第六章 明けない夜 (1)
「あおい~、今日もダメなの?」
悦子が口をとがらせている。
「うん、ごめん。」
「もーつれないな・・・。近藤さんも気にしてたよ、避けられてるんじゃないかって。」
最近のあおいはカノンの事で手一杯だった。
出来るだけカノンと一緒にいるため、夜はまっすぐ家に帰った。
昼休みは昼休みで隼人と会ったり、電話したり、大悟と連絡を取ったりで、何処かへフラッと出て行くことが多かった。内容が内容だけに、一人になれるところで電話したかったのだ。
「そんなんじゃないけど・・・」
「だってまた断ったでしょ?近藤さんの誘い。」
「うん・・・。」
あおいは少し憂鬱になった。今はカノンの事を一番に考えている。
その他の付き合いやなんかは手が回らないというか、めんどくさいだけだ。
正直それどころではない。だけど、自分の事で傷付いて悩んでいる人間がいるのは心苦しい。
それに、ダラダラと中途半端に期待をもたせるのも嫌だ。
近藤さん、いい人だったけど・・・
あおいはふと、隼人の顔を思い出した。
二人の為に懸命にやってくれている隼人の姿は本当に頼もしい。
それにこの間の夜の思いやりに満ちた言葉・・・優しい微笑み・・・。
彼のそんな姿や態度に心惹かれる気はするけれど、現状が現状だけにそんな思いを抱いてはいけない様な気がしていた。
「近藤さんに会おうかな・・・。」
「え?ほんと?」
悦子が嬉しそうな顔をする。
「うん、会ってそういう付き合いは出来ないって言う。何か心苦しいし・・・。」
「なっ何言ってんのよあおい!そんな事したら、近藤さんかわいそうじゃん。」
「こういう状態の方がかわいそうじゃない?」
「そっそれはさ・・・」
その時、あおいの携帯が鳴った。カノンからだ。
「もしもしカノン、どうしたの?」
あおいはカウンターの下にもぐった。時間はもう5時15分を過ぎている。
あと少しで仕事も終わりだ。外で食事しようとでも言うのだろうか。
「うん。今日はさ、ちょっくら実家に帰ってくるから。」
カノンの声は普通だ。
「そうなんだ・・・何かあったの?」
「ううん、お母さんから電話あって、お父さんとケンカして気まずいから
たまには来てくれってさ。そう言う事。」
「そっか、解った。じゃあ今日はそっちに泊まるのね?」
「うん、あおいもずっとあたしに付きっきりだったから、たまには羽伸ばしなよ。」
カノンが少し笑って言う。
「何言ってんのよ。いいのよ、好きで一緒にいるんだから。ツマンナイ事気にするなっつーの!」
「うん、ありがと。じゃね。」
「じゃあ。」
今日は時間が出来た。ちょうどいい。近藤さんに会って話をしようか・・・
そんな事を思っていたとき、隼人が現れた。
「あおい、今日時間取れるか?」
ビシッとスーツを着こなして、ほどよく顔に掛かった前髪を手ぐしで直しながら隼人が言った。走ってきたのだろう、息を切らしている。
「うん、大丈夫だよ。今日はカノン、実家帰るって言ってたし。」
「そうか、それはちょうど良かった。」
「私、もうちょっとで仕事終わるから。」
「そっか、じゃあ外で待ってる。こっちは仕事、片付けてきたから。」
「わかった。」
「じゃあ」
隼人は悦子に一礼すると、外へと歩き出した。
二人のやり取りを口をぽかんと開けて見ていた悦子が、彼が立ち去るなりすごい勢いであおいに話しかけて来た。
「ちょっとちょっと、誰よあの人!あんたの事あおいって呼び捨てにしてたけど、彼氏?」
「そんなんじゃないよ・・・」
「まったまた~。すんごいカッコいい人だね~。あんな人と知り合いだったんだ~!
ほんとは付き合ってんでしょ?」
「だから違うって!」
「ふ~ん、じゃあ私、狙っちゃおうかな~」
意味深な笑みを浮かべている。
「あんたには三上さんがいるでしょ。」
「そーだけどさ~・・・あんなカッコいい人、滅多にいないじゃん!」
あおいは悦子の言葉にため息を漏らした。
確かにカッコいいけどね・・・
「そっかぁ!だから近藤さんの誘い断ってたんだね~。
あんなカッコいい人が相手じゃ、近藤さん、勝ち目ないね・・・。
近藤さんもカッコいいけど、あの人もっとカッコいいもん!」
悦子はもう止まらない。彼女の怒涛の勢いに、すっかり引いてしまったあおいは、もうそういう事にしてしまおうか・・・と思ってみたりした。
二人は会社近くのイタリアンレストランに来ていた。店内は程よく賑わっている。
「「それで、どう?」」
思わずハモっていた。そんな自分たちに二人は同時に噴き出した。
沈んでいるであろうあおいの事が気になってしょうがなくて思わず来てしまった隼人だった。
『会えてよかった。』
そう言って微笑んだあの夜のあおいがずっと心から離れなかった。
あおいを想うだけで体中が熱くなる・・・胸が締め付けられるような感覚になる・・・。
だけどそんな甘酸っぱいような感情も、どうしようもない現実にすぐに何処かへ追いやられてしまう。
せっかく笑顔になってもそれを萎えさせるのに十分な現実がズッシリと横たわっている。
「こっちは相変わらず。そっちは?」
「うん。大悟がさぁ・・・相当参ってるな・・・。もう限界だって・・・。もう自分を抑える自信ないって言ってる・・・。」
「それってカノンに逢いたいって事?ストーカーにガツンて言ってやるって事?」
「どっちも・・・」
隼人が少し参ったって感じの顔をする。
「そっか・・・大悟さん、大変だよね・・・。確かに気がおかしくなっちゃうよね・・・毎日スゴそうだし。」
「ああ、この前言いそびれたけど俺も一緒にいる時女っての見たんだよ。
確かにフツーじゃねよ、あれは。ゾッとしたもん俺。」
「ほんとに見たの?」
「ああ。大悟の後付いて来たんだろ。物陰からニヤニヤしながら見てたぜ。
あんなのに毎日付きまとわれたら、俺だっておかしくなっちまうな。って言うかフツーおかしくなっちまうよ。」
「それで今日、大悟さんは?一人にして大丈夫なの?」
「ああ、今日は会社の接待だってよ。とにかくお前も少し、大悟を励ましてやれよ。なんだかやつれて顔色悪いし目の下クマ作ってるし・・・俺もう見てらんねーよ・・・」
「そっか・・・。見てらんないのは私も一緒だって・・・」
「そーだよな・・・」
ハァー
二人は同時にため息をついた。
「でも頑張んなきゃな。」
「頑張んなきゃね。」
「「・・・・・」」
みんなが途方にくれていた。




