第四章 すれ違う心 (3)
二人はあの日のレストランに来ていた。支配人が、ちょっと意外だという顔をして、二人を席に案内した。
イヤなこと思い出しちゃうじゃない・・・あおいは思った。
だけど、今日の隼人はあの時と同じ場所には居るけれど、あの時とはまるで違う。
注文を終えた後、隼人は切り出した。
「あの日はほんとゴメン。俺、すごく失礼な事ばっかり言って、あん・・・君を傷付けてしまって・・・。後悔したんだ、
すごく。」
彼の瞳からは誠意がうかがえる。
「うん・・・」
だまってうつむく。
「俺、ちょっとイヤなことあってさ・・・ムシャクシャしてて君に当たっちまった。どうかしてたんだ。」
彼が独特の甘い声で言う。
あおいは戸惑った。言われた言葉はすごく嬉しい。
だけど、どっちの彼が本当の彼なのか、少しわからなくなっていた。
さんざん傷つけられたあおいは、今の隼人の言葉を簡単に信じちゃいけないような気もしていた。
ほんとは何より、信じたかったけど。
心から謝ってくれてると思いたかったし、偽りのない彼の正直な気持ちと、受け止めたかった。
だって、あの日、助けてくれた彼には、本当に感謝していたから。
今日の彼は、やっぱりあの出逢った夜の彼だ・・・
隼人を見ていて、あおいはそう判断した。
わざわざ謝りに来てくれたんだもんね・・・。
「いいえ。私の方こそ、言い過ぎちゃった。ごめんなさい。」
彼を見ていたら、何だか自分まで素直になってしまう。
「許してもらえる?」
隼人は不安そうにあおいの顔を覗き込んだ。
「うん、もういい。」
彼女はそう言って、静かに微笑んだ。隼人はホッとした。
胸のつかえが一気に取れた。
コイツが本当はどんな女かなんて解らないけど、とりあえず、あの日自分がやっちまった事は、これでケリがついた・・・
隼人は晴れやかな気持ちになった。
「だけどよっぽどイヤな事があったのね。あなたの言葉通りだとすると。」
あおいは屈託なく笑った。その笑顔があまりに綺麗で、
隼人は一瞬釘付けになった。そして、そんな自分に自己嫌悪。
女なんて所詮・・・
でも、このあおいという女性には、今まで隼人が関わってきた女性には感じた事のない、不思議な連帯感のような・・・自分と似たような何かを感じた。
彼女の瞳の奥は、あまりに深い気がする。
あの日、土手で思わず見とれてしまった彼女の悲しげな表情──
隼人はあの表情を思い出すと、自分の行動とは裏腹に、胸を締め付けられるような感じと、怒りにも似た感情に包まれた。
だけど今日の彼女はそんな事は微塵も感じさせない。
穏やかに微笑んでいる。
そんな彼女の瞳に、吸い寄せられる様な錯覚にも陥ってしまうけれど、隼人はそんな気持ちを振り払いたかった。
女なんて所詮・・・
隼人がボ-ッとそんなことを考えていると、あおいが隼人を覗き込んで
首をかしげている。
「大丈夫?また怒らせちゃった?」
その顔は不安の色をたたえている。
「え?いやいや、そんな事ないよ。そっ、すごくイヤな事あったの。」
隼人は気持ちを切り替えて、ニッコリと微笑んだ。
「ふーん、もしかして、フラれたとか?」
彼女の気さくな雰囲気に、悪気は無さそうだ。
「そう、その通り。思いっきりフラれちまったの。」
「あっ、ごめん・・・」
すごくバツが悪そうだ。
「いいよ。もう終わった事だし。二年も付き合ってたのに、半年も二股かけられて挙句の果てに俺はツマンナイ男だから、そっちに行くって、行っちまった。
俺、全然気付かなかったの。結構笑えるでしょ?」
何でこんな事話してるんだろう、俺・・・。そう思いながらも、隼人は言っていた。
罪悪感から開放されて、気持ちが緩んでいたのかもしれない。
「そう・・・それはご愁傷様ね・・・」
あおいは軽く微笑んだ。谷口を振った自分に、胸がチクリと痛んだ。
あの人もこんな風に、耐えているんだろうか・・・
「でも、ひどい話ね、二股なんて。」
自分だって好きでもない男とは付き合ったりはしたけど、二股だけはした事はない。それだけはしないと心に決めていた。
そこまで不誠実な人間にだけは、なりたくないと思っていた。
「そうだろ?すんごくまじめなコだって思ってたんだよ。
だけど最後に豹変した。
俺ってすっかりダマされてたの。ったく女ってのは・・・」
そこまで言って隼人はハッとした。この間も、そんな風な事を言ってあおいを傷付けてしまったんだ。
「そうね・・・」
あおいはこの前言われた事が一瞬頭をかすめたけど、すぐに打ち消した。
ひどい話だ。そんな事があったなら、女の人を憎んだって仕方ないかもしれない。
「でも女だって、そんな人ばかりじゃないわよ。本当にまじめでいいコだっていっぱい居るわよ。」
彼女の優しい表情に、隼人はホッとした。気にしては、いないようだ。
「そうだといいけどね・・・。俺はあんまりそういう女に会った事ない。」
「それはきっとあなたに見る目がなかったのかもね。」
あおいが軽くウインクした。
この女、けっこう言ってる事はキツイよな・・・
でも、不思議と腹は立たなかった。




