後日談1 三人と三人の生活
「しかし……ホワイト企業への就職ちょっと惜しかったな……」
俺はボソリと呟いた。
「はあ!? 私たちといることの何が不満なのよ!」
「待遇に不満でもあるのか、チケンよ? 聞いてやるから言うが良い」
おタヒとグリセルダが不満げな顔をしている。
ここは元ヴェレル邸。都内の一等地にあるありえんくらいでかい家だ。そしてその持ち主の名義人は、今はヴェレルではない。
「チケンくん、僕と一緒に暮らすの実は嫌だったりする……?」
「それはないです! すごく嬉しくて楽しいです!」
平岡さんの言葉に、俺は即返事を返す。すると平岡さんはホッとしたように微笑んだ。それがとても可愛い。おタヒとグリセルダは平岡さんを見習え。
今はこの家は平岡さんの名義になっている。
なにしろ、元々平岡さんは日本国籍を(数十年前に)取得していて、ヴェレル・ソフトウェアの社員として納税していた、ちゃんとした日本国民なのだ。
ヴェレルの地球での不動産を引き継ぐにはうってつけの人物と言っても過言ではない。
テオネリアの「セヴェロ・ヴェレル」には重犯罪者の嫌疑がかけられている。
たとえ、数百年前に人格を分裂させてほぼ無関係とは言え、平岡さんがテオネリアにいると問題が起きる可能性が多分にあった。
そこで、テオネリアに何故かいた日本人平岡公汰を強制送還するという名目で、平岡さんは日本に移住することになったのだった。
それで、おっさんが手配して、この8LLDDKKSとかいうよくわからん間取りの豪邸に住んでいる。
個室が八つ、リビングとダイニングとキッチンが二個ずつあり、それに収納があるらしい。しかもどの部屋も広い。
俺が暮らすには過分な家ではあるが、問題は住んでいるメンツだ。
数百年以上テオネリアで、一応自分で何もすることのない暮らしをしていた平岡さんや、お姫様だったおタヒ、現代とは違う時代の国に住んでいた貴族のグリセルダ。
あと何故かずっと男の娘のままの平岡さん。なんでまだ女装してるんだろう。
全員一人では、とてもではないが日本で暮らせない。
なのに、おタヒもグリセルダも何故か日本を見てみたいと言う。
生活力ゼロのメンバーを束ねて生活させてくれ、というのがおっさんが俺に託した業務なのである。
ちなみに一人一部屋ずつもらって住んでいるはずなのだが……なぜかみんな俺のいる場所に集まってくる。何故だ。
「いやさあ、親に言われるんだよ……『ちょっとケンイチ! あんた今何の仕事してるの?』って……。まさかおタヒとグリセルダの餌付け係とか言えるわけ無いじゃん」
「何よその言い方! 私の侍女でしょ、言い直しなさいよ!」
「おっさんを侍女っていうのやめろ!」
「じゃあ下男」
「もっとダメだろ!」
俺はもちろん侍女でもメイドでも下男でもない。
マジでこの家の食事係であり、雑用係である。
さっき飯作ってたからエプロンつけてて、メイド感はゼロではないが……。
ちなみに高橋は無事免許も再取得して、この家のお抱え運転手として他のターボ婆ちゃんと交代で勤務している。
その辺、おっさんは割と良くしてくれていると思う。報酬もこの年齢の平均よりはるか上だし。
「うーむ、たしかに世間体はな……とりあえずその餌付け係というのは止せ。料理以外もしているではないか」
「買い物とかゲームの相手とかな……よくて雑用係か?」
「いい加減碁を覚えなさいよ、チケンは」
「俺は麻雀のほうが好きでーす」
「あれは運ゲーだから嫌!」
おタヒは運ゲーという言葉を覚える程度には日本に慣れ始めていた。
マジでおタヒは運が悪くてこいつ相手の麻雀だと絶対俺が勝つし、逆におタヒ相手に囲碁をすると誰も勝てないのである。中庸の種目は今のところはなくバランスが悪い。
なので、最近はパソコンを使えるように教えている。ネットで碁を打てばこいつと戦える相手も出てくるだろうからな。
再会から半月。
俺はせっかく借りたワンルームを引き払って、この豪邸でみんなと暮らしている。
でもワンルームでのプライバシーのあった暮らしが懐かしくもある。
ここを出たら出たでさみしく感じるんだろうけどな。
ちなみに自室で寝ていてもマジでいきなり親フラの如くグリセルダとおタヒが入ってくるので油断はできない。
もう少し俺を気遣って欲しい。
「ただいまー、買ってきたぞー」
「きたぞー!」
「只今戻りました、チケン様!」
買い出しに出ていた俺二人withインテと高橋が帰ってきた。
俺の内訳は治験の時に作った俺の副運用体と、ダンジョンで作った俺のアバターを副運用体にしたものである。
ピンク髪は流石に日本では目立ちすぎるので、黒髪に変えてもらったが。
流石に一人ではこの三人……いや、この二人の面倒は見きれない。平岡さんは手がかからなくて逆に心配になる。もっと頼ってくれていいのに……。
「お疲れ! 今度こそ俺が買い物に行きてえ」
「じゃんけんの結果だからな」
「そうそう」
最近じゃんけんに勝てなくて、買い出し係になれないのである。
買い出しに行ってる間は割と自由に過ごせるからな……。
一人でマックで飯食ったりとか。
バレたらおタヒとグリセルダは怒るんだけども、あいつらがジャンクフード食いそうにも思えないんだよな。
「ケンイチ、水ここに置いとくぞ!」
「おう、高橋もありがとな」
「仕事だからなー、いいってことよ!」
お抱え運転手高橋は、仕事のないときはフラフラ釣りに出たり、パチンコに行ったりしてるらしい。本当に自由で羨ましい。
「しかし手持ち無沙汰だ。体を動かしたいのだが」
グリセルダが愚痴る。
こいつは普段は剣の修行にや乗馬なんかを日課にしてたからしょうがないと言えばしょうがないんだが、都心じゃどっちも厳しいんだよなあ。
「じゃあこの水運ぶのとか掃除とか、手伝ってくれてもいいんだぞグリセルダ」
「それは私の責務ではないな」
しれっと抜かすグリセルダ。は、腹が立つ~!!!
「うるせえ! ラジオ体操でもしてろ!」
「興味がないな」
そういうと思ってたよ。あーむかつく。
でも、それでこそグリセルダって感じもするので、許せる。
「あ、ラジオ体操って聞いたことある! でも実際にやったことないんだよね、チケンくん、よかったら教えてほしいな」
うう、平岡さんだけがこの家で俺の救いだよ、なんて可愛いんだ……!
「じゃあ一緒にやるか~、テレビで動画写しながら一緒にやってみる?」
「うん!」
聞き覚えしかないラジオ体操の音楽に合わせ、俺と平岡さんはラジオ体操にチャレンジする。
意外に体動かすんだよな、あれ。
ラジオ体操第一だけで平岡さんは息を切らしていたのでそこで終了にする。
「ふーん、そんな物が何の役に立つの?」
「お、おタヒ。負け犬の遠吠えか? どうせお前じゃろくに出来ないもんな!」
「なんですって!?」
おタヒはすぐにキレるのでコントロールしがいがある。
「まあ……無理だろうな。おタヒには。日本人なら誰でもできるラジオ体操だが、それこそ総理大臣だって小学一年生だってできるはずだが、体動かすの不得意なおタヒには無理だろうなー、マジウケる」
「なんですってえええええ! 私だってそのくらいやってやるわよ!」
「ほー、やれるもんならやてみろ、俺はいつでも受けて立つぞ!」
「あ、僕ももう一回やってみるー!」
軽快な音楽に合わせ、もう一回三人でラジオ体操をやる。
やはりおタヒは体をうまく動かせない。ただ、これは多分体を動かす経験値が少なすぎるためだろうから、こうやって煽ってでもたまには体を動かす機会を作ってやりたい。
「む、難しいわ……思ったよりも体って動かないのね……」
自分の現在を、正しく見つめられるのがおタヒの美点だ。良いことだと思う。
「そうだねえ、斎宮殿下の言う通りだ。体って思ったほど自由に動かないんだね……」
平岡さんは謙虚だなあ……。
体を時々動かして、健康でいて、ずっと面白いものを書き続けて欲しい。
というか、平岡さんはともかく、おタヒは学校とか通わせたほうがいいんかな……。
こいつに教育が必要かどうかもわからん。
少なくとも国による偏りが大きい社会科はともかく、古文漢文は俺がどうこういうレベルでもないだろうし、書道なら正直プロレベルだしなあ。
ある程度の計算も問題ないし……。
そのへんはおっさんと相談してみよう。
俺は子育てとか全く一ミリもわからんから……。
「でも、俺が思ってたよりも体動いてたぞ、おタヒ」
「そ、そうかしら!」
「うんうん。体動かすとスッキリするからな。偉いから俺がアイスをやろう」
「わあー、氷菓子! こっちの氷菓子も美味しいから嬉しいわ!」
「平岡さんもね」
「いいの? 僕ねえ、ゴリゴリくんがいいな!」
「おタヒは?」
「だっつの抹茶味!」
「待ってろ」
それを横目でじーっと見ているグリセルダ。
「私には?」
「なんで手伝いもしない、体も動かさない奴に余計な物を食わせる必要があるんだ」
「ぐっ……!!!」
横で見ていた俺二人も同意する。
「わかる。そう言うところで油断するとマッハで太るんだよな……俺は雪見」
「運動選手とか引退しても同じ量食ってると太るっていうよな……俺はパルム」
「私もそう言う話は存じ上げておりますねえ」
インテも同意していた。
いくらグリセルダが筋肉質とは言え、家の中でダラダラしているだけなのにアイスなんか食ってたら、多分三桁体重まで秒読みカウントダウンになると思うんだよな。
ちなみにアイスは専用冷凍庫がある。家がでけーから冷凍庫を二つ置けるスペースがあるのだ。素晴らしい。
俺達三人+インテの意見を聞いたグリセルダは少しだけ己を曲げる必要を感じたようだった。
「わかった! 次の買い物とやらは手伝う!」
「何が食いたいんだ?」
「バニラ味で頼む」
「わかった」
俺は冷蔵庫に行って麦茶を入れて全員にアイスと一緒に出してやる。
日本の夏は熱い。アイスは極上の美味だ。
グリセルダもおタヒも平岡さんも、アイスを幸せそうに味わっている。
俺も、パペコのホワイトサワー味をかじる。やはり暑い時期は氷菓子が美味い。
幸せそうにアイスを食べる三人を見て、俺はあの時死ぬような思いをしてヴェレルを倒してよかったなあと、心から思うのだ。
あの時倒していなければ、きっと見られない景色だったから。
というわけでここからは最終回後の話が続きます
しばらくは週1更新で掲載しますのでよろしくお願いします!




