第八章 答え (4)
隼人さんはすごく優しく抱いてくれた。
私を気づかう彼の気持ちが、全身から伝わってきた。
だけど口づけには、彼がこらえようとしている情熱が、色濃く出ていた。
彼の言葉の一つ一つは、私の心に深く染みて私の心を温かくしてくれた。
今まで生きてきて、感じた事がないほど・・・彼の心は温かかった。
その心が私の心に伝わってきて、嬉しくて、ただ嬉しくて涙が溢れてしまう。
こんな風に言ってくれる、想ってくれる彼の存在が何より愛しいと思った。
私の全てを、心の傷ごと受け止めてくれると言ってくれた、不安がるなと、私より私のいいところを解ってると言ってくれた彼の大きな心が、彼がいてくれるという事が、何より心強かった。
私はもう、迷わない。私はこんなにも彼を愛している。
失望させるとか、結婚とか、先を思いあぐねるような事はもう止めよう。
大切なのは、彼を好きだと思うこの気持ち。
彼のために変わろうとしているこの気持ち。
やっと本当に心から愛せる人に出逢えたんだもの・・・。
そして、彼の気持ち。
彼はこんなにも私を大切に想ってくれている。
私という人間を受け入れてくれている・・・
彼の全てを理解するなど、たぶんムリな事だろう。
お互いの全てを把握するなんて、ムリな事だろう。
だけど側にいて、そっと寄り添う事は出来る。
お互いを、支えあう事は出来るはず・・・
私は私で、いいんだと思う。
だって誰かを、心から愛する事ができるんだもの・・・。
愛してくれる人が、いるんだもの・・・。
彼が愛してくれる私を、私も愛してあげよう。
彼を愛している私自身を、愛してあげよう・・・。
彼は私の肩を抱いたまま、煙草を吸っている。
「あおいも吸うか?」
そう言って、自分の吸っていた煙草を私に差し出す。
「うん。一服だけ。」
私は一度だけ吸うと、彼に煙草を返した。
その時、彼の腕のあちこちに煙草の火を押し付けられたようなやけどの痕が
付いているのに気が付いた。
「隼人さん、これ・・・」
彼の心の傷が、この傷跡にあることを私は確信した。
「すごいだろ・・・こっちも・・・」
そう言って、私の頭を乗せたままの左腕を空にかざした。
手首から肘の辺りまで、ナイフで切られたような大きな傷跡がある。
「お袋にやられたんだ・・・」
無数の傷跡を見つめながら彼が言う。
「お母さんに・・・?」
「ああ。まぁ正確には、お袋と、その当時のお袋の男。」
「そう・・・」
私は彼の過去に、何があったのか、知りたくなった。
「俺の話ちゃんと聞けるか?あおい、今日は色々あったから・・・」
「うん。大丈夫だよ。隼人さんに優しくしてもらったから、元気でたもん。」
私は微笑んだ。彼の、私を気遣う優しい気持ちが、とても嬉しかった。
本当に、優しい人・・・
「俺さ・・・親父の事って何も知らないんだ。親父ってのはお袋が妊娠したら、お袋捨てて出て行っちまったらしいから。だから、俺はお袋と二人で暮らしてた。」
「うん・・・」
私は黙ってうなずいた。
「お袋スナックで働いてて・・・下品な女だったよ。
いつも気に入らない事があると、俺に当たってた。
俺はいつもビクビクしてたよ。小1くらいだったかな・・・。
夜、お袋がいなくなるとホッとしてた。
日増しに暴力がひどくなって・・・ある日、ガラの悪い男がやってきた。
お袋が連れ込んだんだ。そいつとの暮らしがしばらく続いて・・・
8歳の時だったかな・・・。俺、そいつの気にいらねー事やっちまって・・・
元々お袋が俺に手を上げるの、二ヤ付いて見てるような男だったんだけど、そいつに散々暴力振るわれた後、
初めて煙草の火、押し付けられた。」
遠くを見つめながら一つ一つかみ締めるように話す彼の言葉を私は黙って聞いていた。
「帰ってきたお袋それを見て・・・笑ったよ。俺は助けてくれると思ったのにさ。そして、自分にもやらせろって・・・。
俺、ガキだったから、いつもひどい事されてもお袋が好きだった。愛されたいって、思ってた。
だけどお袋は、一度たりとも愛してはくれなかった。」
私は心が痛くなって、彼の痛みが伝わって来るようで彼にぎゅっとしがみ付いた。
「それからは・・・悲惨だったな・・・この有り様だよ。」
そう言って、彼は傷をなでた。
「その男、しばらくしてお袋とケンカして出て行ったよ。
それからもお袋の暴力は続いたけど、俺もだんだんでかくなってきてたし・・・
それから逃れる術も覚えていった。中3の時かな・・・
お袋俺に言ったんだ。俺を見てるとムカムカするって。
自分を捨てた、親父にそっくりだって。お前なんか、いなければいいって・・・
すごい顔だったな・・・発狂した眼をして、俺に切りつけた。これが、その傷・・・」
彼は左手の傷を見せた。
何てことだろう・・・なんて痛々しいんだろう・・・
彼は、虐待されて育ってきたんだ・・・。
「それがきっかけで、俺は家を出た。お袋ともそれっきり。
俺が女の人を歪んだ目でしか見れないのって・・・こーいう訳なんだ。」
彼が静かに話を締めくくる。
「隼人さん・・・」
私はただただ寄り添っていた。
そっと彼の顔を見ると、そこには悲しみの色が浮かんでいる。
彼の深さはここにあったんだ・・・
愛を欲しながら愛をもらえず、憎んでも憎みきれず、一人でもがき、苦しみながら生きてきたんだ・・・。
どこか自分と似た過去を持つ隼人を、あおいは心から愛おしいと思った。
自分とは違い、そんな事があったのにそれに挫けるどころか堂々と強く生きている彼を尊敬さえしてしまった。
そんな彼だから、余計に愛しさが増してしまう。
そんな彼だから、絶対に大切にしようと心に誓う。
そんな彼だから、こんなにも心が大きいんだろうと思う。
「話してくれてありがとう。私、正直怖かったんだ、隼人さんの過去に触れるの。
すごく、深い傷を背負ってる人だろうって感じてたから。
だけど今は話してくれて、本当に良かったと思ってる。」
そう、そんなあなたの心の傷ともきちんと向き合うわ・・・絶対逃げ出したりしない。
あなたが言ってくれたように、私だってあなたのその心ごと受け止める。
そして愛する・・・
「こんな話打明けたの、あおいが初めてだよ。」
彼が笑う。
「隼人さん・・・愛してるわ・・・。あなたと出逢えてほんとに良かった・・・。
もう私の愛は全部あなたのものだよ・・・。
私の愛であなたの全てを満たせたらいいのに・・・。
ううん、そうなれるように頑張る。
隼人さんが私だからいいって言ってくれたから・・・私を、選んでくれたんだから。
だからずっと側にいさせてね・・・」
そう、私の全てで・・・あなたがこんなに愛しいから。
もう逃げないって決めたから・・・。
あなたと、自分と、ちゃんと向き合う。
あなたとの愛が、本当の愛だって思えるから・・・。
「それは楽しみだな・・・」
彼がニヤリと笑って、再びキスをした。




