第二話 「執事長」
俺に向かって怒鳴り散らしている男のほうの名前は、「桜庭六花」というらしく、
左胸にシルバーの名札が光っていた。
「鏡華お嬢様はここ神童グループの次期社長なんや。僕はこのお嬢様のボディーガード兼世話係。」
「私は、自分の身の回りのこともできない人間ではありませんっ!」
目の前で黙って話を聞いていた神童が口を開く。
桜庭は神童をなだめた後、俺に手を差し出すとにっこり笑顔を見せた。
「まあ、仲良くしましょうや。今後とも。」
「…は?」
「いや、せやから君はここで働くんやろ?」
意味が分からなくなってきた。
俺はコンビニの面接を受けて、合格したはず。
疑問が尽きない俺の頭は次第にオーバーヒート直前までいきそうになった。
「…俺はこんなところの面接を受けた覚えはないが?」
必死に動揺を抑えつつ、聞き返したが返ってきた答えはさらに俺を困惑させた。
「いや、確かに君は受けたんやで?ここのSPとして。」
「……は?いやだから俺はコンビニの面接を…」
もしや目の前にある状態も、この桜庭という人物も、すべて幻想であり、幻ではないのだろうか?
「仕事場でその汚い言葉使いはやめろ、と言っていたはずだが?」
困惑する俺の背後から、桜庭に似た声が聞こえてきた。
そらみろ。やっぱり夢じゃないか。
「…律花兄さんか。執事長の役目は去年でおしまいだと聞いてましたよねえ?」
桜庭はいかにも皮肉そうに話す。
「なんですか?やっぱり長年鏡華様に仕えてきて愛情が芽生えてきたとかですか?」
「うるさい。早く仕事場に戻れ。お前の仕事は新人をいじることなのか?今のお前の仕事は、
鏡華様のお世話だろう。新人には私が説明しておく。」
「…分かりましたよ。」
六花は嫌味そうな顔を見せると、神童を連れて、むこうの廊下に消えていった。
神童グループは昔から、桜庭家が次期社長をお守りしてきた。
毎年のようにお守り役が変わり、今年やっと僕の番になった。
鏡華様をこの一年間お守りすることが僕の役目。
絶対にほかの奴らには邪魔させへん。
そう思っていたのに。
鏡華様と同じ学校に通っている一人の男に鏡華様は恋をしたと社長が聞き、
その男を僕と一緒に働かせようという話が持ち上がった。
それが、あいつ。
雨傘 流麗。
僕は認めへん。なんだってこんな奴に鏡華様を守らせようとするんや。
僕には今の神童家の意思がわからへん。