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第七話 旅館にて待ち合わせ

またホラー?

「すいません。先輩、旅館の名前なんでしたっけ?」

 そんな携帯電話を受けたのはおれがちょうど、チェックインを済ませ、部屋で一息ついていたときだった。

 先日、東京で十年ぶりに大学の後輩に再会した。あまり親しくはなく大学を卒業してからは連絡もしていなかったが、嫌いじゃない奴だったし、何かの巡り合わせと思い、ちょうど休暇で温泉に行くので、その後輩を誘ったのだ。会話をしているうちにお互い独身の身だとわかって、後輩も寂しさと懐かしさを抱いたのか、了承した。そして、おれはその当日、早めに旅館に着いていた。仕事で五年前にきたときと全く様子が変わっていなくて、当時の落ち着いた雰囲気を再び浸って安堵していた。

「なんだ、こないだ紙に書いて渡したろ」

「いや、お互い仕事中で時間がなかったではないですか。急いで書いていたでしょう。字が読めないですよ」

「そうだったな。如月旅館だ。ほかに住所とか読めるか」

「はい、大丈夫です。旅館で待っていてください」

「お前今、どこにいんだ?」

「上野です」

「まだ、そんなところにいるのか。おれはもう着いてるぞ」

「すいません。仕事が長引いてしまって、でも、上野から温泉駅まで二時間ちょっとですので、くつろいでいてください」

「ああ、いいよ。待っているから」

 昔はもっと活発な奴だったが、ずいぶんと落ち着いた印象だった。むしろ静かすぎるのが少し気にかかるが、言葉使いも丁寧になっているのだから、そう聞こえるのも無理はない。

もうお昼過ぎだから、四時過ぎ頃に来るだろうと電話を切り、少し横になってうとうとしていたら、また電話がかかってきた。

「もうすぐ電車が温泉駅に着きます」

「あれ、もうそんな時間か?」

「寝ていたのですか?申し訳ありません。着いてから起こせば良かったですね」

「いや、いいよ、待ってるから」

「はい、それじゃ」

 それから、一時間待ちました。あまりにも遅すぎる。何してるのか、と訝りましたが再び後輩から電話がかかっていました。

「どこにいるんだよ?」

「すいません。住所通りに行ったつもりなのですが、道に迷ってしまったようです。近くまで来ていると思うのですが」

「しょうがねえな。どこにいんの?」

「歴史館のところです」

「なんだぁ?そんなところに、まるっきり反対だよ。えらい方向音痴だ。駅まで戻って」

「すいません。駅まで戻ったら、誰かに聞いてみます」

「大丈夫か、迎えに行こうか?」

「いえ、それには及びません。……必ず行きますから」

「そうか」

 妙に気弱な口調にちょっと肌寒く感じるのはなぜなのか、と思いつつも待つことにしました。いくら待っても着かないような気がする。部屋の窓から見える外はもう暗くなっている。わかるのは街灯らしきものがなく、月も出ていないということぐらいだ。様子がわかりません。なんか妙に静かだ。

 そして、段々後輩が近づいているとは思うが、なんか妙な胸騒ぎがする。

思えば彼に会ったのも妙なものだった。その日、本郷界隈の取引先を回っていたおれは場所を勘違いして、谷中の墓地を横切らないと取引先に行けないことに気づき、そのとおり墓地の中を通っていた。すると目の前からその後輩が歩いてきて、そのままお互いすれ違ったが、ふと おれは彼の顔から昔を思い出して、彼に声をかけたのだ。そして、彼も覚えていて、場所が場所だったが、昼間だったし、彼もちゃんとスーツを着ていたから、その時は不信には思わなかった。

 今にして思えば奇妙だ。いくら偶然とはいえ、東京の霊園の中で十年ぶりに会うなんて気持ち悪い。彼は医療機器の営業で回っていると言ったが、声のトーンは低くちょっとしゃがれていて、営業というタイプには見えなかった。まあ、どこかの社長の息子で物腰はやわらかかったが、もっと溌剌としていたような気がする。その時はおれも仕事だったし、懐かしさもあってあまり気にしなかったのだ。そう思ったとき、何か得体の知れない震えを感じた。

 それからまた暫くして、携帯電話が鳴った。

「おい、いつになったら着くんだよ」

「すいません。先輩、今着きました。本当にあるのか心配しました」

「あるに決まってるよ。そうか。着いたか。連れが後から来るっていってあるから、フロントでオレの部屋を教えてもらって、上がってこいよ」

「はい、わかりました」

 怖気づいた自分が馬鹿だと思って、苦笑した。そして、歩き疲れたろうから、お茶を入れてやろうと準備し、タバコをふかしながら待つこと、どれくらい経ったろうか。しかし、彼はいつまで経っても来ない。

 おれは嫌な感じがするのを抑えていた。

 彼はもしかして死んでいるのではないか、となぜかそんなとっぴな気持ちがした。本当に彼は生きていてこの部屋に来るのか、そんな疑問が浮かび、いや彼はたぶん生きているし彼は来ていると肯定し、だったら、彼は徐々に近づいているがおれは本当に彼を待っていていいのか、と寒気を感じながらも、そんなものは理性が否定する。

そして、また携帯電話が鳴った。おれは手が震えて、着信者の名前を見るとやはり彼だ。まあ、当たり前だが、彼は旅館にも着いている。バカバカしいと思って、震える手を強引に耳元に持って聞きました。

「なんだ?どうした?」

「どうしたのですか?先輩声が震えていますよ、なんか怖いですよ」

 それはこっちの方だ。妙に彼の声は引きつった笑いを含ませている。

「なんだよ?まさか旅館の中で迷ったんじゃないだろうな?」

「迷ってないですよ」

「早く上がってこいよ」

「なんか先輩の声、怖いな、行きたくない感じです」

「なに言ってんだよ。旅館に着いたんだろ」

「先輩、行きたいと思っても、偽名使っていたらわからないじゃないですか、戒名じゃあるまいし」

 いやに例えが悪くて、気味が悪い。彼は妙にしゃがれた声を出して言うのだが、おれは理性でもって答えた。

「本名でチェックインしているよ」

「あっ、そうですか?でも、ないんですよ。何度もフロントで確認したんですから。すいません。先輩、フロアーに降りてきてくださいよ」

 彼の声はこの世のものとも思えず、そんなはずないじゃないかと確かめるためおれは返事もしないで、そのまま部屋を出て階段を降りていきました。このまま行っていいのかという疑問を打ち消すように足早にフロアーに降りた。

 そこは、やはり今日チェックインした旅館のフロアーでした。何もおかしい様子はない。照明も点いており、でも、明るいのだが、誰もいない。他の客や旅館の連中もいない。もちろん後輩の姿なんてどこにもない。

 片手に持っていた携帯電話から、彼の声が呼びかけている。ゆっくりと携帯を耳に着ける。

「……先輩、聞こえますか?」

「ああ、どこにいるんだよ?」

「先輩、確認したいのですが?」

「なんだよ?」

「……先輩、足ありますよね?」

「当たり前だろう?おれはフロアーにいるぞ」

「そうですよね。そうですよね、どこかにいるのに、私は見えないんですよね。もう一度、旅館の名前、確認します。如月旅館でいいのですよね?」

「そうだよ、この温泉街には一軒しかないんだから……」

「そうですよね……、私も今フロアーに立っているのですが、寒気ばかりして先輩見つけられないんですよ、鳥肌が治まんないんですよ」

「なんだー?いいから隠れていないで出てこいよ。おれは一週間前にお前の分の予約を追加したんだから」

「そうですよね」

「……おまえ本当に生きてんだろうな?」

「生きてますよ。ちょっと旅館の人に再度聞いたのですが、三日前に先輩のお母様からキャンセルの電話があったってこと知ってました?」

「そんな馬鹿な、おれは世田谷で一人暮らしだし、なぜ母ちゃんが?」

「ええ、そうですよね。そうですよね、私怖いんですよね、旅館の人も理由は聞いていないんですが、お母様が涙声だったらしいんですよ。なんか嫌な予感するんですよね。私怖いんですよね……今先輩と話しているのが……本当に生きていますよね?」

「何を……」

 急に自信がなくなったおれは言葉が萎んでしまった。携帯電話を手からすべり落としてしまったが……フロアーの正面の玄関を見つめていた。外は真っ暗なんだが、妙にそこは墓地がありそうで、怖くてしょうがなく……。

 でも確認するしかないだろう、と立ちすくんでいた。





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