付話2 かいだん三話
昨日間違えて掲載しました。読んでくれた数人の方、お詫びします。
1 石仏の数
ありきたりな話をありきたりに語りましょう。
いつ頃誰に彫られたのかも知られていないものです。ただ現在生きている人間が生まれるよりもずっと昔に彫られたものというだけ。神仏習合の信仰の山にありますが全国的にはあまり知られていません。これから話す三十三観音は細い山道の途中に座っていて、あるいは立っていて、昔はそこを通って山神様のお宮に行っていたのですが、今では山裾に舗装道路が出来て、ハイキングの人が通るくらいで地元の人でもあまり通らない場所になっていました。
ある日、知人がハイキングでそこを通って山神様のお参りしたあと、帰りにそこに立ち寄ったそうです。知人が話しはじめました。
山にはまだ陽が射していて、高く伸びた木々の間からその日の残り香を漂わせていたと知人は詩的に言っていました。山の中だし、夕方だったから辺りは静かだったとも言って僕の恐怖をあおろうとしていました。
実に淋しげな様子で石仏たちはその知人を迎えたそうですが、大小さまざまの石仏たちは何も言わず微笑んでいたそうで、本当はどちらなのだろうと思いましたが聞いていました。知人は結局岩の上や岩に刻まれた石仏たちは至ってごく普通だったと事実を述べました。
知人は暗くなる前に降りなければ急いでいたので、三十三観音をそのまま通り過ぎようとしたが、ふと気になって立ち止まり眺め、手を合わせ一礼したそうです。たぶんそれは物語るのに必要なもっともそうな脚色ですが、僕は黙って聞いていました。そして、知人は何を思ったか、石仏を数えていったと言います。そして、石仏は二十二体だなと確認しました。立てかけられている看板には三十三観音と書いてあり、それしかないことに不満を覚え降りていったと、さも憤りを覚えたとでもいうような表情で語りました。別に知人の誇張なのでかまいませんが黙って聞いてました。
そしてその日は無事に家に着き、家の祖父に「誰が三十三観音って言い始めたんだろう」と話したそうで、知人の祖父は笑って、「そうした方が聞こえがいいからな、昔はただの石仏と言っていた。このあたりの人は死ぬと山上様のところに行き、たまに生きている人間を見かけるといたずらしていたというが……」と答えたそうです。
すると理屈っぽい知人でしたから、「二十二体しかないじゃない」とでも言ったのでしょう。事実そのようなことを祖父に語ったそうです。
「おまえ、数え間違えたな。あそこは二十三体の石仏がある」
「えー、そんなはずないよ」
「いや、何度も行っているから間違えない。まあ、山に登った亡くなった人がいたずらしたか、狐にでも馬鹿にされたのかもな。おれが死んだらお前にいたずらしてやろう」
と祖父は笑っていたとのことです。年老いたとはいえ、しっかりした祖父だから自分が数え間違えしたんだと思って、そのとき知人は寝たそうです。そして、祖父が何年かして他界した後、またしばらくして三十三観音を通ったと、いよいよ話の落ちを語り始めました。その日は行きに二十三体あるのを数えて、帰りやはり数えたそうです。その時、いくら数えても二十二体しかなくて、知人は寒気を覚えて足早に降りていったとさも怖そうに言いました。
それが事実なら怖いに違いありません。
僕はもし行っても石仏を数えたくありません。ただ、知人は話を誇張して面白くそれらしく語るくせがあるのですが、そう語った知人の祖父はまだ元気に生きています。
2 正面を向く猫
なんの経緯か忘れたが知人の家に招かれて酒を飲んでいた。というのも、お互い酔いが回っている。辛うじて呂律は回っているが、この分では家に帰れるかどうかもわからない。
知人はその頃独身で古い借家で猫を飼っていた。知人は酒も入ってご満悦で生活の合間に撮影した猫の写真を何枚も見せてくれていた。動物の写真が癒しだともてはやされているし、至るところで見かけるご時勢、私もたまに見かけて微笑んでいる。ただ猫はかわいいもので、きれいにプリントされたものが小冊子のように整えられ、知人のマメさが伝わってくるものだがあまりの量に辟易しながらも、せっかく知人がうれしそうにしているのだからと、適当に相槌を入れながら合わせていた。
「かわいいだろ」
「三毛だね。うちの近所をうろつく猫はこんなにかわいくない。顔相が悪い」
「猫相やね」
知人は酒に酔って上機嫌で笑っている。
「どこで手に入れたの?」
「海で拾ってきた」
「名前呼んでシャッター押すんだね」
というのも、写真の猫は全部正面を向いている。温和そうな人柄だから、猫を呼びながらシャッターを押している姿が容易に想起した。
「いや、そんなことはないよ」
酔っ払っているので自分の言っていることを理解しているのかしていないのか、よくわからない口調だ。
「だって、みんなお前見ているだろう」
「そういえば、みんなそうだな。……おっ、帰ってきた」
首を傾けながら知人は何か言おうとしたが、猫が玄関脇の猫窓から入ってきて喜んだ。かわいげに一声鳴いて、知人に擦り寄る。しばらく知人に撫でられていた猫はテレビの前に行き、猫座りをする。正直、かわいすぎて怖いくらいだ。
おもむろに知人は携帯を取り出して、カメラ機能にした。
「こうやって、いつも撮るんだ」
シャッターを押した知人は見せる。その撮った写真をパソコンに取り込んで印刷しているのだ。
携帯を受け取り、画像を見る。猫は主人を見て、座っていた。
「何歳ぐらいになるの?」
「拾ってきてもう五年近くだよ」
不信に思った。経験上それだけ生きている猫は毛並みがざらざらしているのだが毛並みはやわらかくみずみずしいし、写真では普通の猫と思ったが、実物を見てみると小さくて、数ヶ月前後の大きさに思われた。
それでも気にせず、「おれにもやらせてくれ」と言って、猫に焦点を合わせる。部屋に蛾が入っていて、猫はそちらのほうを向いている。
シャッターを押す。保存をクリックし、しばらくて現れた画像を確認する。
画面の猫はこちらを見ている。なぜか鳥肌が立つが、正直かわいい。
3 部屋の掃除
数年前の話です。都内から失業して帰ってきたとき、叔母の家に身を寄せました。ひとりで住んでいるので汚かったのを覚えています。猫を何匹も飼っているせいで玄関から入ると鼻を突くような猫のオシッコの匂いがしました。家の中は新聞紙とダンボールが至る部屋に敷き詰められていました。私は叔母が用意してくれたひとつの部屋を自分の部屋として使うことにしていました。バック片手に叔母の家に着いた私は夕暮れ時でしたが、すぐに寝ようと部屋の扉を開けます。正面の窓側にベッドが置いてあるのですが、丸まって寝ている猫がいました。疲れているときは脳が誤作動を起こして変なところに神経プラグに繋がり、幻覚を見やすくなるのは知っていました。そのとき、一瞬でしたがやはり幻で、何もいませんでした。とにかく疲れてましたから。
叔母が掃除してくれていたせいか、新聞も片付けられ幾分きれいなのですが、やはり猫の気配がする部屋です。オシッコの匂いもするし、オシッコが部屋の壁や柱などにかけられた跡がそのまま残っています。
気分も滅入っていましたので、すぐ寝ました。それ以来、猫との同居が始まったわけです。後から入ってきた人間としては悪いなと思いつつ、そのうち不快に思って追い出してやると決意していましたが、そのうち、慣れてきてどうでもいい感じで過ごすようになりました。いろんな猫がドアを閉めていても、猫にしては器用に開けて入ってくるもので、どうでもいいので寝てます。うるさく壁を引っかいたりする日もあり、押入れの中で何かやっているときがありますので寝ぼけながら時々起きましたが、どうでもいいので寝てます。まったく何をしているのか、押入れの上の納戸でうるさく音がすることもありましたが寝てます。
そんな状況のせいか眠りはいつも浅く、私が息苦しくなって起きるときは猫がお腹に載っている場合もあり、一瞬そう感じて目を開けていないときもありました。
叔母は生き物を大切にし、家で蜘蛛を見つけたらなるべく生きたまま掴んで外に放しますし、猫が小鳥を咥えてきたら猫を叱ってとりあげ、もう遅くて小鳥は息絶えているのですが猫が掘り返さないように入念に土に埋めてきます。まあ、たまに翌日埋めようとしたのか忘れていてティッシュに包まれた腐った小鳥が、下駄箱やらから出てきますが。そうした動物愛護の心持ちがあり、家で飼っている犬も、山で誰かが散歩していたものを可愛がっているうち少し犬を預けられ、散歩をしていたそうです。そのうちにその預けた人間がどこかに消えてしまって、もちろん犬を捨てにきた人間から預かったのは察しがつきますが、結局その犬を飼う羽目に陥っていますし、山で何匹か猫も捨てられていると餌を時々やりに行き、死んだり誰かに拾われたりしてだんだん猫の数が減っていき、近所に迷惑がかかるから拾わないつもりでいたけど最後に残ったブサイクな猫を家で飼っているときもあります。そんなことすれば猫が増えていくかというとそうではなくて、近所との兼ね合いもありまして不妊手術はしますし、猫も好き嫌いがあるのでそのうち追い立てられた猫はいなくなりますし、放し飼いの犬が猫を殺しますし、その他病気などで猫は死にますし、バランスは取れるわけです。それでも私はやりすぎだと思うわけでときどき文句を言いますが、半分野良の猫が死にそうになると家から出さないで死ぬまで見守るなんてことは返って可哀想に思えるわけですが、何匹かはやはり家で死に山に返しました。ですから、家に何かいてもおかしくはないのですが、わからないものを詮索しているのもあほらしく気にもせず生活しています。
たまに押入れを開けると一瞬猫の幻を見ます。でも何日かかけて少しずつ部屋をきれいにしていき、気分がよくなりそういうこともなくなりました。
押入れの上の納戸は戸を開けて何も入っていないのがわかりましたので、そのままにしておいたのですが、でも、ある日妙に気になって、押入れに手と足をかけ上がって見たのです。すると、小鳥の骨やら糞やら羽やらが散乱していて、驚きました。下から見ると別に上の板しか見えなかったのできれいだと思い込んでいたのです。
少し天井裏に通じる板が開いていてからでしょう。小鳥が自らそこに来て死ぬとは思えず、たぶん蛇か、近くのカラスが入ってきたのでしょうが、今思うと毎日それで夜中うるさかったわけです。寝ている間そんなところで殺し合いをやっている状態になっていたと思うとものすごく怖かったです。
念入りに掃除していました。
次回、最終話です。




