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奏でる調べは癒しの旋律  作者: 霞花怜(Ray)


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ep16. 完璧皇子の葛藤

 ジンジルがカナデを抱きかかえて、自分たちを見下ろしている。その目は知己を見る目ではない。外敵を威嚇する視線に等しい。


「ジル、どうして。やはりまだ記憶がないのか」


 ジンジルがセスティたちに背を向けた。


「逃がしませんわ!」


 リアナが両手を重ねてジンジルに向かい、魔法を飛ばす。ジンジルの背中に紋が付くと、吸い込まれるように消えた。

 ふわり、と何かが薫った。花の香りのような、むせかえるような甘い匂いだ。


「なんだ、この匂い……」


 口と鼻を手で覆う。

 頭の芯が痺れて体が火照る。

 薬を飲んでいないカナデに触れた時のような感覚だった。


「頭が、くらくらしますわ……」


 隣を見ると、リアナも同じように感じているらしい。

 目が虚ろで、フラフラしている。


「大丈夫か、リア」


 リアナのふらつく体を支える。ドクリと、心臓の鼓動が増した。火照りが増して、体が疼く。リアナに触れたい欲求が増していく。


(興奮剤でも撒かれたのか? どうして、アルファの俺たちだけ)


 アルバートとマイラには特に変わった様子がない。

 どう見てもセスティとリアナだけが反応している。


「セス、私、体がおかしいのですわ。どうすれば、元に戻りますの。こんなの、嫌ですわ……」


 セスティに縋り付くリアナの目が潤んで、誘っているようにさえ感じてしまう。

 マイラを振り返り、リアナの体を預けた。


「マイ、すまないが、リアを……」


 頭が回らなくて、言葉も続かない。

 異変に気が付いたマイラがリアナの体を受け止めた。


「何が起きてる?」


 アルバートの問いかけにも、巧く答えられない。


「甘い、匂いが……。多分、興奮剤……」

「匂い? 俺たちは何も感じないが。とりあえず、飛ばすか。フィオ」


 名を呼ばれ、馬車を引いていた精霊が姿を現した。


「爽竜になって、この辺りの空気を全部飛ばしてくれ」

「いいよ~。待っててね」


 人の姿をしていたフィオが形を変えて一匹の淡藍の竜になった。


『飛ばされないように掴まってね~』


 大きな翼が風を巻き起こす。

 渓谷の気を一掃するように、旋風が走り去った。


「ぁ、はぁっ」


 やっと息ができるような気分になって、大きく息を吸い込む。

 リアナも同じように座り込んで息を整えていた。


「落ち着いたか? どういう状況だった?」


 アルバートの問いかけに、セスティは顔を上げた。


「ジルが背を向けた瞬間、花のような甘い匂いが流れてきた。オメガに、カナデに接した時と同じような感覚に陥った」

「私とアルが何も感じなかったのは、第二の性がないからか。こんなに違うもんなんだねぇ」


 マイラの言葉には、同意しかない。

 ユグドラシル帝国にはオメガやアルファといった第二の性が存在しないらしい。

 セスティとリアナが反応したということは、アルファを興奮させる薬だったのだろうが。オメガが反応しないとは言い切れない。


(カナは大丈夫なのか。ジルに、キスされているように見えた)


 あの光景を思い出すだけで、腹の奥から怒りが沸き起こる。

 相手が例えジルでも、自分以外の人間がカナデに深く触れるなど、絶対に許せない。


(今だって焼け焦げそうなほどの怒りに耐えているのに、俺はカナを神様に献上なんて、出来るのだろうか)


 アルバートがセスティに手を差し伸べた。


「とにかく、追うぞ。リアが付けた魔法紋の気配を辿れば追いつける」


 見上げると、マイラとリアナは既に爽竜フィオの背に乗っている。

 アルバートの手を握り、セスティは立ち上がった。


「セス、今のうちに確認しておくぞ。オメガを神に献上するのは神子を産ませるためだと、カナには話したのか?」


 セスティは俯いたまま首を横に振った。


「話せるわけがない。カナどころか、リアにもマイにも、話せなかったよ。あの話ができたのは、アルだけだ」

「そうか」


 短く返事して、アルバートは黙った。

 考えを纏めている風だったが、意を決したように顔を上げた。


「話してくれたこと、礼をいう。だからこそ、俺はお前の心に報いる。俺はセスが王族として間違った判断をしたら、止めるぞ。愛する人間と国は天秤にかけていいものじゃない。わかっているとは、思うけどな」


 アルバートの真っ直ぐな目はセスティの心の内を総て見透かしているようだった。


(俺の愚かな考えまで、総てお見通しか。さすがアルだ)


 カナデを失うくらいなら、いっそ『儀式』など失くしてしまえばいい。

 自分からカナデを奪うものは、たとえ神でも殺してしまいたい。

 頭を掠める本音は、王族としても人としても間違っているとわかっている。わかっていても、頭の片隅にこびり付いて消えない想いは、いずれ目的とすり替わる。

 アルバートは、それを危惧して釘を刺してきたのだ。


「ありがとう、アル。やっぱり、話して良かったよ」


 アルバートがセスティに拳を向けた。


「第二の性がない俺には、本当の意味でセスの気持ちはわからない。けど、俺じゃなきゃ理解できないセスの気持ちはあるだろ」


 互いに王族として、王位を継ぐ者として、理解し合えることは多い。

 セスティは同じように拳を出して、アルバートの拳に当てた。


「頼りにしているよ」

「ああ、俺を頼れ。一緒にカナを守ってやろう」


 アルバートがセスティの手を握って竜の背に引き上げる。

 その手の力強さは、お前のことも守ってやる、と言われているようだった。

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