第五章 苦悩 (5)
あおいは自宅マンションを出るとフーと大きくため息をついた。
ため息をつくたびに心がとても重たくて窮屈なのだという事をつくづく痛感する。
だからって、ため息をついたところでその心のモヤモヤがどうにかなるというものでもないのだけれど。
親友を欺き続けている・・・。
その罪の重さに対する罪悪感やカノンの涙に心を揺さぶられ、言ってしまいたい衝動を抑えるのに必死な毎日。
傷付いているカノン・・・。苦しんでいる大悟・・・。
何も出来ないもどかしさ・・・。
全てがあおいの心を重たくしていた。色々な意味で挫けそうになる。
こんな事なら自分自身が苦しんでいる方がよっぽどマシだとあおいは思う。
いっそのことその女に会って諭してやりたくさえなる。
そんな自分勝手なことはやめろと。
とにかく何をどう考えてもため息しか出てこない。
こんな状況がいつまで続くというのだろう。
フラフラとコンビニへ向かっていたあおいは、たまらない気持ちになっていた。
絶望的とも言える先の見えない状況に、不安でいっぱいになって心細くて仕方ない。
カノンがまた泣いた。そんな日は特に不安になる。
カノンと大悟・・・。二人の苦悩が痛い。涙が痛い。どうしていいかわからなくなる・・・。
「あれ?あおい。」
「隼人さん・・・。」
二人はコンビニの前で出くわした。
「こんな時間に買い物か?」
「うん、まーね・・・。隼人さんも?」
「ああ。煙草切らしちまったからそのついでに色々と。」
隼人がコンビニの袋を軽く見せて微笑んだ。
その笑顔にあおいは何だかホッとしていた。
思いつめていた心の糸が少し緩んだ気がする。
「買い物あるならしてくれば?俺待ってるから。送ってく。」
「いいよそんな。偶然会っただけなのに悪いよ・・・。隼人さんだって色々忙しくて疲れてるでしょ。」
「いいって。何遠慮してんだよ。それにあぶねーだろ?こんな時間に一人じゃ。
世の中訳のわかんねーのが多いんだから。」
その言葉に二人は苦笑した。
酔ったオヤジにストーカー、ほんとに訳の解らないの連中が多い。
「ありがと。そうだね、じゃ、そうしてもらっちゃおっかな。」
「おう!」
「で?カノンちゃんは相変わらずか?」
「うん・・・。なんだかもどかしいよ。あんなに傷ついてんのにあたしは何もしてやれない。
傍にいるだけでせいぜい話し聞いてやるくらいしか出来ないんだもん・・・。」
隼人の隣を歩きながらあおいは小石を蹴った。
「でもそれで十分なんじゃねーか?」
「え?」
「そんな風に傍にいてやる事で十分なんだと俺は思うぜ。カノンちゃんだっていてくれるだけでかなり心強いはずだし。」
「そうなのかな・・・。あーあ、もう自分の無力さ加減に腹が立つよ。
こんな事になるなら私も隼人さんみたいに法律の勉強でもしとくんだった。」
「そう言うなって。あおいはいるだけでちゃんとカノンちゃんの支えになってんだよ。だから落ち込むなって。」
隼人は優しく微笑んだ。
あおいを見ていると、二人は本当に深い友情で結ばれているんだろうという事が解る。
こんな風に真剣に友達を心配している彼女の姿は心を打つものがある。
そして、そんな彼女を何とか支えてやりたいと思う。
それはまだ衝動的な感じではあるのだけれど、彼女の中に心を動かされるに
十分な何かを見出している事は確かだ。
彼女のまっすぐな心・・・それを思うと、胸が熱くなる。
ただ、この気持ちをどう捉えればいいのか隼人は戸惑った。
「ありがと。そう言ってもらえると少し心が軽くなるよ。あたしがしっかりしなきゃだよね。」
「そうだよ。」
隼人の優しさに触れるたび、この人がいてくれて本当によかったとあおいは思う。
こんな複雑で大変な状況を、自分ひとりでは絶対に対処しきれなかっただろうし、カノンに黙っている事すらとっくに挫けてしまっていた事だろう。
だからこの隼人という存在自体にあおいは救われている。
彼はいつだってさり気なく愚痴を聞いてくれる。そのふところの深さが今の自分のより所になっている・・・
隼人の隣を歩きながらあおいはそう思っていた。
「大悟さんはどう?あたし電話でしか話してないから・・・。」
「ああ、疲れてるって感じだな。俺はこの状況になってからの大悟しか知らないけどやつれて来てる感じはするな・・・。」
「そっか・・・。あーあ!!ほんっとにその女が憎いわね。あたしが行ってガツンと言ってやろうかしら!!」
「あおい、それは言いっこ無しだって。みんながそう思ってんだから。」
「そうだけどさ・・・。いつまで続くんだろう、こんな事。ほんとにこのまま手をこまねいてされるがままでいるしかないの?」
「俺も女の実家に電話して両親に説得するように言ったりしてんだけどさ・・・。
仮にそれが成功したとして一時は止めてもまたいつ再開するかわかんねーしな・・・法律で規制しましたよっていってもあの行動だろ・・・。
実際何かしないと警察も動いちゃくんねーし、ましてや女が男にストーカーだろ?
逆ならもう少し何とかなるのかもしんねーけど・・・難しいよな。
それに周りがあんまガツガツ言うと、大悟に何されるかわかんねーだろ?
あの女フツーじゃないんだから。だからほんとヘタなこと出来ねーんだよ。」
「そうだよね・・・。ハァー、・・・」
「あおい、あんま思いつめんなよ。しょうがねえんだよ、この状況は・・・。
相手がいることだし、お前が思いつめたトコで状況は変わんねえ。
大悟の方は俺だって出来る限りの事はするし、力になって頑張るから・・・
だからお前はカノンちゃんの心をしっかり支えてやれよ。な?それこそ絶対にお前じゃなくちゃ出来ないんだから。」
「ありがと。そうだよね・・・。なんか頑張れそうな気がしてきた。それに・・・今日隼人さんに会えてよかった。」
あおいはその思いやりに満ちた言葉に心打たれながら柔らかい微笑みを浮かべてそう言った。
あおいのその微笑みに隼人も優しい微笑みを返した。
絶対に彼女を支えていこうと、みんなの力になろうと改めて心に誓いながら。




