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こんなことがありました。  作者: 金子よしふみ
第二章 新しい生活
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教務室でご挨拶

 衣替えが行われたのが数日前、俺は新しい高校生活を始めるために、この高校へ転校してきた。開襟の半袖のワイシャツの胸元に入って来た初夏の生ぬるいはずの風が、随分と熱く感じたのを覚えている。

 登校初日、校内で最初に向かうのは教務室だった。実は、この一日前に御挨拶のために理事長やら校長やらにお目通りをし、その後購買部で教科書を購入したり、体操着の採寸をしたりしていた。ただ、ちょうど授業中だったので、担任となる教諭に会うことはできなかった。

 その担任となる教諭に、前日俺の案内をしてくれた学年主任が引き合わせてくれた。

「おはようございます。(くに)(なか)(のぶ)(ひろ)です。今日からお世話になります」

 深々とお辞儀をした俺に

「おっ、おはようっ。わ、私は()(ゆき)さくらですっ。よろしくねっ。分からないことがあったら、何でも聞いてねっ」

 まくし立てるような一息での挨拶経由自己紹介だった。笑みを作ろうしているが、表情がこわばっているところから察するに、緊張しているようだ。転校初日の俺が緊張してないというのに、担任が緊張しているというのは。  

 それにしても、さくら教諭は俺のお辞儀の後にご起立なさったはず。椅子から勢いよく立ち上がる音がしたからな。だが……俺の顔一つ、いや二つ分程低い身長。座っていた時と大差ないと言ったら、言い過ぎかもしれないし、それを口からこぼした途端にさくら教諭から何を言われるか分からなかったので、言わないことにした。

 さらに。身長に見合う幼い顔立ち、ポメラニアンのようなふわふわした髪型。着用しているはずのスーツに、むしろ着られているように見えて仕方がなかった。

(これは所謂飛び級なんちゃらなのか)

という風に展開されかけた、己の思考に制止をかけようとしていると、

「大丈夫ですっ、私がんばってますからっ」

 俺の表情から何事かを読み取ったようで、そんなことをさくら教諭は言った。さすが国語の教諭、読解しようとする姿勢はさすがだった。が、何を言っているのか俺には解読不能だった。

いや、というよりも、自分で「がんばってます」って言う人を初めて見た。「がんばってる」てのは、他人が「あ~あ、この人、必死こいて、がんばってんな」とかの評価で使うか、あるいは自分が言うにしても「あの時はがんばってたなあ」とか回想する時とかに出てくる言葉のはずであり、現在進行形で使うとは……

「冬雪先生、そろそろ朝のホームルームの時間では?」

 俺の思考の途中で、学年主任のたしなめるような口調が入ってきた。さくら教諭がいつもこの調子だとしたら、学年主任のこうした口調も無理はない。

「そうでしたっ。行きましょうっ、国仲君っ」

 フンッと鼻息を鳴らさんばかりの勢いそのままにさくら教諭は、クラス名簿と教科書やら板書用のノートやらを持って、俺を先導していった。

 この時点で、俺は気づいておくべきだったのかもしれない。この高校生活が前途多難であることに。その象徴たる我が担任に率いられていたのだから。


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