第二章 虚像 (2)
あーあ、行きたくねーな・・・隼人は今日のあおいとの約束を思うと余計に憂鬱になっていた。原因は、もう二週間前になる。
二年も付き合っていた真弓が、劇的とも言える裏切りをやってのけたのだ。
半同棲していた俺達は、何も無ければこのまま結婚するだろう・・・
そんな風に思っていた。今時めずらしく純朴で、擦れた所が無く、可愛らしい感じの女だった。
素直に甘えてくれて、何の疑いも無く俺を頼りにしてくれる・・・
そんな真弓に俺は賭けていたんだ。もう一度、信じてみようって、女を信じてみようって・・・。適当に遊ぶ事はやめて、ちゃんと付き合おうって・・・
だけど結果は、あいつは半年も前から二股をかけていて、おまけに
『あんたなんてツマンナイ男、もう飽き飽きよ。私他に好きな人いるから
そっちに行く。私が二股かけてた事だって、どうせ全く気付かなかったんでしょ?
あんたなんてそんな程度の男よ。ニブくてガサツで鈍感で・・・人の気持ちとか、全然気がつけない!』
そう捨て台詞を吐いて、出て行った。それは俺が見た事のない真弓だった。
でもそれが、真実の彼女だったのだ。
俺は二年もの間、猫をかぶったあいつにだまされ続けてきたのだ。
もう一度信じてみようと思ったのに・・・
結局は女なんて、みんなこうなんだ。
ズルくて打算的で身勝手で、平気で人をキズつける・・・
自分さえよけりゃあ、それでいいんだ。誰を傷つけようが利用しようが、裏切ろうが、そんな事は一切カンケーねえ。
あの、憎々しい母親と、同じなんだ・・・。
俺は最後のとりでを失った。俺はあの日、そんな事を思いながら土手で夜空を見て、ボーっとしてたんだ。そしたらあの女が現れて・・・
そしてオヤジに襲われた。
はぁ・・・隼人はため息をついた。
だけど彼女の切なそうな、哀しそうな、だからこそ美しかったあの表情・・・
それに見入ってしまったのも、また事実。
女を嫌い、さげすみながらも、美しいものに目を奪われる自分が男として愚かだと隼人は落ち込むばかりだった。
あの女なんか、そういった類の極みじゃねーか・・・
受付なんてチャラチャラした仕事してんだから。
どうせ自分の美貌を武器に男を利用するだけ利用して、はい、さようなら。
そんな女だな・・・。ったく猫かぶりやがってよ。
いっそのこと、こっちがいいようにもて遊んで捨ててやろーか・・・
それ位したってバチなんかアタんねーよな・・・あんな女。
ったく、なんで助けちまったんだろう。何で優しくなんか、しちまったんだろう。
自分に腹が立って、あおいの存在自体にとてつもなくムカッ腹が立った。
だけど俺って律儀だから、約束とか、破れねーんだよな・・・
そんな事を思いながら、気乗りしないまま隼人は店に来ていた。
「今晩は。わざわざ足を運んで頂いて申し訳ありません。」
彼女が微笑んでいる。
その微笑みはとても綺麗で、彼女が美しいと言う事は
隼人も認めざるを得ない。
「ご無理を言って来て頂いて、本当にごめんなさい。そうですよね。こんな風に女の人と二人だけで食事なんかしたら、あなたの恋人に誤解されてしまいますね・・・」
勝手な事を言いあがる。こないだフラれたっつーの、地雷踏みやがって・・・
それにその態度。いかにも自分は素直でいい人間ですってか?
腹ん中は真っ黒のくせしやがって・・・
隼人は憎々しい気持ちで一杯になった。
「今日はお礼ですので、どうか好きなものを召し上がって下さいね。」
ああ、そうか。じゃあ思いっきり高いもん注文してやる。
どーせいっつも我ままばかり言って男に貢がせてんだろ・・・けっ、いい薬だぜ。
隼人はこの店で一番高い5万のコースを頼んだ。
「あと、ワインも。」
「どちらになさいますか?」
ウエイターがメニューを差し出す。メニューの下の方に、8万円と書いてあった。
「じゃあ、これ。」
何の躊躇も無く、その数字を指差した。
あおいはその姿と値段に本当にびっくりしたが、仕方なしに同じ物を頼んだ。
高い店には来てしまったけれど、それでもこんなにするものを頼むとは・・・
持ち合わせは12万位しかない。
それでもさっき銀行に行って、おろして来たのだ。
足りない分は、カードで払えばいいか・・・高く付いちゃったけど、助けて
もらったんだもん、しょうがないよね・・・お金じゃどうにもならないものを、彼は守ってくれたんだから・・・
そう思うしかない、あおいだった。