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【第九話】モンスター討伐の報酬は……これ、何か使い道あるの?

「ニャッフゥゥーーーーンッ!」


 アホ猫が奇妙な雄叫びを上げ、身軽に宙を舞う。

 その小さな体は綺麗に弧を描き、眼下で油断しきっていた白い狼型のモンスターの頭上に見事着地。そのまま全体重を乗せると、ゴキリ、と嫌な音が草原に響いた。


 落下から着地までの一連の動作で、彼女のゴスロリドレスのスカートは盛大にめくれ上がり、黒いフリル付きのドロワーズが白日の下に晒されているが、当の本人は全く気にする様子もない。


 元が四足歩行の畜生だったせいで、羞恥心など持ち合わせていないのだろう。そして、その光景を目の当たりにしても、俺の心が一切ときめかないのは、彼女が紛れもないアホ猫だからに違いない。


 それにしても、狼の首が変な方向に曲がっているな。健全な青少年には、刺激の強い光景だ。


 モンスターが霧散した跡には、キラキラと淡い光を放つ物質が数個残されている。

 あれが”スプライト”。モンスターを倒した際にドロップするエネルギー体で、ゲームで言うところの宝箱の中身に近い存在だ。これは専用のデバイスで回収できる。


「慧、回収する」


 穂に促され、俺はスマホのカメラを起動。レンズをスプライトに向け、アプリのシャッターボタンを押すと、光の粒子がスマホに吸い込まれていく。


 専用デバイスというのは、特殊なアプリがインストール済みのこのスマホのことだ。いや、”インストールされた”というより、気づいたら”勝手に入っていた”と言う方が正しいかもしれないな。今は細かく言う事ではないので省略するが。


「ある程度スプライトが溜まったら、まとめてマテリアライズする」


 穂が説明する。

 マテリアライズとは、回収したスプライトを実体のあるアイテムに変換する行為だ。ただし、専用の設備がない場所で行うと変換効率が著しく低下し、成功率は良くても30%程度らしい。逆に、協会の設備を使えば、よほどのことがない限り100%成功するとのこと。明らかに設備のある場所で行った方がお得なのだ。


 かなり勿体ないが、今は水と食料が欲しい状況だ。損失には目を瞑るしかない。


「了解。まずは水の確保が最優先だな。次に食料。あと、リーシャのまともな武器も必要か……そう言えば穂、今の戦闘シーンのライブ配信とかは出来ないのか?」


 ふと気になって尋ねると、穂は小さく首を振った。


「無理。今のレベルだと、ライブに対応できない。後で編集してアップするしかない」

「そうか」


 ライブ配信ができれば救助隊に、俺達がどこにいるのかヒントを送れると思ったんだけどな。


 俺は傍らで健気に周囲を警戒していたシロを抱き上げ、その柔らかな毛並みを撫でる。相変わらず癒されるなー。


「むむむっ、お前、美の化身様に撫でられるとは、なんとも羨ましいヤツです!そこは私にこそふさわしいです。 今すぐわたくしと代わるです!」


 リーシャが悔しそうに地団駄を踏む。その様子を、腕の中のシロがフッと鼻で笑ったような気がした。使い魔にそんな感情表現機能まで搭載されているハズもないし、気のせいだろう。


 それから何時間歩き続けたのだろうか?

 悲しい事に、アリスのコスプレ衣装にすっかり馴染んでしまった。


 さらに進むと、新たなモンスター数体に遭遇した。


「ニャニャーーんっ!」


 再び変な声を上げるアホ猫。

 これまでとは違い、アイツの手には、道中でスプライトからマテリアライズさせた、白い柄の身長ほどもある双剣を軽々と振るう。それらは組み合わさせることで、巨大なハサミにもなるというギミック武器だ。


 彼女はモグラとカモノハシを足して二で割ったような、ずんぐりむっくりしたモンスターの群れに踊るように飛び込むと、ジャンプからの回転斬りで数体を切り伏せ、残った一匹の背後に軽やかに着地。


 二振りの剣を相手の首元で交差させ、巨大なハサミにして挟み込む。そしてニタァーと実に邪悪な笑みを浮かべて、「ニャフーン」と実に嬉しそうに声を漏らすと、そのままハサミを――ここから先は言うまい。


 そんな感じで、アホ猫が無双していると、ようやくもう一人が参戦する。


「準備できた」


 穂が小さく呟くと同時に、リーシャがパッと後方へ飛び退いた。


 次の瞬間、モンスターたちがいた場所が紅蓮の炎に包まれる。穂の放った攻撃魔法だ。


 周囲一帯を紅蓮に染め上げる魔法は、容赦なくモンスターの生命を奪い尽くしていく。魔法とは物理法則における攻撃とは少し違う。穂の使った火魔法も、相手の生命力そのものに干渉し、熱量以上の威力を発揮する。それ故に、見た目の派手さ以上の殺傷力を発揮した。


 穂の一撃で、大量のモンスターが焼き尽くされた。後には、おびただしい数のスプライトが残されている。俺は再びスマホでそれらを吸収していった。


「かなり溜まった。そろそろ一度マテリアライズする」

「分かった」


 俺は自分のスマホのアプリを操作し、穂のスマホと一時的にリンクさせる。そして穂が何事かを念じると、俺たちの足元に、集めたスプライトが光の奔流となって実体化し始めた。


 やがて光が収まると、地面には大量の茶色く濁った宝石のようなものが散らばっていた。


 これだけの数が出たのだから、それなりに良い結果だったのではないだろうか? しかし、穂の表情はなぜか冴えない。いつも通りの眠たげな顔のままではあるが、その奥に微かな落胆の色が読み取れた。


 確かに、今一番欲しいのは水や食料だ。それを考えれば喜べないのは分かる。だが、そこまで表情を曇らせるほどだろうか?


「何か問題でもあったのか?」

「うん……」


 穂は地面から一つ、その茶色い宝石を拾い上げる。


「これ、泥石」

「……泥石?この石、どんな効果があるんだ?」

「泥を出す」

「は?」


 思わず間の抜けた声が出た。


「どんな効果のある泥なんだ?」

「ただの泥」


 宝石の形に実体化するという、いかにもファンタジーな演出なのに、ただの泥なのかー。


「うん」


 穂は静かに頷く。見渡す限り、地面に転がっているのは泥石、泥石、泥石……。


「泥石は、ダンジョンの外に持ち出すと、ただのスプライトに戻って消える。だから、ダンジョン内で使い切るしかない」

「……これ、何か使い道あるのか?」

「さあ?」


 穂は首を傾げる。


「わたくしにも、皆目見当もつかねえです」


 アホ猫には期待していない。


 俺は再び、おびただしい量の泥石に目を向ける。


「確か、ダンジョン内でしか使えないアイテムって、マテリアライズした後もアプリにデータとして収納できて、大して容量を食わないんだったよな」

「うん。使い道はないのが残念」


 穂が念を押すように、そう付け加えた。


「……いちおう、全部持っていくか。何かの役に立つかもしれないし、他にアイテムもないしな」


 俺がアプリを使って泥石をスマホに収納しようとしたところで、穂から待ったの声がかかった。


「これ、爆裂石。これは当たり。慧が持つ」


 穂が指差したのは、泥石の山の中に三つだけ混じっていた、透き通った赤い色をした石だった。爆裂石。その名の通り、少量の魔力を流し込むと数秒後に爆発するという危険物だ。爆発の威力と飛び散る石の破片で範囲内の敵にダメージを与える。しかも、投げた方向には被害が及びにくいという、比較的安全な効果になっていると聞いたことがある。


「これは穂が持っていた方が、有効活用できるんじゃないか?」

「慧の護身用。いざという時は、これを使って逃げる。慧に保険があれば、私もリーシャも戦いに集中できるから」


 確かに、俺自身に最低限の自衛手段があった方が、二人の足手まといになる危険性は減るか。


「ありがとう、穂。イザという時は、迷わず使わせてもらうよ」

「お礼は、慧の肌色の多いコスプレ映像の使用許可で大丈夫」


 よしっ! 心の中で、可能な限りこの爆裂石は使わないでおこう!と固く誓った。


 さらに草原を進んでいく。道中は、比較的平坦だったが、やがて地面が乾燥し、ひび割れた荒野のような場所に出た。


「美の化身様、この辺りの地面は大変崩れやすいので、走らずゆっくりと歩くのですよ」


 リーシャが俺の足元を気遣うように言った。


「美の化身だなんて照れる」


 頬を赤くして、照れたようなそぶりを見せる穂。


「オメェ様のことじゃねぇですよ、このチビッ子魔法使いが!」


 リーシャが即座に噛みつく。俺の目には、どこまでも荒涼とした大地が広がっているようにしか見えない。だが、このアホ猫は、これまでの行動を見る限り、決して能力が低いわけではなさそうだ。それに、無駄に嘘をつくタイプにも思えない。なら、忠告に従った方がいいだろう。


「この地面、俺が乗っても大丈夫なのか?」

「美の化身様のその柳のようにしなやかな御身であれば、多少走ったところで問題はないかと思われますです。体重が今の倍もあったら、少し危ないかもしれないですが……念のため、今は歩く程度にしておくことをオススメするです」


 崩れたら、どれだけ深いんだ?と思わなくもないが、アホ猫がそこまで分かるとは思えないな。出来る事は、慎重に歩くことだけか。


「美の化身だなんて照れる」

「オメェ様は、そのめでたい勘違いを抱えたままピョンピョン飛び跳ねて、崩れた地面の底にでも飲み込まれてしまえです!」


 なんとか道中でモンスターから食料と水を確保できた。これで一安心だ。しかし、穂の魔法とリーシャの戦闘力がなければ、かなり危なかっただろう。俺に戦闘能力は皆無だから、アイテム回収しかやれていないからな。


 しかし、順風満帆とはいかなかった。この荒野を抜けた先で、俺たちは急速に夜を迎えることになった。


 ダンジョン内には、太陽の光など届かないはずなのに、特定のエリアに入ったり、ある時間帯を迎えると、突如として周囲が暗闇に包まれる場所が存在すると聞いたことがある。どうやら、今いるこの場所もその類だったようだ。


「これだと、モンスターの姿を確認するのは無理か」


 一応、空にはぼんやりとした月のような光源が浮かんでいる。だが、その頼りない光では広範囲を把握することはできず、モンスターの接近に気づくのも難しい。下手をすれば、歩いていたらモンスターの群れのど真ん中に迷い込んでいた、なんていう最悪の事態も十分にあり得る。


「美の化身様! あちらに、ひときわ大きな岩がございましたです! 少し高い場所になっておりますので、あの上に登れば、モンスターが近寄ってきても早期に発見できるかと思われますです!」


 アホ猫とて猫ということか。暗闇の中でもよく利く目を持っているようだ。おかげで少し離れた場所にある巨岩を見つけて提案してくれた。


「うむ、ごくろうであった、我が下僕よ」


 なぜか穂が偉そうに頷く。


「誰がオメェ様の下僕ですか、このチビッ子天然魔法使いが!」


 こいつら、なんだかんだで本当に仲がいいよな。


「アホ猫、ちょっといいか?」

「美の化身様のお呼び出しとあらば、たとえ火の中水の中! このリーシャ、光の速さで駆けつけますです!」


 そんな大袈裟なことを言いながら、アホ猫はすぐに俺の前にやってきて、目を輝かせて俺を見上げる。その様子に一瞬ためらったが、意を決して彼女の猫耳風の頭に手を置いた。


「アホ猫。お前のおかげで助かったよ」


 俺の目は死んでいなかっただろうか?精一杯の営業スマイルを浮かべながら、彼女の頭を撫でる。だが名前は絶対に読んでやりたくはないのでアホ猫で押し通した。


「お、ほぉぉぉーーーーーっ! こ、これは、なんというありがたき幸せ! このリーシャ、一生あなた様にお仕えいたしますですぅぅぅ!!!」


 リーシャのテンションは、一瞬で最高潮に達したようだ。この程度で明日も馬車馬のように働いてくれるのなら、多少のストレスは目を瞑ろう。


「……慧。私も、頑張った」


 不意に、背後から袖をくいくいと引かれた。振り返ると、穂がじっと俺を見上げていた。その瞳には、期待という名の圧が込められている。


「あー、はいはい。穂もご苦労さん」


 俺は仕方なく、リーシャを撫でたのと同じように、穂の頭も優しく撫でてやった。


 すると、いつもは無表情な穂の口元が、ほんの僅かだが、嬉しそうに綻んだのを見てしまった。


 ──なんだろう、この感覚。お兄さん、保父さんになった気分です。

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