第七章 心の行方 (3)
「あおい~それでね、三上さんたらこんな風に言うのよ~。イジワルでしょ?」
相変わらず、悦子が明るい口調で聞いてもいないのにいろんな話をする。
それは、はっきり言ってうるさい位だったけど、あおいは穏やかな気持ちで聞いていた。
これが私の日常だ・・・
あおいは心地いい開放感ともに平穏な日々が戻ってきた事に、心から感謝した。
心を偽らないで日常を過ごせるという事に感動さえしながら。
隼人とのキスの事は、なるべく考えないようにしていた。
その事を考えれば考えるほど自分が解らなくなり、落ち込んでしまうそうだった。
そうなるよりは、久々に味わうこの開放感を実感していたかった。
大悟はまだ入院していたが、カノンとの幸せな時間を取り戻した。
もう誰に邪魔される事なく、何の障害もなく、二人は愛し合える。
カノンをあざむく事も、もうしないで済む。
胸のつかえが一気に取れたあおいは、久々に心から笑えるようになっていた。
だけどその裏で、ほんとは少し寂しい気もしていた。
このところ、カノンとずっと一緒に過ごしていたあおいは、一人でいる時間を持て余すようになっていた。
こんな生活を元々していたんだし、カノンは幸せになれた。
いいはずなのにやっぱり部屋で一人で過ごす時間は寂しい。
あおいは、一人でいる事に耐えられなくなりそうだった。
「あおい、来てるよ。」
悦子が入り口の外に目をやってあおいに言った。
隼人が立っている。こっちを見て軽く照れくさそうな微笑みを浮かべた。
隼人さん・・・
あおいは少し気まずかった。この間のキス。そして、彼への自分の揺れる感情に答えを見出せないでいたから。
「あと20分あるけど、今日はもういいよ。帰っちゃいなよ。彼を待たせちゃ悪いでしょ?後は私やっとくから。」
悦子が気をまわして言う。
「だけど、別に約束してた訳じゃないし・・・」
あおいが戸惑っていると、悦子が彼の方へ駆け出し、何か話したあと、ニコニコしながら戻ってきた。
「あんたを待ってんだって。ホラ!行っちゃいな!」
悦子はあおいを追い出すように強引に帰らせた。
あおいは着替えを済ませ、隼人の所へやってきた。
「うす。」
隼人が少しはにかむ。
「うん。」
あおいもうつむく。
「食事でもしようぜ。」
彼が言った。
「だったらなんで電話の一本もくれないの?ちゃんと約束してから来てよ。
私が今日、用があったらどうするつもりなの?」
あおいは気まずさから思わずふくれてしまった。
「用あんの?」
「別に・・・ないけど。」
「だったら行こうよ。それに・・・」
「それに何?」
「電話で誘ったら、なんか断られそうな気がして・・・直接来ちまった。でも俺ストーカーとかじゃないよ。」
隼人が屈託なく笑う。
「もう、バカ!」
そう突っこみながらもあおいは複雑な気持ちだった。
二人は昔ながらのたたずまいの雰囲気のいい洋食屋に来ていた。
店内には暖かい空気が立ち込めている。
「大悟もうすぐ退院だろ?」
「うん、あと3日ぐらいだって。」
あおいは出されたミネストローネをスプーンでくるくると回した。
「快気祝いやんねーとな。あ、でもあれか。LOVELOVEな二人にはま~ったりした夜が待ってるか、しばらくは。
ジャマしちゃ悪いな。」
「・・・バカ・・・。」
二人は笑いあった。いつの間にかこんな風に会話が出来るようになっていた。
あおいはその事に、嬉しさを感じずにはいられなかった。
本当に、自分で自分が解らなくなっていた。
食事を終え、二人は家へと向かっていた。
何気ない会話が続いたが、隼人が急に足を止めた。
「ここ。」
「え?何?」
あおいもつられて足を止めた。
「ここで、あおいと出逢ったんだ。」
それは、あの日、隼人が酔ったオヤジからあおいを助けてくれた、橋の上だった。
「そうだね・・・」
あおいはあの日の隼人を思い出した。
私、ここで隼人さんを見て、安心して泣いちゃったんだっけ・・・
「俺、あの日、この下の土手からお前の姿に見とれてたんだ・・・。」
隼人が水面を見つめ、ゆっくりと話し出した。
そう、今思えばあの時から、俺はあおいに心奪われていたのかもしれない。
「そしてお前が襲われて、俺が助けた。そのあといろんな事があったよな。」
隼人が微笑む。
「うん。」
あおいも微笑みを返した。
「俺はお前を傷付けて、泣かせてばっかいたよな。」
「そうだね。」
「だけどその度にすごく後悔して・・・自分でバカみたいだって思ったよ。
あおいの事ばっか考えてさ・・・そして、あの一件があっただろ?」
「うん。」
「俺、女に対してあんまいいイメージなくてさ・・・。
結構頑なに、女なんてもんはって、思ってた。
でも、あおいと深く関わっていくたびに、そんな事全部ぶっ飛んじまった。
ほんとに心がキレイな女もいるんだって解ったから・・・。俺、お前の事愛してる。」
そう、お前は俺に、人を本気で愛するって事を教えてくれたんだ。
愛をもらえなかった俺は、愛されたいと思う自分の気持ちに怯えていた。
愛しているのに受け入れてもらえなかった。
愛されたいなんて、思っちゃいけないんだと思ってた。だから、愛さなければいいんだと。心の底の方では、そんな風に思っていた。
だけど本当は、何より愛を欲していた。
だから人一倍、人に必要とされたかった。
薄っぺらい愛情や友情でもいいと思っていた。
だけどお前と出逢って、お前を通して、俺は本気で人と関わりたいと、愛したいと思った。
俺にだって、愛はある・・・人をきちんと愛せる・・・
その思いは、確かなものになった。
傷付けられるとか、そんな事はどうでもいい。
俺は、この想いをどうしても伝えたかった。
「ありがとう。」
あおいはかすかに笑った。
「隼人さんの気持ち、すごく嬉しい。だけどごめんなさい。今は、返事できない。」
あおいは苦悩の色を浮かべている。
「いいよ。ゆっくり考えてくれれば・・・」
俺は、そう言うしかなかった。




