ。こちらのお嬢さんや春美さんに危害が加わりますから。」
「わかったよ。」
「私からのお願いだから、バカな事はしないで!あんたが死んだら私も春美も一生悲しむじゃない!あんたそれでいいの?春美との約束を守ってよ!私達を悲しませないでよ!」
首にナイフを突きつけられながらも、ひとみは裕を必死で説得した。
「ひとみ、俺は約束を守る男だ!」
「ちっとも守ってないでしょ!」
「フフフ、それでは行きましょうか?」
シスターは春美のレーザーガンを裕に手渡した。
「シスター、死ぬ前に教えて欲しい、一体、何の目的で春美達を洗脳して軟禁してるんだ?」
裕がシスターに問い掛けた。
「冥土の土産に教えましょう。私は宇宙の彼方、ザッカー星からやって来ました。」
「う、宇宙人?」
ひとみは息を呑んだ。
「私達の星では原因不明の疫病が蔓延し、多くの同胞が亡くなりました。私達ザッカー星人を救う抗体が地球人の若い女性の血液にあり、生き残ったザッカー星人を助けるために、彼女達をここに住まわせています。」
「じゃあ、ザッカー星と地球で交渉して、地球人の血液を大量に届ければ済む話だろ?」
「余計なお世話ですよ。彼女達は嫌な男達から逃れてここで安息の日々を迎える。私達は疫病から助かる。これで共生共存の図式が出来ましたわ。」
ザッカー星人の話を聞きながら、裕は礼拝堂内を見渡した。
(どこかにあるはずだ?春美達の洗脳を維持する装置が…早く見つけて春美達を助けないと…。)
礼拝堂内を見渡すうちに、正面の十字架像の下にある、金色の牙を生やした不気味なゴリラの像を見つけた。
(もしかしたら、あれか?)
裕は注意深くゴリラの像を見た。
「私は全て話しましたよ。」
「…わかったよ。」
裕はレーザーガンの銃口を自分のこめかみに突きつけた。
「裕ー-っ!」
(止めて…神様、助けて!)
ひとみは裕を止めようと必死になって泣き叫び、洗脳され、虚ろな表情の春美も心の奥底で泣き叫んだ。
「さあ、一思いに引き金を引きなさい!」
「うおおおお!」
裕はいきなり銃口を目の前のゴリラ像に向け、レーザーガンをフルパワーで撃ちまくった。
「な、や、止めろ-ーっ!」
咄嗟の出来事にシスターが狼狽した瞬間、ゴリラ像が打ち砕かれた。
「あ、あれ…私、何してるの?」
「何これ?」
裕やひとみを取り囲んでいた修道女達の洗脳が取れ、皆が我に返った瞬間だった。
「裕ーっ!ありがとう、気付いてくれたのね!」
同じく洗脳の解けた春美も泣きながら、目の前にいる裕に抱きついた。
「春美、感動の再開は後だ!早くひとみのロープを解いてやって、みんなをここから逃がすんだ。」
「おのれ…若造がァ…!」
怒りに震えるシスターに異変が起こった。
口が裂けて2本の大きな牙が現れ、両目は恐ろしく吊り上がり、身体はみるみるうちに2mを超え、あたかも、先程裕が撃ち砕いた金色のゴリラ像のような姿になった。
「気を付けて!アイツは吸血鬼よ!」
「春美とひとみはみんなを連れて逃げろ!俺が食い止める!」
修道女達の悲鳴が絶叫となる中で、正体を現したザッカー星人は裕に飛びかかった。
「クソっ!」
「グガアアアア!」
裕を噛み砕こうと、ザッカー星人が裕に馬乗りになった。
「よくも裕を-っ!」
ひとみが修道女全員を礼拝堂から逃がしてから、春美は胸ポケットから変身カプセルを取り出して、ハイパーガールに変身した。
「ヤーッ!」
「グゴオオオオ!」
ハイパーガールの渾身のキックが裕に馬乗りしていたザッカー星人を蹴り飛ばした。
「ハイパーガールめ…大事な宝を奪われてなるか!」
ザッカー星人は、大事な宝と言い残すと、礼拝堂の裏に逃げ込んだ。
「待ちなさい!」
ハイパーガールが後を追いかけようとしたが、突然、礼拝堂がグラグラと揺れ出し、同時に鐘楼の鐘が何度も鳴り響いた。
「どうなってるんだ?」
危険を察知し、礼拝堂の外に出た裕とハイパーガールが見たものは…!
修道院の鐘楼の部分だけがロケットのように空高く飛び去る光景だった。
「あれがUFOの正体か…。」
修道院付近で度々目的されていた細長いUFOの正体が、この修道院の鐘楼だった。
「アイツ、あれで女の子達の血を宇宙に運んでたのか…。」
裕達は、遥か彼方へと逃げ去る鐘楼をただただ見つめるだけだった。
修道院に軟禁されていた修道女達も全員無事で、皆、それぞれの夫や彼の元へと帰って行った。
もちろん、春美も裕の元へ帰って来れた。
果たして、ザッカー星人は本当に疫病で滅び行く仲間を救うために、地球人の女の子の血液を大量に欲しかったのだろうか?
何故、洗脳してまでこんな事をしたのか?
「やっぱり、アイツの言ってた事は嘘だってさ!」
春美達を救出した翌日、ATTACK隊員のメディカルセンターに検査を兼ねて入院している春美の所に裕とひとみが見舞いにやって来た。
「あの吸血鬼宇宙人、如何にも自分達が絶滅寸前の被害者ぶってたけど、疫病の大流行なんて真っ赤な嘘で、本当は地球人の女の子の血が高値で売れるから、ザッカー星の闇血液ブローカーが地球に来て、DVから逃れた女の子達を騙して洗脳して、血液を採取してたんだって。一気に血を抜いては死んでしまうから、少しずつ血を抜いて、女の子達を殺さないようにしてただけだったって、ザッカー星の政府からATTACKに連絡が入ったよ。」
裕が春美達に得意気に喋った。
「もう少しで私は彼等からずっと血を吸われ続けてたのかも…?」
「良かったあ、春美が無事で。」
「みんな、ありがとう。助けてくれて。」
春美は瞳に涙を溜めながら2人に感謝した。が…、
「な、何よ、裕、私の事をジッと見て?」
何故か裕は入院患者の服を着た春美の全身を舐め回すように見ると…、
「いやあ、春美はもう少し血を吸われた方がダイエット出来るかなって思っただけ。」
「ちょっと、裕、なんて酷い事言うの!春美が可哀相じゃない!」
「ひ、酷ーいっ!」
春美が顔を両手で隠して泣き叫んだ。
「おい、春美、冗談だよ、冗談!」
「言って良いことと悪い事があるでしょ!」
「私がどれだけ怖い思いをしたか、分かってないの!裕のバカァ!」
「は、春美、ゴメン!」
必死で誤る裕をキッと睨み付けながら春美が喋った。
「裕、女の子ってデリケートなのよ!あなたにとって些細な事も時には深く傷つく事だってあるの!」
「ゴメン…。」
「それに、女の子が髪を変えるのだって、好きな人に誉めて欲しいからするの!変化が分かるならちゃんと言ってよ!」
目を赤く染めながら、春美は話を続けた。
「女の子ってデリケートだから、もう二度とこんな事言わないでね。」
「…わかったよ。」
「あーっ、嘘ついた!」
春美は裕の嘘を見抜いた。
「お前、また俺の心の中を覗いたろ!」
「残念でした!私、知ってるのよ、あなたが嘘つく時、右上を見ながら下顎を指で掻くのを!」
「エッ…?」
裕は自分が無意識にしてる癖を春美に読まれていたのが恥ずかしかった。
「そう言えば、春美は俺の心が読めるから、別に癖を探さなくてもいいんじゃないか?」
「何で私が普段からあなたの心を読まないかわかる?」
「さあ…?」
「誰だって心の中って覗かれたくないでしょ。相手の事を考えると悪いから、覗かないようにしてるし、それに…。」
「何だよ?」
「私、信じてる!裕の事、本当は優しい人だって!」
「お、おい、よせよ!照れるだろ…。」
裕は顔を赤くして、春美から視線を逸らした。
「あっついわね!私、ちょっと散歩してくる。」
春美と裕の事を気遣ってか、ひとみは病室から出た。正確には、病室のドアのすぐ傍に隠れた。
(春美…ゴメン!あなたに黙ってる事があるの。昨日の裕、すっごく格好良かった!あなたを助けるために必死で、立派だったよ。でも言えない…、もし、催眠術にかけられてるのが私でも、裕、同じく事言ってくれたかな?と思うと、何だか言えない…。ゴメンね、春美!あの時の裕の台詞、私に頂戴。)
グスッ…
小さな涙を浮かべながら、ひとみは昨日の出来事を思い出していた。
(私の方こそゴメンね…、何だか様子がおかしかったから、勝手にひとみの心を読んじゃった。)
ひとみの気持ちを察した春美だった。
(大丈夫よ!裕なら。裕は優しくて強いから、きっとひとみのピンチにでも同じように助けてくれるよ。だから泣かないで!あの時の裕の台詞、あなたにあげるわ。)
病室のベッドの上で1人でにっこり微笑む春美だった。
「何1人でにやけてんだよ、気持ち悪いな。」
「別に、いいでしょ!」
春美は、ひとみの気持ちを裕にバレないようにだんまりを決め込んだ。
「ふーん、まあいいや。それより春美、俺、面白い事考えた!」
「エッ…何?」
春美は裕の面白い話に目を丸くして聞いていたが、その話がすすむにつれて、段々と表情が険しくなった。
「バカァ!最低!出てって!顔も見たくない!」
病室が壊れんばかりの春美の憤った叫び声が聞こえたと同時に、裕が一目散に病室から飛び出した!
「な、何?」
ひとみが恐る恐る病室を見ると、枕を投げつけ、肩で息しながら怒りで顔を歪ませる春美がいた。
「どうしたの?」
「ちょっとひとみ、聞いてよ!」
怒りが一向に収まらない春美がひとみにいきさつを話し始めた。
「裕ったら『春美が捕まったのが修道院じゃなくて尼寺だったら、頭を丸めてハゲになってたから、俺だって春美のヘアスタイルが変わった事に気づいてた!』って言うのよ!それから『お寺だったらすぐ葬式出来るからお得だね。』なんて、私がどれだけ悲しくて、怖い想いをしたか分かってないのよ!」
「あんの、バカ…!」
春美の話を聞き、ひとみにも生まれてこの方経験したことのない怒りがひしひしと込み上げて来た。
「許さない!」
「許さない!」
2人の怒りの雄叫びが病院内に轟いた。
3日後、退院した春美の快気祝いにン万円相当のネックレスを2つ、春美とひとみに言い寄られ、泣きながら買わされる裕の姿が目撃されたのは内緒にしておこう。