第一話 シロ
飼い猫が家に戻ってきたときの話
私は二階建ての普通の家に居候の身。その二階のひとつの部屋で寝起きしている。その八畳の部屋の中から見た出入口の位置関係を述べる。出入口は三箇所、ガラス戸はベランダに抜ける。家の中央部にある敷戸は廊下に抜ける。普段利用する一枚戸は階段から上がり左手にある。部屋の中には入り口付近にコタツと、本棚が二つあるが、今から述べる話とは関係がない。むしろ必要なのは私が寝るベッドと押入れだ。ベッドは南側の窓際にある。押入れは北側で一枚戸と敷戸の間にある。
それでは話に入ろう。家ではネコを飼っている。俗にいうペットだが、半分野生の放し飼い状態で玄関の脇にあるネコ用小窓から自由に出入りしている。一匹は灰色と黒のボスネコ、二匹目は真っ白なネコ。三匹目はしっぽが折れている三毛ネコ。この三匹は家の中で主に寝る。その他、叔母が玄関の外に餌をいつも置くので、家の周辺には野良猫が五匹ぐらいうろついているが、かわいそうだが大抵はボスネコに見つかり、追い掛け回されている。
さて、そのネコの中の一匹真っ白のネコ、仮にシロという名にしておこう。というのも、ネコに名前は付けていない。いつもからだの色で呼んでいる。シロは雄ネコだがきれいな毛並みをしていて、その白さが好きで私はかわいがっていた。ネコに気品というのも変だが動きが優雅でちょっとそこらのネコとは違う感じがした。
シロは気まぐれさはネコそのもので、夜寝るところはその日によって違う。たまに私がベッドで寝ているとその上に乗っかっていて、息苦しさを感じて目を開けると丸くなってすやすや眠っていることもあった。
そのシロの姿がある日、見えなくなった。ネコの気持ちなどわからないけれど、雄ネコはサカリがつくと鳴きながらうろうろし、たまに外に出たまま帰ってこないが一週間ほどすると何事もなく家に戻ってくる。
今まで家に寄り付いていたネコたちの中には帰ってこないままのネコもいる。帰ってこないネコは、いつもボスネコに追いかけられていたオスネコか、十数年も生きていた化け猫に近いネコだ。
そのシロはなぜか同じ雄ネコなのにボスネコに追いかけられなかったし、二、三歳の若いネコだから動物を異常に可愛がる叔母の心配をよそに、そのうち帰ってくるだろうと私は思っていた。
案の定、数日後、私が二階の自分の部屋で眠っていると、シロは帰ってきた。
その日の夜、眠っていた私は嫌な夢を見た。水中で溺れている夢だったが、息継ぎが出来なくて苦しんでいるそんな夢だった。原因は目を開けてわかった。シロが仰向けに寝ていた私の腹部あたりに丸まって寝ていたのだ。すぐシロを身体の脇によけて寝てしまって、翌朝目を覚ますとシロはいなかった。
それからシロは毎晩、気がつくと私のお腹の上に載っていた。いつも溺れる夢を見て起きるとそれなのだ。昼間いないのはなぜかな、と不思議に思っていたが別段気にするほどでもなかった。
ある日、ふとシロはどこから部屋に入ってくるのだろうと疑問が浮かんで、気になった。私の寝る部屋はネコがオシッコをするために、日中は戸を閉めていている。私が部屋にいないときはネコを入れないためだ。部屋の三箇所の戸は眠るときも閉めているし、朝起きてもちゃんと閉まっていたはず。実はこの辺はあまり自信がないので、開いていたのかもしれない。
それから数日後の夜も、私はやはり溺れている嫌な夢を見ていたが、咄嗟に上半身を起こした。ただ月明かりが薄らと部屋の中を照らして、妙に部屋の空気が澄んでいた。
出入口はずべて閉まっている。しかし、奥の押入れが少し開いていた。閉めてあったはずだが、ちゃんと閉めていた確証はない。ネコがちょうど通れるくらいの隙間で、中は暗くて見えない。シロがどこから来るか私は一瞬にして理解した。
そして、シロは押入れの闇から姿を現した。何事もなくシロは歩いてくる。本当に優雅で、月明かりがシロをより、まっさらに浮かび上がらせていた。
やがて、シロはベッドの手前まで来ると後ろ足を交互にあげて、震わした。それはよくネコが雨の日、外から帰ってきて、水滴をとるためにやる仕草だ。そのあと、全身を舌で舐めてかわかすのだ。
押入れには古い布団しか入っていないはずで、水気を含んだものなんて置いてあるはずもない。しかし、シロは押入れの中からやってきている。
私は目の前で全身を舐めているシロを見つめた。押入れの中には別の世界が広がっているのかもしれない。シロはいつもどこに行って何をしてくるのだろうか、と私は首を傾げた。シロのその仕草が普通だったので恐れはなかったが、ただしばらく押入れを開けたくないという気持がした。
タイトルどおり、なるべく八話まで掲載したいとは思ってます。




