沢渡ミカさんが登場
「ミカリン」
沢渡ミカさんだった。制服のままだった。てことは学校に行っていたのだろうか。カナ姉の口調が学校の時と同じものに瞬間的に変わっていた。
カナ姉は場所を作り、沢渡ミカさんを同席させた。
「お邪魔じゃなくて?」
「何言ってんのよ、ミカリン。ミカリンがいた方が楽しいに決まっているでしょ」
俺の知っているこの口調の方がカナ姉らしく思えた。
「ども」
視線が送られてくる方に軽く挨拶をした。
「国仲伸大」
「はい?」
日常生活でフルネームを呼ばれることはめったにないだろう。病院で何度か苗字を呼ばれても患者がおらず、諦めたような看護師さんが氏名を呼ぶくらいなもんだ。それをしたのは言わずもがな、沢渡ミカさんであった。
「筋肉痛は?」
「ありませんよ、そんなの」
「昨日の練習では結構な量をダッシュした。それは速筋の……」
「ああ、大丈夫です。あれくらいなら」
沢渡さんの解説が始まりそうだったので、それを遮った。
「あなたは丈夫なのね。秋山鷹鷲は筋肉痛で部活が大変だと言っていた」
聞けば鷹鷲は部活で学校に来ていたらしく、練習の後購買部で会ったとか。
「彼の方が部活で身体を鍛えているというのにね」
「大丈夫よ、ミカリン。伸大はね、あれくらいなら全然平気なのよ。何と言っても伸大のおじいちゃんが教える護身術を見ただけで同じように動けるようになったし、今までだって見たり聞いたりして、ほんのちょっと試しただけで何でもすぐにできるようになったんだよ」
「何でもじゃない。俺にだってできないことはある」
「でも、できるのね?」
沢渡ミカさんがかぶせるように訊いてきた。
「そりゃ、否定はしませんけど」
「あなた、ここに来て正解かもね」
「どういうこと、ミカリン」
今度はカナ姉に疑問が浮かんだようだ。
「そうね。例えば、松竹先生のこと。あんな先生見たことないでしょ」
「そりゃ、あの人は……てか、聞こうと思ってたんですけど、あの人本当に教員ですか?」
「私達の担任だって言ったでしょ」
「いや、だからなおのこと分かるかなと」
「国仲伸大、あの人はあの人なりに職務を遂行している。それを鑑みれば教員と呼称して詐称はない」
そう言われれば首肯しなければならない。なぜなら、俺は放課後の梅春教諭しか知らなかったからだ。ただ授業風景を聞いたには聞いたのだが、それでも疑問だったので訊いたのだったがな。
「それに先生と言えば、さくら教諭も……」
「あなたから見れば不可思議かもね」
「ええ、情熱があるのは分かりますが」
「それが分かれば良いのじゃなくて。教員には何より生徒を導くと言う意欲・情熱が必要なのでは?」
「そうですけどね」
「だから、あなたがここに来たのは正解」
それには反論も同意も出すことはできなかった。
「私はミカリンに賛成。伸大は……。ううん、何でもない」
カナ姉が言うのだから間違いはないだろう。俺はどこがどうのということにこだわっているわけではないのだから。
会話が途切れると、小さめな音量でジャズが流れていることに気付いた。それはどことなく落ち着かせてくれるものだった。




