第二章 虚像 (3)
「この間は危ないところを助けて頂いて、本当に有り難うございました。」
あおいは気を取り直してそう言った。
「いいよ、別に。」
隼人はどうでも良さそうに言っている。
自分と目も合わせようともしない。
その時、ウエイターがワインを持ってきた。隼人のグラスにワインを注ぐ。
あおいのグラスにワインを注ごうとしたので、
「あっ、私飲めないんで結構です。」
あおいは言った。
けっ、かまととぶりやがって・・・隼人はそう思った。
でも、ちょっとだけ気がひけたりもする。
「ほんとに飲めないのぉ?ほんとはガンガンいける口だったりして・・・」
皮肉をたっぷり盛り込んで言ってやった。
「いえ、ほんとに飲めないんです。」
「ふーん、何かメチャクチャ酒強いですって顔してるけど。」
隼人のイヤミは止まらない。
あの日はあんなに優しかったのに、どうして今日はこんなにも敵意むき出しなのだろう。
あおいはとても悲しくなって来た。
「本当に飲めないんですよ。体質に合わなくて。」
作り笑いが精一杯だ。
「ふーん、まっ、どーでもいいけどな。」
沈黙が流れる。あまりにも気まずい空気に、あおいは逃げ出したくなっていた。
この状況を、自分の力ではどうにもできそうもない。
その空気を割るように、料理が運ばれてきた。あおいはホッとした。
ありがとう、スープ・・・・
「おいしいですね、このスープ。」
本当においしいと、あおいは思った。
「まあまあだな・・・」
本当はこんなおいしいスープを飲んだ事は無いけれど、隼人はあえて、
そう言った。美味いと和む気は、はなっからない。
重たい空気を抱え、会話らしい会話も無いまま、デザートに突入していた。
「あの・・・なんかすごく怒ってるって言うか・・・機嫌悪そうに見えるんですけど、私、何か気に障るような事してしまったんでしょうか・・・?」
居たたまれなくなったあおいは、とうとう、思い切って口にした。
自分の中に、これといった心当たりはない。
だけど彼がどうしてこんな態度をとるのか、その理由を知りたかった。
「あ~?」
隼人はますますムスッとして、嫌な顔をしている。
「確かに無理やりお礼をさせてくださいって言ったのは私です。
あなたの気持ちも考えずに、強引にしてしまったのかもしれません。
だけど・・・そんなにも、ムスッとなされるほどの事でしょうか?」
あおいは言葉を選びながら慎重に言った。
「あ~?俺は元々こういう奴なんだよ。それに・・・」
「それに?」
「あんたみたいな女、見てるだけでムカムカすんだよ!」
隼人は刺す様な視線と、うなるような口調でそう言った。
唐突にそんなことを言われて、あおいもカチンと来た。
なんなのよ・・・この人。
「私みたいな女って、どういう女ですか?」
ムッとしながら言い返す。
「ぁあ?美人なのを鼻にかけてかまととぶって、男に甘える振りして裏じゃ
打算的な考えで一杯のくせに心にもない事ポンポン言うような女だよ!!」
隼人は今夜初めてあおいの顔、いや、目を見てそう言った。
「私の事、何も知りもしないくせに、何でそんな解ったような口利く訳?」
あおいはボロクソに言われて、内心傷つきながらも、とうとうブチ切れた。
というか、あまりにも自分に攻撃的な彼の態度に、ムキになっていた。
この男にそこまで言われる筋合いはない。
「解るんだよ、俺にはな。そういう鼻持ちならない女の匂いがプンプン匂ってくんだよ!あんたからな!!」
ほんとは女を見る目なんて、まるでないのに俺、と思いながら隼人は言った。
「そう?そんなにプンプン匂うなんて、あなたの臭覚、犬並ね!」
「なんだと?とうとう本性現しやがったな!このかまとと女!!」
「ふん!あなたなんて、女を見る目がゆがんだ、ただのアホよ!
そんなに女に恨みを抱いてるなんて、よっぽどひどいフラれ方でもしたのね。
でも、あんたのその性格なら当然よ!!」
図星だった。
「うるせぇ、ったく助けてやったってのに、何て女だ!」
「だから今日、こうしてお礼してるじゃない!
あの時はどうもありがとうございました!!」
そう言い捨てると、あおいは席を立った。
何て男なの!!冗談じゃない!!
怒りと興奮で体がわなわなと震えている。自分の身に今起こっている事が
信じられない。あんなにもあからさまに、面と向かって傷付けられてしまった。
しかもこれ以上無いという位・・・予想外に・・・
会計を済ませようとレジに立っていると、隼人が追いかけてきた。
「18万9千円でございます。」
「支払いはカードで。」
レジに立つ支配人風の男にあおいは言った。
「いいよ、俺が払う。あんたみたいな女に金出してもらうの、スンゲー気分ワリィ。」
隼人が割って入ってきた。
「いいえ、今日はあくまでお礼ですから私が払います!」
あおいはカードを渡し、伝票にサラサラとサインした。
「いいって言ってるだろ!」
二人のやり取りを、支配人風の男が引きつった顔で見ている。
「いいえ!これであなたみたいな男の顔、二度と見なくて済むと思えば安いもんよ!!」
あおいはもはや泣きながら、隼人に食って掛かっていた。
なんて悲しいんだろう・・・。こんなにあからさまに傷付けられるなんて・・・。
どうしてこんな事になってしまったんだろう・・・?
あおいの涙に隼人は一瞬たじろいだ。
「どうしてあなたにこんなに傷付けられなくちゃいけないの?どうして?
私が何したって言うの?私・・・ただお礼がしたかっただけなのに・・・
あんたなんか信じらんない!!じゃ、さようなら!!」
そう言ってあおいは店を駆け出した。
「ちょっと待てよー。」
隼人が後ろで叫んでいる。あおいはそんな言葉をムシして一目散に駆けて行った。
何なのよ、アイツ、信じらんない!!何であんな風に言われなきゃいけないの?
私はお礼がしたかっただけなのに・・・ほんとに、感謝してたのに・・・
あんな失礼で性格悪い男、見た事ない!あれが、あの日私を助けてくれた
あの優しくて素敵なひとだなんて、信じられない!
あの日のあの人は、あんなにも優しく、甘い声で微笑んでくれたのに。
優しい瞳で、抱きしめてくれたのに。
何だったんだろう、あの日のあの人は。
何だったんだろう、今日のあの人は・・・