番外編4 それぞれのクリスマス
茅原ケンイチが、ダンジョンに潜る前の年のこと。
その年のクリスマスは雪も降らない、風情のないクリスマスだった。
そんな日に東京都の高級住宅街に住む紳士、セヴェロ・ヴェレルは従業員や秘書、執事に休みを与え、一人きりのクリスマスをエンジョイしていた。
……PCモニターの前で。
「ふう、いい出来ね……」
金髪のサラが32インチ8K解像度の高級PCモニターをうっとりと見つめる。
「ええ、いいものを作らせたわ、最高ね……」
黒髪のサラがワイングラスにワインを注ぎ、金髪のサラとグラスを合わせ、乾杯する。
モニターに映し出されていたのは、自分の会社の商品『ローレンツェン王国物語』のヒロインのサラ・ライトナーと、『蘇芳宮の花嫁』の更紗のクリスマス限定イラストである。
クリスマスや正月、夏休み、シルバーウィーク……ありとあらゆるイベントに合わせてサラの描き下ろしイラストをSNSにアップする。
ヴェレルのここ数年の最高の喜びである。
「見れば見るほど美しいわね!」
「本当に……私たちという最高のモデルが居るのですもの!」
二人は手を合わせ、カメラ性能が良い、と言われているスマホでバシャバシャと自撮りをする。
テオネリアのカメラと違い、地球のカメラはレトロな雰囲気が出るのが気に入っている。
あえて2Dの画像なのがいいのだ。テオネリアのカメラは3Dが標準で、しかも見たままを映す。盛るとか盛らない、という言葉はテオネリアには存在しない。地球のカメラは加工できるのがいい。
自撮りという物を知ってからは、ありとあらゆるスマホを買って自撮り写真を撮りまくっている。
ちなみに、この二人にデータをPCに移すという発想はないのでデータが一杯になったらスマホごと買い替えている。
「ああ、いつでもどこでも、この格好でいられたらいいのに……」
「そうよね、男の姿になんて戻りたくないわ……」
そういいながら、二人はシャッターを切りまくる。ちなみに一眼レフカメラは扱いが面倒で止めた。一応買ってはいる。
二人は日本やテオネリアで、このサラの姿でいるのはめったにない。
イベント用の姿である、と言い訳をしている。なぜなら、本体はセヴェロ・ヴェレルで、この体を常用するのは明らかに違法だからだ。
ライバル不在で安泰とはいえ、内務長官だ。一応法令遵守の姿勢くらいは見せないとならない。
テオネリアから連れてきた秘書ですら、こちらがメインであることは知らない。そのくらい二人は、このお気に入りのボディーの扱いには注意を払っていた。
「さて、さっきの名画の反応を見てみましょうか!」
「何千リポストされているかしら……!」
期待を胸に、二人の眼の前に現れたのはテオデジ……ファビエ王子の作ったゲーム会社のイラストレーターの描いた、グリセルダの冬イラストだった。しかも数万リポストされている。
おすすめ欄に次に現れたのは乙橘の正月絵だった。時期ハズレの絵なのにこれも二万リポストされている。
「なんなのよ! 本当に気の利かないSNSね、こんな下賤な絵を出してくるなんて!」
「私たちのサラの絵をもっと拡散しなさいよ!」
二人のイラストは数千リポストに留まっていた。
「ありえないわ! ジャンジャン広告を打ちましょう!」
「そうね、この名画を世間に広めないといけないわ!」
幸い金ならいくらでもある。なので、二人は自分たちのイラストをどんどんプロモーションに乗せていた。
そのせいで逆に好みでない層にまで届いてしまい、ものすごい数のブロックをされている。そのことに二人は気が付いていない。
何より、二人は勘違いをしている。
『ローレンツェン王国物語』も『蘇芳宮の花嫁』もターゲットが女性の乙女ゲームだ。
プレイヤーが求めているのは、ヒロインのイラストだけではない。攻略対象の描き下ろしイラストも求められている。
確かに、主人公のサラは『自己投影の対象』として、一定の人気を得ている。
だが、主人公はあくまで舞台装置であり、攻略対象こそが真の目的なのだ。
そのことに、起業以来二十年以上気が付かないまま、ヴェレルは今年もサラのイラストをだしまくっていた。
出しすぎると飽きられるという事実を、二人は知らない。
気がつくと、テオネリアのAI経由でスマホに通知が着ている。
「もう! また匿名掲示板に悪口書かれてるわ!」
匿名掲示板にはこう書かれていた。
『またサラ推しかよ……たまにはディー様とかベル様のイラストよこしてクレメンス』
『俺はグリセルダがいいなー』
『テオデジの公式絵師さんがグリセルダ上げてたから見てきたほうがいいよ』
『本質情報多謝……ほんま美麗……』
『ヴェレルソフトのレーター、名前出てないけど絵上手いのにサラばっか描かされて可哀想だよね』
『絵師の無駄遣いってこういうことだよね』
それを読んだヴェレルは激怒する。
「絵師の無駄遣い?! 妬み乙! 底辺絵師の書き込みね、これは!」
二人はヒートアップして匿名掲示板に顔を真赤にして反論を書き込む。
高級ワインの香りも味も失せ、二人は匿名掲示板での勝利を得るために全力でタイピングを始めた。
――――その頃の関東某県。
このころのチケン、茅原ケンイチは、まだ無職ではなかった。
クリスマスの今日も、普通に仕事である。幸い定時に終わったものの、帰ってもやることはゲームしか無い。
クリスマスだから何か特別な食事を……と一瞬脳裏によぎったが、そもそも一人なのだ。見栄を張る必要もないし、それをともにする人間もいない。
結局、帰りにスーパーに寄って半額の惣菜をいくつか買う。焼いた鶏もも肉が唯一のクリスマス要素だった。ケーキの半額でもあれば買ったかも知れないが、そのときは売っていなかった。
関東地方に雪は降らないとはいえ季節は冬。惣菜をレンチンしながらお湯を沸かし、インスタントコーヒーを淹れてこたつに潜り込む。冷えた手足を、優しくこたつが温めてくれる。
「ふう……やっと落ち着けるな。ああ、本当に買ってよかったな、エト姫のフィギュア……!」
こたつの向こうに置かれた、モニターと並ぶエト姫のフィギュア。先週届いたものだ。七万円もしたが、買ってよかった。存在感があるし、何より目線より上に置くと、見下げられている感じがたまらない。
「やっぱいいよな、エト姫は……よし、来た!!」
チケンはスマホをバシバシタップする。メテクエのアプリを開くと、ついに待ち望んでいたものが実装されているではないか!
「よっしゃ!! サンタエト姫来た! しかしなんで冬なのにミニスカなんだろうな……」
そういいながら軽くジャブのつもりでサンタエト姫ピックアップガチャ十連を回す。
幸い、十連目でピックアップ対象のエトワール(サンタ)がやってきた。
「うおおおおお! クリスマスプレゼントサンキュー! 運営!」
チケンは少し冷めたコーヒーを祝杯のつもりでぐっとあおる。味気のないインスタントコーヒーも、勝利の美酒に感じる。
「よし……日頃の行いがいいので十連で引けました……っと!」
ガチャ画面のスクリーンショットをSNSに投稿する。十連で神引きできたのは何ヶ月ぶりであろうか。全然思い出せないほど昔のことだ。さいわい、普段の爆死を知る相互フォロワーから祝福のコメントがいくつも寄せられる。
「チケさん神引きおめでとうございます!」
「チケンさん十連で引けたの久々じゃないですか? 運営からのクリプレですね!」
優しいコメントの数々に、チケンはにこやかな笑みを浮かべた。
神引きの後に食べる半額惣菜の味は、高級ディナーにも勝る美味だ。満足しながらチケンは夕食を食べ終えた。
しかし、エトワールはチケンの最推しである。
たった一キャラ当てただけで済むわけがない。
「よし、完凸するまで引いていくか……!」
調子よく有償石を購入し、引き続きガチャを引いていく。
「まあこんなもんだよな……」
結果を見てがっかりするが、予想はできていたことだ。
二十連目は最低保証。三十連目も最低保証。四十連目はすり抜けレア……。
「クソ、二人目が来ない!」
百連目になっても一人も来ない。
ついに二人目を引くために天井を叩いてしまった……。しかし、エト姫のためだ、耐えられる。
十連目の神引きを思えば、確率が収束しているだけかも知れない。
しかし、この日のチケンの運は最悪だった。
完凸に必要な十人を引くために、天井を八回叩いた。過去最悪の記録である。
「……来月のカードの引き落し、マジで考えたくねえな……」
しかし、それでも。スマホの中で完凸したサンタエト姫は輝きを放っていた。
「ま、いいか……エト姫に貢いだと思えば全然アリだな!」
チケンは強がった。まだ貯金はゼロになっていないのだ、どうにかなるだろう。
その積み重ねで彼は、来年治験のバイトに行く羽目になるのだが、この頃にはそんなことは夢にも思っていなかった。
そして、エトワールのフィギュアが邪神像になることも、全く想像していない未来だった。
チケンの爆死も、サラのイラストが伸びずにブチ切れるヴェレルも。
すべてを包み込んで、クリスマスの夜は更けていった。
ヴェレルのクリスマスが見たい!という誰得なリクエストを貰ったのでクリスマスの番外編です。
メリークリスマス! 良いクリスマスをお過ごしください
作者はソシャゲのイベントを走ります




