第一章 出逢い (2)
9月も中旬を過ぎ、だいぶ暑さは和らいでは来たけれど、まだまだ夜風はモワッとしている。
歩いていても少し汗ばんでくる。
「のどかわいたね。なんか飲もうか。」
近藤さんがそう言って、ジュースを買いに走った。
別にいいのに・・・。
私は思った。悦子から彼が私に好意を寄せてくれてる事を聞いてしまったからだろう。そう言う事が今はちょっと面倒な私は、正直言って早く帰りたかった。
「暑いから、こういうのがいいよね?」
そう言って、サイダーを私によこした。
「あっ、はい・・・」
なんとなく、受け取ってしまった。
「駅のとこに広場があるから、そこでベンチにでも腰掛けようか。」
彼はスタスタと歩き始める。私はしょうがなしについて行った。
私たちはベンチに腰掛けた。目の前には噴水があって、色とりどりの光とともに不規則に水がはねている。
「今日は楽しかったね。」
「ええ。」
みんなといる時はただ微笑んでおとなしそうな感じがしたけど、二人だけになると意外と饒舌だな・・・と私は思った。
だけど彼の独特の柔らかい口調には、何だか心が和んだ。
「料理も美味かったしね・・・。悦子さんも何て言うか・・・」
「見てて面白かったでしょ?はりきっちゃってて。」
「そうだね。」
彼が優しく微笑んだ。彼は背はそんなに高くは無いけれど、顔立ちは良く見るとなかなかだ。決して大きすぎない二重まぶたに高い鼻。顎の辺りには男らしさが感じられる。短く切りそろえられた髪はきちんとセットされている。
「悦子結構飲んでたよね。あれからまた飲みに行くって言ってたけど、
大丈夫かしら。」
彼の柔らかい口調に促がされ、私自体もいつの間にか饒舌になっていた。
「三上が一緒だから大丈夫でしょ。」
「うーん、酔っ払った所を何とかしようなんて、思ってないわよねえ?」
「三上が?うーん、あいつだったらやりそうかも・・・」
ハハハハ・・・
私達は笑いあった。
「あおいさんって話してみると面白いって言うか、全然違うんだね。もっと冷たい感じの人かと思ってたけど。」
近藤さんが不意に言った。
「そうでしょ?よく言われるんだ。」
この人も同じ事言うんだ・・・そう思ったけどそんな事は一切顔には出さないで私はニッコリした。
「外見と話した時のギャップがいいね、なんか。」
そう。人の出方にあわせるって言うか、明るく振舞うの、苦手じゃない。
苦手じゃないって言うか、克服したんだ。
「そうかな・・・?」
「君さえヤじゃなければ、これからもたまに食事でもしてくれないかなぁ。」
彼が急にはにかんで、恥ずかしそうにうつむいた。
「友達としてなら・・・」
私は成り行きで、何となくそんな風に答えてしまった。
『近藤さんはあおい狙いなんだよ。』
悦子の言葉を思い出し、言った後、少し後悔していた。
「ねぇねぇ、きのーあらからどうだった?」
悦子が朝からいきなり聞いてきた。
「どうって別に。何も無いよ。ちょっと話はしたけど。」
「話ってどんな?口説かれた?」
「口説かれたって言うか、たまには食事しようって言われた。」
「そう!やったじゃん!!近藤さん、結構やり手で出世頭らしいよ。経歴もいいし・・・狙ってるコ、結構いるらしいよ!あおいゲットしちゃいなよ~」
悦子は一人で大盛り上がりだ。
「だからそう言う事、私にはカンケー無いんだって。」
私は困ったように言った。私は男の人を、地位とかお金とか職業とか、そう言う基準で選んだりはしない。そんな事より大切なのは、私という人間をどれだけ理解してくれるかって事、フィーリングがどれだけ合うかって事。
心が萎えずに、愛せるかって事・・・
谷口さんとだって、別にお金目当てで付き合った訳じゃない。彼の人柄に惹かれて付き合ったのだ。結局は駄目にしちゃったけど・・・
「そう?それってすごく大事な事じゃない?」
そんな、やかましい位の悦子の言葉も私は半分耳に入らなくなっていた。
今日は親友のカノンに会う日だ。そしてカノンの恋人、大悟さんとも。
彼と別れた事を、紹介してもっらた以上私の口からもきちんと報告して、謝らなければならない。
二人を思うと、罪悪感に襲われる。
せっかく紹介してくれたのに申し訳ない事をしてしまった。
そして彼にも・・・
真剣に私を愛してくれた、谷口さんにも心が痛んだ。
「じゃ、お先。」
私はさっさと着替えを済ませ、カノン達と待ち合わせた店へと向かった。
今時の居酒屋に、私は来ていた。
「あおい!こっちこっち!」
カノンが私を見つけ、手招きした。先に来ていたようだ。
私はカノンの方へと歩みを進めた。大悟さんの姿もあった。
私は席に着いて飲みのもを注文すると、二人に謝った。
「本当にゴメン。申し訳ない。」
「何言ってんのよ。やめてよ。」
カノンが明るく言う。
「イヤ、だって・・・せっかく紹介してくれたのに・・・大悟さん、友人を傷付けてしまって、本当にすみません。」
深々と頭を下げた。
「そんないいよ。気にしないで。そういうのはしょうがないよ、男と女なんだから。そういう事もあるよ。」
大悟さんは優しく言ってくれた。
「イヤほんとに二人に迷惑かけて、イヤな思いさせちゃって・・・もちろん谷口さんにも。」
私は二人の優しさが身に染みて、ますます申し訳ない気持ちになって再び頭を下げた。
「ほんと私達、気にしてないから・・・そりゃあちょっとは残念だけどさ・・・しょうがないじゃん。ね、大悟。」
「うん。」
そう言って二人は見つめあった。カノンは目がパッチリとしていて色白で丸顔の、かわいらしい顔立ちのとてもチャーミングな女性だ。
大悟さんはワリとガタイが良くて、くっきりとした二重まぶたでスッと鼻筋の通ったハンサムな顔立ちをしている。柔らかい笑顔が印象的な、落ち着いた、大人の雰囲気の漂う人だ。小柄で勢いのある性格のカノンと、大きくて穏やかな性格の大悟さんはとてもお似合いの二人だった。
実際、とても仲が良かったし。私はいつも、そんな二人を羨ましいような、親友として嬉しいような、複雑な思いで見つめていた。
「ごめんね・・・」
「谷口さんならあおいの全てを受け止めてくれて、うまく行くと思ったんだけど・・・やっぱ彼でもダメだったか・・・。」
カノンは私の事を全て知っている。私の過去にどんな事があったか、どんな思いをしてきたか、全てを。それを知っているからこそ、出た言葉だ。
「うん・・・」
私はうつむいた。
「まぁこんな事で私達の友情は変わんないから。ほんと気にするなって。」
カノンの言葉が心に響く。本当の私を理解してくれているのは、この世で多分彼女だけだろう。だから谷口さんを紹介された時、こんな時が来るのではとだいぶ躊躇した。
だけど彼の優しさに触れ、惹かれていった。
この人ならと思えた気がした。
「谷口さん元気にしてる?・・・わけないか。」
「うーん、やっぱ落ち込んでるよ。」
大悟さんがやんわりという。
「そうだよね・・・。でも、ズルズル伸ばしちゃいけない気がしたんだ。彼の気持ちには応えて上げられなかった訳だし。彼ならすぐにいい人、見つかるだろうし・・・」
「そうかぁ・・・」
少し沈黙が流れた。
「谷口さんにね、君は所詮誰も愛せないんだろって言われちゃった。」
そう言って哀しそうに微笑むあおいを、本当にキレイだなと、カノンは思った。
緩やかなカーブを描くまゆに大きいけれどすっきりとした目元、ほどよく伸びた鼻筋、色気のある口元。ストレートのロングヘアが一層彼女を女らしく神秘的な雰囲気に見せている。
「まぁあおいは美人なんだし、男に不自由する事はないと思うけど、今度こそあんたにぴったりの人、見つかるといいね。」
カノンはやさしく言った。
そう、あんたが本気で愛せる人がね・・・