第五章 苦悩 (1)
「はぁ~」
あおいのため息が聞こえる。今日はこれで何回目だろう・・・悦子は思った。
最近あおいはすごく沈んでいる。
何かあったの?と聞いても、「別に」と作り笑いで答えるだけだった。
近藤と何かあったのかと思い、彼に聞いてみたが心当たりは無いようだ。
こんなにもローテンションで毎日居られると、自分まで何だかしぼんできてしまう。
ほんとなら、いつものように三上との話やなんかを思いっきり聞いて欲しいのに。
さすがにそれは出来ないな、と悦子は思った。
♪♪~仕事中だというのに携帯が鳴った。あおいはカウンターの下に隠れる様にして電話に出た。カノンだった。
「あ、あおい?仕事中にゴメン。今晩空いてる?」
何だか少し声に元気が無い。
「うん、大丈夫だよ。じゃあ、6時にいつものとこでね。」
あおいは電話を切った。
少し嬉しかった。
隼人との事を、ほんとは相談したかったあおいだが、
このところ迷惑ばかり掛けていたので何となく気が引けていた。
親友なのにとあおいも思うのだが、カノンは最近大悟との付き合いが順調で、ここのところはあおいが相談するばっかりになっていた。
いつも愚痴ってるみたいでそんな自分も何となくイヤだった。
カノンのほうから誘ってくれたし、話のネタにちょっと愚痴っちゃおうかな・・・
あおいはカノンの何となく沈んだ声が少し気になったが、すぐに忘れてしまった。
◇ ◇
「あおい、こっちこっち~」
店に入ると、今日もカノンの方が先に来ていた。
「おう!」
私はカノンの方へと歩いていった。
「元気だった?」
カノンが言う。
「まぁね・・・そっちは?」
いつものお約束の会話だったが、今日は何だか違った。
「元気ないよ・・・」
突然、カノンが泣き出した。
「ど、どうしたの?大悟さんとケンカでもしたの?」
私は焦って聞いた。
カノンがこんな風に泣くなんてそうそうあることじゃない。
「うん・・・ケンカっていうか・・・別れてくれって・・・」
涙を拭いながらカノンが言う。
「なんでよー。大悟さん、何だって?もしかして、私のせい?谷口さん、傷付けちゃったから?」
「ちがう、そんなんじゃない。」
「じゃあ何?ちゃんと、話してみ?」
「うん。あいつ、最近なんか様子おかしくって・・・私もちょっと気になってたんだ。
そしたら偶然、あいつが違う女と歩いてるとこ見かけちゃって・・・」
「大悟さんが?あんなにカノンにベタ惚れだったのに?」
「うん、私ね、次の日やんわり問い詰めたんだ・・・そしたら大悟、何もいわず別れてくれって・・・」
カノンはまたしても涙をポロポロとこぼした。
信じられない・・・あの二人がこんな風になるなんて・・・
大悟さんがそんな事するなんて・・・
カノンと大悟さんは、付き合い始めて二年半にもなる。二人はほんとに仲がよくて気があってて、愛し合ってて・・・私はいつも、羨ましいと思っていた。
このまま行けば、間違いなく結婚するだろうとも思っていた。
「はっきりとした理由は?」
「ううん、とにかく俺たちはもうダメだって・・・別れてくれって・・・」
「そんな・・・大悟さんはそんな人じゃないでしょう?」
「私だってそう思いたいよ・・・でも、あいつ、ほんとにそう言ったんだよ・・・」
カノンはもうボロボロだ。
私は何とか力になってあげたいと思った。
「よし、カノン!今日はこのままウチ帰ろう。そいでウチで思う存分泣きなよ。
朝まででも何でも、付き合ったげるから。」
私はカノンを家に連れてきた。一人暮らしの1LDK。ごく普通のマンション。
私達はビールやらお菓子やらをたくさん買い込んだ。
もちろん私は飲めないけど、今日はカノンにはいっぱい飲ませてあげたかった。
私達はパジャマに着替えた。
「やっぱこれっしょー。まずはリラックス。」
私はおどけて見せた。カノンはクスッと笑った。
「なーんでこんな事になっちゃったんだろ・・・」
カノンはまた泣き出した。
「そーだね・・・でもなんか、ほんとに信じられない。ゴメンね、こんな言い方して。」
「うん、いいよ・・・」
「でもやっぱ何かあるんじゃない?その女に弱みを握られてるとかさ。」
「弱みねえ・・・そうなのかな・・・」
「まぁ弱みって言うのは大げさだろうけど・・・何かはあるんじゃない?
何となくなんだけど、そんな気がする。だってあの大悟さんがカノンに何も言わずに別れてくれだなんて・・・信じられない。あの人はそーいう人じゃないでしょ。
例えカノンの事好きじゃなくなったとしたって、それならそれできちんと説明するでしょ?そーいう人だったじゃん、大悟さんて。」
そう、彼は誠実を、絵に描いたような人だった。
「そうだっけ・・・なんかもう、わかんなくなっちゃったよ・・・」
カノンはビールをゴクゴク飲んでいる。
「私、今日は酔っ払っちゃうよ。あおい、介抱してくれる?こんな私でも、キライになんない?」
「なるわけないじゃん。オオイに飲め!私は何があったって絶対カノンを裏切ったりしないから。つらい時はこうやって、励ましあってきたじゃん!」
「うん・・・あおい、ありがと・・」
カノンはまた泣いた。
そうだよ、今日はもう、涙がかれるまで、いっぱい泣いちゃえ・・・
「あーあ、女ってさ、男が居ないと、生きていけないのかなあ。」
遠くを見つめながら、カノンが言った。
「そーだね・・・みんな寂しいからね・・・世の中所詮、男と女しか居ないんだし・・・」
「この歳で男に捨てられるってけっこうキツイね。」
「うーん・・・」
「男なんて居なくても生きていけるように、強くなりたい。」
「そーだね・・・」
「あたし、マジだったんだよ、あおい。」
「そんなの知ってるよ。」
「マジで、この人とだったら結婚したいって思ってた・・・そうなるだろうって・・・」
私だって思ってたよ・・・でも、今は口には出さない。
「なのに、なのにぃ・・・」
カノンの姿を見ていたら、私まで悲しくなってきた。
「何であおいまで泣くのぉ・・・」
「なんでだろ?私まで酔っちゃったかなあ。」
「ウーロン茶しか飲んでないくせにぃ・・・」
私達は二人で泣いた。こんな会話からも、気持ちの真意は読み取れる。
お互い、あえて口にはしない。でも、私達は解り合っている。
いつもこうして支えあってきた。それは安っぽい同情なんかじゃない。
もっと深くて、純粋な絆で結ばれている。
だから、本当にお互いの心が解るから、その痛みまで我が事のように感じるのだ。
お互いの幸せを、心から望んでいたし。
・・・・・。
しかしどう考えても腑に落ちない大悟の行動・・・。
考えれば考えるほど何か引っかかるものがある。
私は出過ぎた真似だと解っていたけど、大悟さんを訪ねる決心をした。




