メイベル夫人は嫁いだ日に価値観を更新したので醜いと周りに言われて噂される夫がタイプだったと知り今から可愛がっていこうと決めたが可愛いが過ぎるので我慢できない
柔らかいと、あなたは笑う。
小説の一冊をふと、思い出した。
ガゼボで目覚めた。
こんなことって、あるのか。
まさか私が公爵夫人として嫁いだ日に、前世がただの現代人だったと思い出すなんて。
まあいい、かな?
どうせなら、この優雅な生活、楽しんでやろうじゃないと意気込む。
それにしても、夫、アーサー卿。
その人について。
この世界では醜いって噂だけど。
私の生きていた時代なら、全然ありじゃないかと。
むしろ、その骨格のしっかりした感じとか、憂いを帯びた瞳とか結構好みだ。
鎖骨もいい。
ふふ、これは面白いことになりそう。
家の中に戻る。
「おはようございます、あなた」
朝の挨拶は、できるだけ穏やかに、そして少しだけ甘さを込めて。
笑顔を見せて。
だって、可愛い。
彼は初心なのである。
周りの侍女たちは、その態度に目を丸くしているけれど、気にしない。
好きにしていればいいと。
新しい価値観で、この世界を生きていくんだし。
アーサー卿は、挨拶の言葉に少し驚いたように目を瞬かせた。
普段はもっと、よそよそしい態度だったから。
まあ、そんな過去は置いておいて。
「今日も素敵ね、あなた」
そう言って、彼の頬にそっと触れてみる。
「なっ」
近寄った際に。
彼はますます戸惑っているみたいだけど、嫌がっている様子はない。
むしろ、少し頬を赤らめている?
ああ、可愛い。
「突然なにを」
彼は手を避けずに受け入れていた。
この世界での私の役割は公爵夫人。
ならば、その務めはきちんと果たしましょう。
せっかく、生まれ変わったのだから。
領地の管理や社交界での役割。
前世の知識だって、役に立つかもしれないし。
でも、何よりも大切なのは、私の可愛い夫を大切にすること。
誰よりも冷遇されてきた夫。
醜いなんて言われているけれど、自分には魅力的に見える。
彼の内面の優しさや誠実さも、少しずつ見えてきた気がする。
出会ってそこそこ。
だから、私は彼を甘やかしたい。
彼は顔を赤くしてこちらを見る。
この、ちょっと不器用で、でも温かい人を、愛でて何が悪いの?
「ほら、挨拶を」
ふふ、これからどんな毎日になるのか。
「その、ああ」
楽しみだ。
数日後。
ああ、もう朝なのか。
昨日はアーサー卿が、私が淹れた現代風の紅茶を気に入ってくれたみたいで。
何度もおかわりしてくれた。
可愛い。
「おはようございます、あなた」
今日もにこやかに挨拶をすると、アーサー卿は少し照れたように頷いた。
「ああ、おはよう」
彼の低い声が、朝の静かな寝室に響く。
彼の照れた顔が朝から見れて最高。
昨日の紅茶のせいか、少しだけ声が弾んでいる気がする。
「昨日の紅茶、気に入って頂けたようで嬉しいですわ」
私がそう言うと、彼は少しもじもじしながら答えた。
「ああ……その、美味しかった。なんだか、心が落ち着く味だった」
素直じゃない。
そんなところも可愛い。
許す。
「それは良かったです。今日、何かご予定は?」
私がそう尋ねると、アーサー卿は少し考えてから言う。
「今日は、領地の視察に行く予定だ。何か、君も興味があるだろうか?」
お誘い?
喜んでお供させて頂きましょう。
「それは光栄です。ぜひ、ご一緒させてください」
私の言葉に、アーサー卿は少し驚いたようだったけれど、すぐに小さく微笑んだ。
なにに驚いたのかは、のちにわかるかな。
「そうか。では、準備をしよう」
領地へ向かう馬車の中。
馬車の中は二人きり。
アーサー卿は、窓の外をじっと見つめている。
横顔も素敵。
「あの、あなた」
私が声をかけると、彼は少し訝しげな表情でこちらを向いた。
「何かあったか?」
「いえ、ただ……この景色は、私の故郷とは全く違うけれど、とても美しいと思いました」
私がそう言うと、アーサー卿は少し柔らかい表情になった。
「そうか。君の故郷は、どんな場所だったんだ?」
「そうですね……高い建物がたくさんあって、人々が忙しそうに行き交う街でした。空はいつも少し霞んでいて、でも、夜になるとたくさんの光が輝いて」
話に、アーサー卿は興味深そうに耳を傾けてくれた。
故郷の話なんて、この世界に来てから初めて話したかもしれない。
前世のことは言えないけど。
領地に到着すると、領民たちが私たちを温かく迎えてくれた。
周りは彼を、冷たく突き放すこともあるのに。
アーサー卿は、皆に優しく声をかけ、真剣な眼差しで話を聞いている。
できた人だ。
その姿は、噂とは全く違う、頼りがいのある領主の顔だった。
「領主さまぁ」
視察の途中、小さな子供がアーサー卿に駆け寄ってきた。
「えっ」
彼は一瞬戸惑ったけれど、すぐに優しい笑顔で子供の頭を撫でた。
「坊や、元気かい?」
「うん!領主様のおかげ!」
その光景を見て、メイベルの胸は温かい気持ちでいっぱいになった。
メイベルの夫だ。
夫婦として誓いをした存在に感謝。
この人は、本当はとても優しい。
帰宅してもその感情で上の空。
夕食の席で、アーサー卿は少し疲れた様子だったけれど、どこか満足そうな表情をしていた。
「今日の視察で、いくつか改善すべき点が見つかった。近いうちに、手を加えようと思う」
真剣な眼差しでそう語る彼に、そっと微笑みかけた。
勤勉な男である。
「あなたは、本当に領民のことを大切に思っていますね」
賞賛の言葉に、アーサー卿は少し驚いたように目を上げたけれど、すぐに視線を逸らした。
「……当然のことだ」
また、素直じゃないんだから。
照れた顔もいい。
そんな彼が、ますます愛おしく感じる。
「あの、あなた」
「ん?」
食後の静かな時間に、私はそっと声をかけた。
「今日は、一日お疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね」
そう言って、彼の手にそっと自分の手を重ねた。
ねぎらいだ。
アーサー卿は、少し驚いたようにこちらを見つめたけれど、すぐにその手に力を込めて握り返してくれた。
「ああ……ありがとう」
その短い言葉に、彼の温かい気持ちが込められている気がした。
優しい声音はメイベルにも響く。
やっぱり、アーサー卿は世界で一番可愛い人。
夜も更け、書斎には私たち二人だけ。
コチコチと時計の音がする。
アーサー卿は書類に目を通し、メイベルは隣で刺繍をしていた。
刺繍がなかなか手こずる。
時折、聞こえるペンを走らせる音だけが、静かな空間に響く。
今日の領地視察はうまくいったようで、アーサー卿の表情は穏やかだ。
(もっといろんな人に、この人の優しさを知ってほしい)
領民たちも彼の優しさに触れて、より一層、信頼を寄せているようだった。
とてもいい統治者なのだろう。
そんな彼の姿を見ていると、こちらの心も温かくなる。
ふと顔を上げると、アーサー卿と目が合った。
こちらを見ていた?
彼は少し驚いたように目を瞬かせたけれど、すぐに優しい眼差しを向けてくれた。
「どうかしたか?」
彼の低い声が、乙女心の鼓動を少し早くする。
「いえ……ただ、あなたの横顔に見惚れていました」
そう言うと、アーサー卿は少し顔を赤らめた。
やっぱり可愛い。
見ていると夫は動く。
彼はペンを置き、こちらを向いた。
「そ、そうか」
その瞳は、昼間見た真剣な眼差しとは違い、どこか甘さを帯びている。
どきりとした。
「君は、いつも素直だな」
そう言って、彼は小さく微笑んだ。
(私だけでも、彼の自尊心を上げたい)
その笑顔は、初めて見た時よりもずっと柔らかく、メイベルの心を優しく包み込む。
「だって、思ったことをそのまま伝えるのが、私の主義なんです」
答えると、アーサー卿は立ち上がり、ゆっくりとそばに歩み寄ってきた。
見上げる。
彼の影が、こちらを優しく覆う。
「君といると、心が安らぐ。いつも私を認めてくれる」
彼の声は、囁くように耳元で響いた。
ドキドキする。
近い。
こんなに近い距離で彼を見つめるのは、初めてかもしれない。
男の瞳には、妻が写っている。
写るほどの距離にいた。
「私も、あなたのそばにいると、とても穏やかな気持ちになります。お揃いですね?」
私の言葉が終わるかどうかのうちに、アーサー卿はそっと私の頬に手を添えた。
「アーサー様?」
なにをするのか、自然と理解した。
彼の指先が、メイベルの肌を優しくなぞる。
「アーサー様、可愛い人」
ぞくりと期待が走る。
その温かさに、体温が少し上がるのを感じた。
「メイベル」
彼は、名前を優しい声で呼んだ。
その声だけで、胸がいっぱいになる。
ゆっくりと、彼の顔が近づいてくる。
顔がやはりいい。
彼の吐息が、メイベルの唇にかかる。
笑うのを忘れてしまう。
緊張で、息をするのも忘れてしまいそうになる。
そして、彼の唇が、私の唇にそっと触れた。
「メイベル」
それは、まるで羽が触れるかのような、優しく、そして温かいキスだった。
「もう一度、したい」
キュンと胸が跳ねる。
おねだりされた。
明日も、たくさん甘やかしてあげよう。
ご褒美が最高過ぎる。
メイベル夫人!と思った方も⭐︎の評価をしていただければ幸いです。