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TRUE LOVE  作者: shion
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第七章 心の行方 (2)

 大悟の事はカノンに任せて、隼人とあおいはひとまず家に帰る事にした。

 その事を伝えに大悟の病室へ入ろうとした時、初老の夫婦が「すみません。」と二人に声をかけてきた。

 その夫婦の姿はなんだかとても痛々しい。

 

 女性の方は泣きはらしたのだろう、目が真っ赤だ。

 二人はちょっと戸惑った。

 

「高山さんの病室はこちらでしょうか?」

 男の方が言った。

 

「はい。」

 そう言う隼人の目は、何かを確信したように怒りの色を浮かべている。

 あおいもそれをみて、この二人がストーカー女の親なのだと気付いた。

 

「どうか会わせてください。」

 女性が泣きながら言う。

 二人は目をあわせ、そしてドアを開けた。

 

「大悟さん、あの人のご両親が来てるよ。」

 あおいが静かに言った。

「なんですって!どのツラ下げて来たって言うの!」

 カノンが声を荒げる。

「カノン、いいんだ。入ってもらって。」

 大悟が静かに言う。

「うん。」

 あおいは夫婦を促がした。

 

 

 二人は入るなり、土下座した。

「申し訳ありません!娘があなたにした事は許される事じゃありません。でもどうか、許してください。」

 二人の姿を大悟はじっと見ている。

「あの子は可哀相な子なんです・・・ほんとに可哀相な・・・。確かにあなたに対してはとんでもない事をやってしまった・・・。

 その事に弁解の余地はないです。でも・・・あんな娘でも私達にはかけがえのない可愛い一人娘なんです。

 ・・・こんな事、頼めた義理はないのですが・・・

 どうかあの子を犯罪者にはしないで下さい!お願いします!!

 親としては娘が犯罪者になるなんて耐えられないんです!!」

 父親が涙ながらに言う。

 あまりに一方的で身勝手なその言い分に誰もが耳を疑った瞬間、一番先に口を開いたのは、隼人だった。

 

「あなた方は自分の言ってる意味が解ってるんですか?」

 強い口調だ。

「自分は島村です。あなたの家に、何度も電話したはずです。娘さんにこんな事はやめるように言ってくださいと。きちんと行動を監視して、そんなことはさせないようにして下さいと。でも、あなた方はそれを止めるどころか彼女を野放しにした。自分のやるべきこともやらず、彼女を野放しにした結果がこれだ。こんな事になっても尚、あなた方は自分勝手な事ばかり言っている。

 娘さんのやった事は明らかな犯罪だ。

 そして、それを見てみぬフリをしたあなた方も同罪だ。

 あなた方は娘さんがやった事がどれだけ彼を苦しめたか、どれだけの人を傷付けたか、解ってるんですか!」

 隼人は言葉を選びながらも、厳しい口調で言った。そこには、さっきまでの弱々しい姿はみじんもない。

 二人は何も言わぬまま、床に突っ伏してただすすり泣いている。

 

 

「解りました。被害届は出しません。」

 大悟が静かに言った。

「何言ってるの大悟?あなたこんな目に合わされたのに・・・」

 カノンが信じられないといった様子で大悟に詰め寄る。

「いいんだ。その代わり、二度と娘さんを俺の前に現れないようにしてください。俺が望むのはそれだけだ。その事だけ、必ず守ると約束してください。」

 大悟が、彼らを一切責めるでもなく静かに語りかけるように言う。

 彼のその凛とした態度に皆は胸が熱くなった。

 

「はい・・・おそらく、もう現れる事はないと思います。」

 父親が泣きながら言う。

「あの子は重度のうつ病なんです。ずっと精神科にかかっていて・・・

 入退院を繰り返していた・・・今も・・・とても見られたもんじゃなかったです・・・

 今度入院したら、もう一生出られないと思います。

 医師にも言われていますから・・・。」

 二人が一気に泣き崩れる。

「あの子は中学に入るまではとても素直でいい子だったんです・・・。

 親に口答え一つしない、本当に聞き分けのいい従順な子でした。

 礼儀作法やなんかはそれはもう、厳しくしつけましたし・・・言いつけを守らないとか私共にそむくような事は一切ありませんでした。

 成績も良かった・・・。それが・・・思春期を迎えた辺りから急に反抗するようになって・・・その頃から行動がおかしくなりだしました・・・どうしたらいいものかと考えた私共はあの子の望むものは何でも与えてやりました・・・。

 人並み所かそれ以上に、欲しがるモノは全て与えてやりました・・・。

 親として出来る限りの事をあの子にはやってやったつもりです。

 それでもダメだった・・・。

 あの事故で初めて私共があなたにお会いした時はもうかなり病状は悪化していました。

 そんな風になってから7年近く経っていましたから・・・」

 父親が涙を拭いながら言う。

 

「だから私はあなたに姿を消して下さいとお願いしたんです!!

 私達にはどうすることも出来ませんでしたから・・・!!

 ほんとに決してあんな事をするような子じゃなかったんです!!

 何がいけなかったんでしょうか・・・。

 何であの子はあんな風になってしまったんでしょう~~。

 一体何があの子をあんな風に変えてしまったっていうんでしょう~うっうっ・・・」

 母親が涙ながらに訴えるようにすがるように言った。

 

 二人の鳴き声だけがこだまして、長い長い沈黙が流れた。

 

 この家族は互いが互いをダメにし合っているんだという事がまるで解っていない。

 仕付けと称して彼女を追い込み、その責任が自分たちにあるということにさえ気が付いてもいない。そして壊れてしまった彼女を目の当たりにして自分たちもただ現実に憤り、嘆き悲しむだけで何も見ようともせずその罪に背を向けてここまで来たのだ。

 家庭という密室の中で、知らぬ間に長い時を経て常軌を逸した凶器の迷路へと

 皆で迷い込んでいったのだ。

 

 

 

「もうお引取り下さい。」

 そう言ったのはカノンだった。彼女の態度はさっきと違って毅然としている。

 その姿は気高く、とても美しかった。

 

 自分達の愚かさにすら気がつけない余りにも憐れな人生・・・。

 泣いてすがられるのさえヘドが出そうなほど理解不能な、間違えた形で注がれた歪んだ愛・・・。

 そんな二人を前にして言う言葉など何もない。

 

 

「ありがとうございます。ありがとうございます・・・。」

 何度も頭を下げて、二人は出て行った。

 

 

 

「あれでよかったの?」

 などと言うものは誰もいなかった。

 なんとも言えぬ後味の悪い思いを、みんなが噛み締めていた。

 そんな空気を蹴散らすかのように、大悟が笑顔で言った。

 

「あーーー!これで俺、開放されたーー!!傷はちょっと痛むけど、

 あの苦しみに比べたら、かわいいもんだーー!これでカノンとも自由に逢える。

 カノン、今までの分、いっぱい甘えちゃってもいい?いっぱい愛してくれる?」

 そう言ってカノンを引き寄せ、ぎゅうっと抱きついた。

「やだもう!大悟ったら!」

 そういいながらも、カノンもとても嬉しそうだ。

 

「アーやってらんねーヤ。帰ろうぜ、あおい。」

 隼人が言う。

「そうだね。お邪魔虫はとっとと退散しますか。」

 そう言って出て行きかけた二人に、大悟がまじめな顔をして

「ほんとに色々ありがとう。」

 といった。カノンも一緒に頭を下げている。

「いいって事よ!」

 隼人が気さくに笑う。

「ほんとよかったね。」

 あおいも心から、そう言った。

 

 

 

 

 ◇            ◇  

 

 

 

 

「しっかしほんと、よかったなー。なんかあの二人見てたらスッキリしたよ。

 あの女の親が言ってた事聞いてたらムカムカしてどうしてくれようかと思ったけど。

 強い人だな。あの二人。」

 

 家路に向かう途中、隼人が大きく伸びをしながら言った。もう夜風はだいぶ冷たい。

 

 許すという事・・・それも強さか・・・

 

 考えてみれば、過去の傷を引きずってそれにこだわり、お袋を憎み続けている以上、俺はアイツに痛めつけられたままなんだ。過去に縛られたままなんだ・・・

 俺は意地になって、頑なにそんな自分に気付かないフリをしていたのかもしれない。

 

 それさえも許してやる・・・。弱かったお袋の心を。

 そして、そんなお袋に傷付けられた自分とも向き合って、今も悲鳴をあげ続ける幼い日の自分をも受け入れてあげる・・・。惨めだった自分をも愛してあげる・・・。

 それが、アイツに勝つって事なのかもしれない。

 自分に負けないって事なのかもしれない。

 そうして俺の心は初めて解き放たれ、あの忌々しい過去と決別できるのかもしれない。

 本当の意味で、歩き出す事が出来るのかもしれない。

 

 

 

 

 あおいが感慨深げに微笑んでいる。

「隼人さん、本当にいろいろありがとう。力になってくれて・・・あなたがいてくれて、すごく心強かった。」

 そう言う彼女の表情は、安堵の色がうかがえてとても綺麗だ。

 

 こういう事を考えている自分の隣にいてくれるのが彼女でよかったと隼人は思う。

 この笑顔がいつも隣にあったらと・・・。彼女を見ていると殺伐とした心が温かくなる。

 優しく、穏やかな気持ちになる。

 

 そして、こういう彼女の顔を見るのも初めてかもしれない、とも隼人は思った。

 いつもいつも傷付けてばかりいたし、親しくなってからはずっと辛そうだった。

 隼人はますますあおいに惹かれていった。

 

 もう、止めらんねぇ・・・

 

「なんかお礼しなきゃね。」

「お礼?」

「うん、隼人さんにはほんとに力になってもらったから。何がいい?またフランス料理でも食べに・・・」

 隼人はあおいの唇を、そっと奪った。あおいはびっくりして動けずにいたが、やがて隼人を離すようにうつむいた。

「隼人さん・・・」

「俺、これがいい・・・」

 隼人はあおいを抱きしめ、もう一度激しく口づけした。

 あおいは少しだけ抵抗したが、隼人の情熱に押され、それ以上は何も出来なかった。

 出来るはずも無かった。

 

 長い口づけの後、あおいはうつむいた。

「お礼、サンキュ。」

 隼人はニッコリと微笑んだ。

 

 

 どうしよう・・・こんな情熱的なキスされて・・・

 あおいは戸惑った。隼人は何も言わず、隣を歩いている。

 ただ、時折あおいがそっと視線を投げると、優しい微笑みを返してくる。

 どう受け取ればいいの・・・あおいは切なくなった。

 

 確かに、この一件の間中隼人は優しかった。多分、いやこれが本当の彼なのだろう。

 その事は、今回の一件を通してよくわかった。

 そして、そんな隼人をいつの間にか誰よりも頼りにしていた自分がいる。

 実際、カノンを欺きながらの生活で、あおいが寄りかかれる人は隼人だけだった。

 隼人はいつも励まして元気付けてくれた。挫けそうになる心をそっと受け止めてくれた。

 支えてくれていた。

 そしてそんな彼を、心が大きくて強くて優しい彼を、真剣に想い始めている。

 だから彼がさっき弱いところを見せたとき、思わず抱きしめてしまっていた。

 そこには確かに、彼を愛おしいと思う自分がいた。抑えられない、衝動だった。

 だけど・・・

 あおいは隼人の胸に飛び込む事は出来ないと思った。

 彼の口づけが、本当はとても嬉しかったけど。

 結婚を考えられない自分・・・自分と向き合えない自分・・・

 大悟の事は解決したのに自分の事は何ひとつ解決していないのだと言う事に

 あおいは今改めて気付かされていた。それこそが出口のないモノのように思える。

 それに、自分が直感した思いをどうしても拭い去れないでいた。

 彼の全てを解ってあげるなんて、無理な気がする。

 彼を失望させずにいる事なんて、出来ない気がする・・・

 

 ふと、あおいは彼にその事を、彼の過去に何があったのかを聞いてみたい衝動にかられた。

 彼がふとした時に見せる愁いを帯びた表情・・・。

 耐えたような瞳。

 痛々しいまでの、強さの訳を。

 聞いたところで、きっとどうする事も出来ないのだろうけれど・・・

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