第八章 答え (1)
今日は大悟とカノンに誘われて、夕食をとる事になっていた。
本当は盛大に快気祝いをやりたい所だったけど、隼人に告白され、返事が出来ずにいたあおいは、計画を練ることが出来ず困り果てていた。
そんな時、二人の方からいろいろ心配かけたお礼がしたいからと招待されたのだ。
隼人が来るのかと聞いたら、『当たり前でしょ』と言われてしまった。
当然のように言う態度に、あおいは告白されて返事が出来ずにいるという事を何となく言えなくなってしまった。
大悟の部屋にみんなは集まった。
隼人と顔をあわせるのはあの夜以来だ。あおいはすごく気まずかった。
「イヤーほんといろいろあったけど、全て解決したって事で。俺もこうしてまたカノンと一緒に居られるし・・・。二人のおかげだよ。感謝してる、ありがとう。」
大悟が妙にはしゃいで言った。
「ほんと二人のおかげ。ありがとね。」
カノンも続けた。
「そんな、俺達たいした事してねーよ、な、あおい。」
隼人があおいに言う。その態度はいつもとかわらない。
「うん。」
あおいは戸惑いながらも相づちを打った。
「いや、二人が親身になって支えてくれたから・・・」
「そうだよ。」
大悟とカノンが穏やかな眼で二人を見つめている。
「やめろってー。結局お前にケガさせちまったんだから。」
「そんな事ないよ。アイツ取り押さえたの、隼人じゃん。」
「まぁ、そうだけどな・・・」
隼人が笑う。その姿を見て、あおいは切なくなった。
イヤな事があるとあんなにも露骨に態度にでる人なのに・・・
無理してるんだろうな・・・
あおいは出逢った頃の隼人を思い出していた。
その彼にこんなにも無理させてる。私って、ヤな女・・・。
「とりあえず、乾杯しようぜ。」
隼人は明るく続けた。
「じゃあ、大悟の快気と二人の愛の復活を祝って・・・」
「俺たちを支えてくれた二人に。」
大悟が続けた。
「4人の友情に」
『カンパ~イ!!』
「おい、カノン、しょうゆしょうゆ・・・」
「うん、あっ、大悟それ持ってって。」
二人の何気ないやり取りが、やけに眩しく見える。
よかったね、二人とも・・・あおいが二人を優しい気持ちで見ていると、隼人が耳元で小声で言った。
「俺の事なら気にすんなよ。今日は祝いの席なんだから、思いっきり楽しめよ。」
「うん・・・」
隼人の優しさに、感動しながらあおいはそう答えた。
なんて優しい人なの・・・こんな状態なのに、私を思いやってくれてる・・・
隼人の言葉に気持ちがほぐれて、その後は4人で楽しい時間が過ごせた。
みんな思い思いに言いたい事を言って、いつの間にか出来上がっていた
4人の友情に、みんなが心躍らせていた。
◇ ◇
10時を回り、私と隼人さんは大悟さんの家を後にした。
「バイバーイ!ありがとう!」
二人がマンションの窓から手を振っている。私達もそれに応えた。
「俺、一緒に帰ってもいいかな?」
カノン達の姿が見えなくなったことを確認して、隼人さんが言った。
私を気遣ってくれてるのだ。その彼の優しさに、心が揺り動かされる。
「うん。隼人さんがイヤじゃなければ。」
私は言った。
「そ?じゃ、一緒に帰ろ。」
屈託なく笑う隼人さんを見て、私は胸が痛んだ。
「ごめんね・・・隼人さん。」
「何が?」
「隼人さんに、イヤな思いさせちゃって・・・」
「・・・いいよ。」
そう微笑む彼の瞳には悲しげな色が浮かんでいる。
「私、ズルイよね・・・いつまでもハッキリしないで・・・。でもね、どうしても答えが出せないの。ごめんね・・・ほんと私って、イヤな女。」
「そんな風に言うなって・・・」
それから俺たちは、口数少なく帰り道を歩いていた。
あおいは何を迷っているのだろう・・・
どんな事を、思い悩んでいるのだろう・・・
その心が知りたい。
俺は、隣を歩くあおいを抱きしめてしまいたかった。
抱きしめて無理やりにでも自分のものにしてしまいたい・・・
心ごと、何処かへ奪い去ってしまいたい・・・
それが出来たら、どんなにいいだろう・・・
「じゃあここで。」
あおいが言った。
俺はどうしてももう少し彼女と一緒にいたかった。
彼女と同じ時間を、過ごしていたかった。
「部屋の前まで送るよ。」
「ううん、ここでいい・・・」
彼女の言葉に、俺は引き下がるしかなかった。
「わかった、じゃおやすみ。気をつけてな。」
「うん。隼人さんもね。」
彼女の表情は暗く沈んでいる。その瞳の色を見て、俺はなんともいえぬ気持ちになった。
『人間って弱いから、時にはそうなると解っていても傷つけてしまう事ってあるじゃん。』
彼女の言葉がふと、頭をよぎる。
俺は答えを突きつけられた様でその言葉を何とか頭の中から振り払おうとした。
俺は部屋に戻るとシャワーを浴びた。
全部洗い流してしまいたい。この、イヤな予感・・・
だけどそんな事は出来るはずもなかった。
帰り道、あおいは決断しようとしていた。
隼人は優しい人だ。本当に優しい人だ。彼の胸に飛び込んでしまいたい。
だけど・・・私は彼を失望させずにいられるの?
こんな風に思うなんて、初めて・・・こんなに真剣に誰かを想うなんて、初めて・・・
彼を想うだけで、こんなにも胸が苦しくなる。
でも、彼は女性に対して、根深い何かを持っている。何かとてつもないものを・・・
そんな彼を、私に心がきれいだと言ってくれた彼を、失望させずにいられるの?
幻滅させずにいられるの?
私は自分に自信が無い。少女だった頃のあの体験が、今の私にも色濃く影響している。
彼を愛している・・・それは事実。
だけど、自分を愛せない私が、彼ときちんと向き合えるの?
逃げ出さないでいられるの?
私なんかじゃムリだよ・・・隼人さんが思ってくれてるような女じゃないよ・・・
もっと情けなくて、弱くてズルくて・・・きっと途中で逃げ出してしまう。
傷付けてしまう。
それに、どうしても結婚を考えられない私・・・
そんな先の見えない恋愛に、彼を巻き込むわけには行かない。
彼の事を真剣に想っているからこそ、彼には絶対に幸せになって欲しい。
そう思うと余計に、自分では無理なんだという事を思い知る。
出来るならこのまま友達としてずっと当り障り無く付き合っていきたかった。
それで十分だった。彼をそっと想うだけでよかった。
でもそれも、彼に告白をされてしまった以上出来なくなってしまった。
だからこの電話が、今からしようとしているこの電話が、彼との本当の別れを意味する。
もう、あんな風に話したり食事したりする事も出来なくなる。
彼の甘い声や優しい笑顔とも会う事が出来なくなる・・・
私は部屋に戻って隼人さんに電話した。
「もしもし隼人さん?」
「うん。」
深呼吸する。覚悟を決める。泣かないように・・・彼にきちんと言えるように・・・
「私、ごめん・・・。やっぱりあなたの気持ちには、応えられない・・・。
私は隼人さんが思ってくれてるような女じゃないよ・・・だから・・・」
長い沈黙の後、
「わかった。」
そう言って、彼は電話を切った。
私は突っ伏して泣いた。涙の分だけ彼への想いが深いのだとわかった。
今さらながらに、その事をイヤと言うほど突きつけられていた。
だったら彼の気持ちに応えてあげればよかったじゃない・・・
彼の胸に飛び込んでしまえばよかったじゃない・・・
何で応えてあげられないの・・・こんなに好きなくせに・・・
何度も自分に言ってみた。
だけど・・・だけど・・・
結局その想いは私が抱く不安を、変われない自分を、越える事は出来なかった。
こんなにも好きだから、彼を失望させてしまったら、彼に失望されてしまったら、激しく自分を嫌悪してしまうだろう。立ち直れないほど自分が許せなくなるだろう。
彼を真剣に愛しているからこそ、こんな中途半端な自分では、ダメだと思った。




