自由課題
「どうしようぉ~」
開けたのは鷹鷲であり、悲劇的な展開が目に見えていた。
「おいおい、ここはいつからこんなに賑やかになったんだ。おちおち寝てられねえじゃないか」
半身を起こしたのは梅春教諭であり、ここに至って教諭らしからぬ言明の極みである。
再び沢渡ミカさんの座席前にて膝を屈し、深々と頭を下げる鷹鷲。語られたのは、梅春教諭が俺たちに話してくれた内容そのままで、初耳のカナ姉は
「へえ、何でもいいから、やっちゃいなよ。ミカリンに頼まなくても一応やったってのであればいいんでしょ」
という感じで一蹴しようとしていた。そう簡単には済まないだろう。このアホの場合は「一応やってある」と言っても程度があるだろうし、こいつの場合回答がユニークというよりも、なぜここまで来て正答が書けんのだという腹立たしさに、物理の教諭が襲われることは必至である。
「自由課題だな」
俺は一番楽しそうな選択を提案した。
「まあ、そうなんだけど」
鷹鷲もそれが一番いいかなとは思っているようだった。しかし、その課題を何にするのかのアイディア自体が皆無であり、だとしたらペーパー類や補習がいいのだが、それは前述の通り。
「まあ、ちと考えてみろや」
梅春教諭は鈍い動きのまま部屋を出て行ったかと思うと、数分で帰って来た。
「ほら、薬物だ」
いや、ジュースでしょ。それ。非常識な勧め方はどうかと思いますよ。時と場合に寄ったらモンスター的な方々から
「あのようなお話は、教師としていかがなものかと」
的なクレームが嵐のように来て、あなたの職責が危うくなるのでは?
「薬物=違法な物という論理は軽率よ」
沢渡ミカさんは千里眼でも持っているかのように、俺に聞かせた。
「千里眼ね、欲しいわね、それ」
やはり見透かしているのか。
「冗談よ」
だから、どこも冗談になってないって。
「ミカリン、楽しそうね」
カナ姉はスポーツドリンクを手にしていて、俺はカナ姉の横に並んで沢渡ミカさんを見てみた。どこが楽しそうなのか、全く分からなかった。笑ってもないし、どこにも変化はないようだが。
一方、カナ姉とは別種のスポーツドリンクを半分を喉に通した鷹鷲は
「よし自由課題しよう」
意は決まったらしい。
スポーツドリンクの中のナトリウムやカリウムのおかげなのか、鷹鷲は課題のアイディアが浮かんできたらしく、ホワイトボードに幾つか、それらを書き始めた。
・電車の中で立ったまま慣性の法則に負けない方法
・日周運動の調査――透明半球の夏的ジャパン風。カラフルなシールを貼って
・地層から化石を発見してみた
・なぜ重力は存在するのか
・重力と時間の曲加速における移動点の観測について
頭痛などしていないのに、こめかみを抑えたくなった。カナ姉は抽象画を観ているような目であり、沢渡ミカさんはそこに文字など存在していないかのように無視、梅春教諭は
「ははっ、いいんじゃね」
とカラカラ笑った。
「おい、鷹鷲」
二番目は何だ、フランス料理かイタリア料理か?
三番目はなんで今手をつけていないことを、「してみた」と結果で断定できる。
四番目は壮大過ぎるだろ。現代科学でも解明されていないことをアホが解明できるわけないだろ、二週間で。
五番目はどこぞの卒論テーマっぽいだけで、それを観測できるのか、お前が。
一番目が一番良さそうだが、負けない方法って、何と戦ってんだよ。
「無理かな~」
無理だよ。またしても鷹鷲が頭を悩ませていると
「秋山君」
今日地理準備室のドアが勢いよく開けられるのは何度目だ。いい加減壊れるんじゃないのか。さくら教諭が入って来た。良くここが分かったものだ。スゲエ汗かいて、まるで一時間くら
いサウナに入ったみたいだった。汗の滴りようが尋常ではなかった。
「部活や教室や購買部や家庭科室や体育館や体育館倉庫やロッカー室や保健室やらに行ってみたけれどどこにもいなかったところに松竹先生から連絡入ったのでここに来たのっ」
息継ぎくらいはしていいのに。水泳が苦手でクロールのどのタイミングで顔を上げるか分からない子供のような話しぶりだった。それよりもですね、読点のない文面というのは分かりづらくなりますから。
「さくちゃん、どうしたの」
カナ姉、ニックネームセンスねえなあ。
「さっ……き……の…、ぶ……物……理のこ……とっ」
ほら、さくら教諭はすでに息が上がっているではないか。
「冬雪先生、どうっすか?」
梅春教諭はテーブルの上に残っているジュースを一本、さくら教諭に渡した。
「い、いえっ、わ、私はっ……いえっ、じゃ、い、いただきますっ」
さくら教諭、コミュニケーションをとりましょう。国語の先生なんだから、意味が分かるように発言してください。それにしても言い飲みっぷりだったな。ペットボトルを一気に胃に収めたぞ。しかも、それって「微」とはいえ、炭酸だったのでは。
「物理は……先生が急な出張が入ってっ、プリントの準備も補習の段取りも取れないからっ、自由課題にしてくれってっ」
「……」
俺はあることに気付いた。その自由課題なる物の締め切りが終業式一日前なら、通知表に点数つけられないんじゃ?
「いや、心配ない」
梅春教諭の説明によれば、この高校では一学期の通知表は八月に自宅まで郵送されるそうだ。知らなかったのは俺だけだった。そんな風にしたのは理事長であり、先生方にも夏季でも実務をさせるため、かつ生徒に夏季中に自覚を持たせるためだそうだ。
で、その課題なのだが、鷹鷲がホワイトボードを指示し、さくら教諭は一言一句を漏らさない凝視で熟読した。
「個性的ねっ、いいわっ」
やはりさくら教諭の感性はどうなのだろう、鷹鷲レベルだぞ。
「先にも言ったんですが、もう少し別のアイディアを」
俺の提案の真っ最中、
「思いついた」
お気楽な声が割って入ってきた。




