【第八話】水色のスカートに誓う生存と、風に散る俺の『男らしさ』
リーシャ──もといアホ猫との契約を終えたものの、俺たちの状況は依然として危機的だ。見渡す限りの草原、乏しい水と食料。一刻も早く、このダンジョンから脱出する算段を立てなければ。
「慧。ここはダンジョンの出入り口扱いになっている。スキルの設定変更も可能」
穂が冷静に周囲を観察しながら告げる。なるほど、ワープトラップの転移先は、ある種のセーフエリアになっているのかもしれない。
「デバフがかかるスキルしかないけど、この状況で使って大丈夫か?」
「問題はある。でも、今は水や食料の確保が最優先。このダンジョンから出るのに、どれだけ時間がかかるか分からない。だからアイテムドロップ率を上げる方が合理的」
穂の言う通りだ。俺は頷き、スマホを取り出してスキル設定画面を開こうとした。そこで、ふと思い出す。
「なあ、そういえば俺の職業レベルが上がって、スキルに新しい選択肢が増えてたんだ。穂の意見も聞きたいんだけど、どういう設定にすればいいが要望を教えてくれ」
俺は穂と、ついでに興味津々といった顔で覗き込んできたアホ猫に、スマホの画面を見せる。
▼▼▼
スキル:守ってあげたいタ・イ・プ
スキル:絶対無敵アイドル
・-S10%/+E10%(自身の全ステータス10%ダウン / パーティーの全経験値10%アップ)
・-S20%/+E20%(自身の全ステータス20%ダウン / パーティーの全経験値20%アップ)
スキル:だってお姫様なんだもん
・鈍重付与/+A10%(パーティーメンバーの動きが鈍化 / アイテムドロップ率&レア度10%アップ)
・魔力消費50%UP/+A20%(パーティーメンバーの魔力消費量50%アップ / アイテムドロップ率&レア度20%アップ)
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こうして改めて一覧で見て思った。相変わらずイラッとする名前だな、と。
そして、画面を覗きこんだアホ猫が”美の化身様は、スキルも素敵なお名前でいらっしゃるですね”などとほざいていた。コイツの美的感覚は死んでいるようだ。
追加されたのは「-S20%/+E20%」と「魔力消費50%UP/+A20%」の二つ。
少し前に、一人で試した限りでは、”だってお姫様なんだもん”のアイテムドロップ率ア&レア度のアップは同時に使う事が出来た。”絶対無敵アイドル”の全経験値アップも同様に重ねがけが可能だった。これから職業が成長しても同じような形になるだろう──いや、この呪われた職業が成長した未来を思うなど、あってはいけないことだったな。
「絶対無敵アイドルの経験値アップ系は使わない。今の状況でステータスを下げて経験値を稼ぐメリットは薄い。だってお姫様なんだもんの、魔力消費を50%アップさせて、アイテムのドロップ率を高くするのだけ使うのがいい。」
穂は即座に結論を出す。
「魔力消費が大幅に上がるのは、魔法使いタイプの穂には結構キツいんじゃないか?鈍重の方がいいと思うんだが……」
俺が懸念を口にすると、穂は静かに首を振る。
「逆の見方もできる。私は魔法使い。だから魔力を節約する戦い方や工夫を心得てる。でも、鈍重効果で動きが遅くなった時に、どう対処すればいいのかは専門外。それは戦士系統の領分」
「……確かに、そうか。分かった」
穂の的確な分析に納得し、俺はスキル”だってお姫様なんだもん”の”魔力消費50%UP/+A20%”のみをONに設定することにした。これでアイテムドロップ率とレア度が20%アップするはずだ。
「……………………」
設定を終えた俺を、穂がじーっと見つめている。その眠そうな瞳の奥に、何かを期待する色がチラついているような気がして、嫌な予感が背筋を走った。
「コスプレす「嫌だよ!」」
反射的に答えてしまった。
「生存率が大きく変わることも考えられる。スキル効果が1.5倍になってドロップ率が30%になれば、生存率がかなり高くなる」
穂が理路整然と、しかし有無を言わせぬ口調でまくし立てる──これは間違いなく建前だな。
「……で、本心は?」
俺がジト目で問うと、穂は表情一つ変えずに言い放った。
「慧のエロかわいいコスプレ姿を見れば、私のヤル気が3倍になる」
くそっ! 本音の方には反論したいのに、穂が提示した建前の方のメリットが、この絶体絶命の状況では無視できないほど大き過ぎる!
しばらくの間、俺は内心で激しく葛藤した。生存か、男としての尊厳か。
そして、重いため息と共に、俺は震える手でスキル”守ってあげたいタ・イ・プ”の項目にある、”コスプレ”のアイコンをタップする。
今回もまた、特別なエフェクトが表示されることもなく、俺の着ている服が一瞬で変化する。それと同時に、男として大切にしていた何かが、また一つ音を立てて零れ落ちていくのを感じた。
「はぁ……相変わらず、スカートはスースーして落ち着かないな。でも、前回のセーラー服よりはマシ……か?」
目に映るのは、淡い水色のスカートに、白いエプロン。エプロンに変なフリルがたっぷりついているのは大いに気になるが、スカート丈が前回よりは幾分か長いのは、精神衛生上とてもありがたい。絶対神の加護(スカートの中を見えなくする謎加護)があるとはいえ、短いスカートを履くことには多大な抵抗感があるのだ。
ところで、今回は一体何のコスプレなんだろうか? そんな疑問を抱きながら、穂とリーシャの方に視線を向けると、二人はなぜかワナワナと小刻みに震えていた。その目は、何かとんでもないものを見たかのように大きく見開かれている。
「お、おお……」「そ、それはっ……!」「王道的ロリ少女の……!」
そして、二人は示し合わせたかのように、同時に叫ぶ。
「「アリス!!」」
なんで出会って間もないお前らが、そんなに息ぴったりなんだよ!?
というかアホ猫。お前、なんでアリスを知って――ああ、そういえば、従魔契約を結ぶと主の知識の一部を共有できるんだったか。そうか──お前、穂の偏った知識データベースから、よりにもよって一番いらない情報をピンポイントでダウンロードしちゃったんだな──。
穂「アリス。それは、可憐なる14歳前後の少女に性的興奮を覚えてしまう一部の特殊な紳士諸君を、”アリスコンプレックス”と称するに至らしめた、背徳の少女……!」
猫「その足元を彩る水色と白のストライプ模様のホーゼリーソックスは、ほっそりと未成熟な脚線美を強調すると共に、子供特有の高い体温としなやかな肌の質感を我々に想起させるです……!」
互いの言葉に深く感銘を受けたのか、二人は熱のこもった視線を交わし合う。そして――何を血迷ったのか、手を取り合い、ステップを踏み始めた。
穂「頭上に輝く大きな赤いリボンは、その少女の純粋無垢なる幼さを紳士の脳裏に強烈に印象付け、この青い果実を、己の色で染め上げたいという倒錯した悦びを抱かせる……!」
二人は手を取り合ったまま、トチ狂ったとしか思えない解説を交互に叫びながら、くるくると優雅に回転し、踊り続ける。
猫「清廉なる水色の生地に純白のエプロンを重ねたドレスは、家庭的で健気な少女の姿を効果的に演出。見る者の庇護欲と加虐心を同時に刺激するです……!」
セリフの度に、男女のデュエットのようにパートを交代しているのだろうか。ステップの主導権が交互に入れ替わるも、その動きに一切の乱れはなく、流れるようなコンビネーションダンスは続く。
穂「そして、エプロンドレスから大胆に露出した白魚のごとき両腕が、触れれば折れてしまいそうな少女のか弱さと儚さを雄弁に物語る……!」
猫「ふわりと風に舞い、揺れる水色のスカート! その一瞬の翻りこそが、紳士に背徳のイマジネーションを抱かせ、新たなる世界の扉を開かせるです……!」
踊りながら、二人の視線が再び交錯する。その瞬間、彼女たちの瞳が妖しくギラリと光ったように感じた。
穂・猫「「アリス! それは、古今東西、数多の迷える紳士淑女たちを新たなる道へと目覚めさせ、導いてきた、至高にして究極のロリータァァァァアッ!!」」
ピタッ! と完璧なタイミングで踊りを終えた二人。彼女達は両手を固く握り合い、頬が触れ合うのではないかと思うほど顔を近づけて、ビシッと高らかにキメポーズをとっていた。
そして、しばしの静寂の後。満足げな表情で顔を見合わせた二人は、どちらからともなく拳を軽く突き合わせる。
彼女達の目には、お互いを認め合った戦友が目だけで語り合っているかのような熱すらあった。
そんな二人に対して、俺が絞り出せた言葉は一つしかない。
「……なにやってんだよ、お前ら」
全身の力が抜けるような呆れと共に、間違って”混ぜるな危険”と書かれたトイレ用洗剤同士を全力でシェイクしてしまったかのような、途方もない後悔の念が胸の奥から湧き上がってきた。
だが、直後に気づく。
この変態猫と主従関係を結ぶなんていう選択をしていたら、それはトイレ用洗剤を原液でガブ飲みするレベルの危険行為だったに違いない、と。
そう考えれば、やはり俺の判断は間違っていなかったのだと、心の底から安堵することができた。
――この後。我に返ったアホ猫が俺を見て、盛大に鼻血を噴き出した。お兄さん、ドン引きです。