第二章 虚像 (4)
何やってんだか・・・俺。
どう考えたって、言い過ぎだよな・・・
隼人は部屋に帰ると、ベランダで煙草をふかしながら何となく後悔していた。
今日、自分があおいにやってしまった事は、単なる八つ当たりだ。
それ以外の何物でもない。
確かに俺は、女に対していいイメージがない。
歪んだ目でも見ている。だけど、あのあおいって女が、別に俺に何した訳でもないんだよな・・・なのに俺は、真弓に対しての恨みを、母親に対しての恨みを、あの、何の関係もない、自分に礼がしたかったってだけの女に、
思いっきりブツケちまった。
ミミッチイこと、やっちまった・・・
どうかしてたんだ、俺。人をキズつけるの、一番キライな事なのに。
キズつけられた分、絶対俺はしないって、心に誓ったはずなのに・・・
隼人は、自分の体に刻み付けられた無数の傷の一つを、左腕の真ん中にあるひときわ大きな傷を眺めていた。
俺は言葉と言う名のナイフで、あのあおいという女の心を傷付けちまったな・・・
心を傷付けることは、体を傷付けるのと同罪だよな・・・
いや、余計にタチが悪い。
体に受けた傷は、時が経てば痛みは癒えるけど、心の傷ってのはそうは行かない。その痛みはずっと残る。
その事を考えるたびにその傷は痛み続ける。
その痛みをずっと抱えていかなくちゃならなくなる・・・
傷付けられたという、事実だけが残るんだから・・・
隼人は大きくため息をついた。
『どうしてあなたにこんなに傷付けられなくちゃいけないの!私が何したって言うの!信じらんない---』あおいの言葉を思い出す。
あのコ泣いてたな・・・確かに何もしてねーよな・・・
何であんなに盛り上がっちまったかねえ、俺も・・・女に対する憎しみ。
ムカムカしてたとはいえ、あんなにヒドイ態度を他人にとってしまうなんて・・・
あそこまでボロクソに言い放ってしまうなんて・・・
あのあおいという女の心を、傷付ける権利なんて自分には無いのに・・・
誰かに傷付けられる痛みは、自分が一番理解しているはずなのに・・・
これじゃあアイツらと、俺を傷付けたアイツらとやってる事同じじゃねーか・・・
隼人は言い知れぬ自己嫌悪に陥って、またしても大きなため息をついた。
だけどそれは傷つけた彼女の心をどうにかしたいと言うよりは、
ひどい事をしてしまった自分に対する罪悪感を何とかしたいという気持ちだった。
まぁいいか・・・言っちまったもんは、しょうがねーよな・・・
それにもう二度と、逢う事もねーだろうしな、あの女と。
でも何だか胸の辺りがズッシリと重い。
罪の意識にさいなまれる。時間が経つごとに、はっきりと明確に。
この罪悪感から、逃れたい気はする。
人を傷つけるの、苦手だよ・・・俺。
っていうか、傷付けちまった自分と折り合いをつけるの、苦手だな・・・
人を傷つけるのに、苦手も得意もねーけどな・・・
隼人は星空を見つめ、まだ生温かい夜の空気を、重たい胸の中に思い切り吸い込んだ。