第三話 「社長の椅子」
律花という男は、俺の目の前まで来ると軽く一礼し、詫びた。
「先程は私の部下がすまなかった。」
「あ、いや…別に…」
律花は微笑むと、そっと手を差しだす。
「私は桜庭律花。君には、六花と共に鏡華様のSPとして働いてもらう。宜しく」
「あ…だから俺はこんなところで働くわけじゃなくって…」
俺が慌て気味に事情を話すと、律花は呆れ顔でため息をつく。
「…すまないな。そこのコンビニエンスストアは、神童グループが取り扱っているんだ。」
「…………………は?」
思考停止。
俺は、何がなんだか分からなくなった。
「…これは話すと、鏡華様が恥ずかしがってしまうのだが…」
それは彼女の一言で始まった。
「流麗さん…」
「鏡華様?何かおっしゃいましたか?」
「あ、いいえ何も…」
彼女の目線は、一人の人物に注がれていた。
人ごみの中、寒い時期に咲く、花のように見えるその人物は
一人、本を読んでいる。
女のように少し長い髪をくくり、本に集中する姿は本当に女子のようであった。
彼女はその人物を一瞬も目を離さずみていて、その顔は赤く染められていた。
「律花?」
彼女の声を聞いてハッと我にかえった。
「はい。どうしましたか?」
そうだ。私がお仕えできるのも、あと数日。
そのときまでしっかりお守りしなければ。
彼女が彼に心奪われていようとも、彼女には神童グループの次期社長という椅子が
待っているんだ。