第五章 苦悩 (2)
次の日、私は昼休みを利用して大悟さんに会える様に彼に連絡をとった。
カノンはあのまんま、私の家で寝ている。
お互いの会社からの中間地点にあるカフェで、私達は待ち合わせた。
「やあ・・」
現れた大悟さんの顔は、思ったより暗い。疲れててやつれた様にさえ見える。
「こんにちは。」
「カノンから聞いたんだ・・・」
座るなり、大悟さんはそう言った。
「ええ。だけど、決して大悟さんを責めに来たわけじゃないの。今日、大悟さんに会う事だって、カノンには言ってないし。それにごめんなさい。これは二人の問題なのに、出過ぎた事してるって解ってるんです。」
「うん・・・」
彼はうつむいたままだ。
「私にはどうしても信じられないんです。大悟さん、本当にカノンが嫌いになっちゃったんですか?」
「・・・君はどう思う?」
彼がため息混じりに言った。
「違うと思います。違うと思いたい。
だって、私が言うのも変だけど、大悟さんそんな人じゃないでしょ?
あなたは二人の女性と同時に上手く付き合えるような人じゃない。
そんなにあっさり心変わりするような人じゃ・・・
ほんとにそっちの人の方を好きになったっていわれたら、それまでなんだけど、私、違う気がする。何か訳があるんじゃないの?」
「・・・・・」
「大悟さん、当事者じゃなくて、第三者になら言えることって、あると思うの。」
私は静かに語りかけた。
彼の悲しげな、辛そうな表情を見ていたら、何かあったんだと確信した。
「・・・ったく、君は相変わらず鋭いね・・・」
彼が寂しげな笑みを浮かべた。
「訳はあるんだ・・・確かに・・・。でも、その訳があるから・・・カノンとはもう付き合えないんだ。」
彼は一気に苦悩の表情を浮かべた。
「私に話してもらえませんか?」
「うん。君に話せば、カノンにも伝わっちゃうのかな?」
妙な笑いを浮かべる。
「理由によります。カノンだって、ただ別れてくれじゃ納得いかないと思うし。」
「そうだよね・・・」
私達はテーブルに出されたランチに手もつけずに話していた。
彼が意を決したように話し出した。
「実は俺、四年前に車で事故を起こしたんだ。
当時、俺をしつこく付回してくる女の人が居てね・・・。
手紙とか、電話とか、すごかった。
俺がいる、ありとあらゆる場所に現れて・・・俗に言う、ストーカーってヤツ。
今日で終わりにするから最後に一緒に居てくれって言われてね・・・。
散々しつこくされてたから本当にこれで終わりになるならって、俺は彼女と一緒にドライブしたんだ。そしたらその時・・・酔払い運転だった対向車が突っ込んできて・・・俺、避け切れなくて・・・俺も怪我を負ったけど、その時
助手席に乗せていた彼女にも怪我を負わせてしまったんだ。
その時の事故のせいで彼女は、左足に少し障害を残してしまったんだ。」
「そう・・・」
「警察やなんかが来て、悪いのは向こうだってカタは付いたんだけど、彼女の父親が何だかすごく怒ってね。もう娘には会わせないって・・・俺、何度も謝りに行ったんだ。
だけど、絶対会わせてくんなかった。」
「彼女とはそれっきりだったの?」
「うん、それっきりだった。ある意味良かったけど。
最後に彼女のお母さんが俺に言ったんだ。
娘があなたにしつこくしていた事は知っている。
あのコがあなたにしていた事は普通じゃなかった。この事故がいい機会だからあのコの前から姿を消して欲しい。あのコはあなたを追いかけても、決して報われないのだから・・・と。申し訳なかった、と。俺は何度も何度も頭を
さげた。そして、街を出た。それっきりのはずだった・・・」
彼の苦悩の色が、一気に濃くなった。
「まさか・・・彼女があなたを見つけ出したの?」
私は怖くなってそう聞いた。
「ああ・・・。四年だぜ。四年も前の事なのに・・・彼女は俺を見つけ出したんだ。」
「そんな・・・」
「俺がカノンと歩いてるとこ見たらしくって・・・あの女と別れなきゃ、あの女を殺してやるって・・・。私の足をこんなにしたくせにあなたは責任取らないのかって・・・他の女と幸せになることなんて絶対許さないって・・・。」
彼は頭を抱えた。
なんて事だろう・・・こんな事が身近で起こるなんて・・・。
彼はカノンを守るために、カノンと別れたんだ。
「でも、それならそれで、カノンにきちんと説明すれば・・・」
「それはダメだよ!」
彼は急に口調を厳しくした。
「どうして?カノンだって、話せば解ってくれるわよ・・・」
「ダメだ!絶対にダメなんだ・・・。その女、俺がいない間に俺の部屋に入ったらしいんだ。俺が帰ったら、カノンの写真がズタズタに切り裂かれてた。
カノンの洋服やなんかも・・・それが意味する事は君にも解るだろ?それ位、すごい女なんだ。」
「だけど・・・せめて事情だけでも説明して当分逢わないってことにすれば・・・」
「いいや、これでいいんだ。カノンを少しでも危ない目にあわせるわけにはいかないんだ。カノンを守るためにはそうするのが一番いい。
例えそれがカノンをキズ付けることになってもね。俺はそう決めたんだ。」
彼の表情は真剣だ。
「でもそれじゃあ大悟さん、カノンに誤解されたままだよ。そんなんでいいの?」
「ああ。それでカノンを守れるなら、俺は喜んで憎まれるさ。そのほうが都合がいい。カノンを絶対にチラつかせる訳にはいかないんだから。」
いさぎいい彼の表情を見て、私はそれ以上何も言えなかった。
彼にそんな決意をさせる位、状況は深刻なんだ。
最近ではストーカーの逆恨みで殺されるなんて事件が後をたたない。
決してあり得ない事じゃない。他人事では済まされない。
それに、カノンのあの勝気な性格・・・
それを解り切った上で、大悟さんはそう決めたんだ。
そしてそれは、カノンに対する愛がそれだけ深いって事。
どんなにか、辛かっただろう・・・。辛いだろう・・・
確かに、四年もかけて大悟さんを追ってきたんだ。
そんな女なら本当にカノンを殺しかねない。
大悟さんにそう決めさせる位、すごい女なんだ。
だけど何で彼がこんな目に・・・確かに大悟さんは素敵だけど、それにしたって
どうして・・・そう思わずにはいられなかった。
「何て言ったらいいのか・・・。今も、見られてるかもしれないの?」
「わからない・・・もう、頭がおかしくなりそうだよ・・・。信じられないような所に、ポッと現れるんだ・・・」
私は居たたまれなくなった。
「カノンには言わないでくれるね?」
大悟さんは、耐えたような視線で私を見た。
「はい。あのコの性格だったら、そんな理由じゃ絶対あなたと別れないって言うだろうから。その女にかかって行きそうだし。でもそんな事絶対させられないから。大悟さんだって、それが解るからそう決心したんだろうし、大悟さんがどんな思いで、覚悟を決めてそうしたかも私なりに十分理解したつもりだし・・・。
それにたとえカノンが納得したとしても、危険な事に変わりは無いから・・・
私だってカノンを守りたい気持ちは一緒。大悟さんが決めた事に私も従います。」
「ありがとう。あの女なら、本当にカノンを殺しそうだから・・・。」
「同感。でも、何か手立てを考えましょう。大悟さんの事だって、このままに
しておけない・・・。」
「まいったよ。まったく・・・。」
真実は、あまりに不条理なものだった。
私たちは、ただ、ため息をつくしかなかった。




