第五話 「神童の色」
「ここ、神童家は「神童本家」という製薬会社の本社なの。」
慧花は侍女長の制服であるメイド服のスカートを翻し、廊下を進む。
「代々、神童家の人間は、「神童本家」の跡継ぎになる事が決まっていたわ。鏡華お嬢様は、十六歳。
お嬢様のお父様…そしてお母様、十五代目社長と奥方様は交通事故でお亡くなりになってしまったの。」
「……。」
慧花の話に驚嘆した俺は、言葉が出なかった。
跡継ぎの話はともかく、まだ成人していないあの少女は自分の父親と母親を一度に亡くして、
どんな気持ちでいたのだろうと、心の中で疑問が抑えられないのを感じた。
廊下を進んでもうどれぐらい経っただろうか?いつまでもいつまでも見えるのは一本の長い道のみ。
慧花はそれでも淡々と進んでいく。
長く広く、それでいて…
暗い。
本当にこの廊下に射し込む光は明るい。だけど、何故か俺には暗闇のように感じられた。
まるで、誰かの気持ちを表したかのように。
そして。
「着いたわ。ここが貴方の部屋よ。」
慧花の声に救われた気がした。このままこの長き廊下を歩き続けていたら、疑問の多さと、
この暗い場所と感じた道を歩き続けなければならなかったのだから。
慧花がなにか俺に向かって話している。
だが聞こえない。何故だ?
その疑問はすぐに分かった。
それに、先程まで分からなかった疑問についても分かってしまった。
それは、俺自身があの彼女と、同じような過去を持っていたから。
そして、寄り添ってやりたいと。
強く、強く、願うことを無意識に考えていたからなのだろう。
思えば俺は、彼女の話を聞いてから、辞めるなどという言葉は一度たりとも言ってはいない。
彼女は自分と同じ境遇にあるのだと。そう確信した。
だったら、どんな危険な事が待っていても、彼女を支えてやってもいいのではないのだろうか?
彼女を初めて見たとき、彼女の表情は強張っていた。
自分から関係を拒否するように。自分だけの世界で一人になっていくように。
小さな世界に閉じこもるというのなら、俺が手を差し出す。
そしていろんな世界を見せてあげよう。
雨の色や花の色。
何より、彼女の一番好きな色を。