付話1 空気の流れと冷たさと
ホラー?
つくづく私は日を追うごとに執念深くなるのがわかっておりました。人というものがいつまで経ってもわからないばかりに、そのようになった次第でございます。幼少のころから優しい父母に批判の応酬は何も生まないと教わってまいりましたが、やはり私を見まして批判し、嘲笑してくる人間が好きになれませんし、理解できませんでした。どうしても私にはそういう人間たちだけが生き残ってしまうような印象がございまして、私もやはり生きたいのですが、一方的に好き勝手な陰口ばかり聞いておりますとやはり自分の存在を飛び越えて、人というものが汚く見えるものでございます。
いつもひとりでさびしゅうて仕方がありませんでした。この田舎の土地で何の由緒もない貧民の家でありますばかりに、幼少のころからよくいじめられておりました。それでも畑仕事をしながら食いつないでおりましたが父も病死に母も病死し、その後ひとりぼっちで何十年もそう続きますとやはりこれはわがままというものでしょうが、周りの人間だけが幸せになるのが許せないものでございます。せめて彼らが不幸になってくれればと思う日々が続きました。
そんな私にも幸せは突然訪れました。土地の若者が私の畑仕事を見まして真面目だということで好きになってくれ、結婚することになったのです。それが私の主人で、土地の長者の次男でございますので、それなりに裕福な家のものでした。何分私は貧乏な家の出なので特に田舎ではとかく噂が立ちます。世間様はとかく妬み深いし、自分の利害に関係ないものは好き勝手に噂話をしますし、ようやく幸せを手にした私を金が狙いだなどと、悪く言うものばかりでございました。それでも主人は私を大事にしてくれたものでございます。
廊下の窓を開けると風が通るわけで、それは当然のことではあるが、居間に降りてくつろいでいるとその風の音が聞こえるのは安心するものだし、なんか気分が良いし、それがなんでもないことなんだが、ふと気になることがあって、時々叫び声のように聞こえることがあるのはなぜなんだろうかと廊下に出ては確認しているわけで、そんな自分がわずらわしく思っている。
舅は私と主人の結婚に反対でした。やはり土地の噂はいつまでも降りかかってくるものでございます。舅も世間付き合いをしておりますとやはり土地のものは幼少の頃から私をよく言いませんので気分が悪かったのでございましょう。私に対して口は悪いし、いじわるをしてばかり、それでも私一人で暮らす能力もありませんし、身寄りのない私を置いてくれるのならばと頑張ってきましたし、何よりも主人がいましたから。それでも閉じられた家で世間に隠すようにいびるのには耐え切れず、泣いて謝り、それでも火鉢を投げるやら仕打ちをするものですから、よく雑巾がけをしながら舅の悪口を言い呪詛していました。今この家の雰囲気が寒いのはそのせいでございましょうか。もしそうなら申し訳ないことでございます。
ある日の朝、例によって、廊下の空気が淀んでいるので窓を開け、無風の状態だったのもあって、その日はそのまま開けたことを忘れてしまっていたが、夜が更けた頃に風の音がしたのでそうだったと思い出し、窓を閉め、すっかり夜気が占めた廊下の寒気を感じながら、くしゃみが止まらなくなって仕方がなかった。
主人と結婚しまして、それからしばらくしても子供が生まれず、舅の仕打ちは悪くなる一方でございました。ある日、風邪を引いて体調が悪かったのでしたが、舅にまたいびられるのが怖くて何も言えず、我慢して舅と一緒に山へ枯れ木を拾いに行ったのです。食事を作るのに必要なため、仕方ありません。それでも何とか枯れ木を拾い終え、帰り道でございました。背負った籠は枯れ木で一杯です。その重さが背中から私を苦しめます。私が先で、舅が後を歩いておりました。体調がよくないために余計に苦しく、籠は重くてたまりませんでした。風が吹いたのでしょうか、私は歩くのがやっとでそれすらもわかりませんでしたが、背中の籠に横へ力が加わって大きく傾きました。それでも私は支えようとしましたがさらに力が加わったと感じまして、そのまま体ごと道の脇の湿地に倒れてしまったのです。そして、湿地ですので、私の着物は泥だらけ、薪も泥水に浸かってしまい、舅は私に罵声を浴びせるのでございます。私の方は謝罪の言葉を繰り返し、それでも舅の怒りは収まらず、また戻って拾って来いというのです。
廊下に枯れ木の枝が落ちていると、先日も落ちていたことを思い出し、なぜだかわからないのだが悪寒が走り、咄嗟に元妻の顔を思い浮かべ、死人を思い浮かべたところで生き返るわけでもなく、今更どうしよもなく、やはり今の妻を思ってほっとしているし、開いた窓からその枯れ木を投げ捨てた。
私は堪忍してくださいと何度も舅に懇願しましたが、舅は拾ってこいと、家に入れないと、許しませんで、そのままひとりで帰ってしまったのです。私は仕方なしに身を起こして、なんとか湿地から抜け出しました。秋の終わりで肌寒い季節でございました。そのとき、夕日が傾きかけており、しかも私は風邪で震えが止まりませんし、くしゃみはひっきりなしに続きますし、湿地に落ちたせいで服はびしょ濡れで、それでもまた引き返して拾いに行きました。意識は朦朧としていて、それでもやっと枯れ木を拾い終え、なんとか帰り道を歩いておりましたが、その後の記憶はございませんでした。
今思うと先妻の死は突然だったし、その頃は酷く悲しんだものだったが、先妻の葬式を終え、すぐに母様に勧められて新しい妻を迎え、舅がそれを見届けてからすぐに他界したが、ようやく落ち着ついた気持ちで、しかし、先妻に何もしてやれなかったことも悔やまれ、また、母様が追うように死んで少し気になるが、別にあれから数年が過ぎ何事もなく、春には子供が生まれるし幸せであることに胸を撫で下ろす。
どうやら私は死んだようでございます。いつ死んだのかわかりませんが、私の葬式が執り行われ、舅は世間様にはそれでも私を良い嫁だったと言ってくれ、私は複雑な気分でございましたが、どうであれ感謝致しました。その後、主人は厚く私を供養してくれて主人の愛に感謝の言葉も出ないほど感激しました。主人は舅の勧めですぐに再婚したのは残念でもあり、残された主人のことを思いますと喜ばしくもあり、後妻となったお方は良い方のようでございましてほっとした次第です。その後、すぐに舅が亡くなりました。山へ枯れ木を採りに行っていた舅が何か叫びながら帰ってきて、その日のうちに息を引き取ったそうです。
というのも、私は申し上げましたとおりすでに死んでいまして、そのとき家にはおりませんでした。舅の葬式の日、主人と後妻の話を聞いたわけです。なんでも急に突風が吹いたとか、道で転んだとか、私が出たとか意味不明のことを申しておりましたようで、突風は起こるものですし、誰でも転ぶものですし、断じて私はそこにはいませんでしたし、舅は私になんらかの負い目を感じていたのでしょう。主人は舅を厚く供養しましたが、どうも家から気配が消えないようでございます。拙い言葉でたどたどしく語ってまいりましたが私の人生はそのようなものでしたが、あんな死に方をした舅には哀れに感じても、もはや詫び言もございません。
先妻のことや母様のことをまた思い出す自分がわずらわしくて、ふと気がついたが、タバコをの煙は居間から廊下へ流れていて、いつも冷気は逆にそちらから常に入ってきていて、空気の流れと冷たさは関係ないものだな、と気づき、一瞬体を震わせた。
あと二、三話掲載して終了です。




