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【第六話】媚びろ、俺!男としての尊厳がゴリゴリ削れようとも!!

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴れば、ほとんどの生徒が家路につく。

 学校に好き好んで残るのは、課題が終わらない一部の猛者か、よほどの変わり者くらいだろう。


 もっとも、寄り道という名のささやかな冒険は、学生生活における醍醐味の一つだ。俺は昇降口で待っていた宗侍(そうじ)と合流し、コロニー内でも一際目を引く超高層ビルへと足を向けた。


 目的地は”探索者協会”。


 各コロニーに支部を持つ、半官半民の巨大組織。

 名前が冒険者協会ではなく探索者協会なのは、冒険者以外も利用するからだ。


 さて、以前ネットで見た画像そのままに、エントランスは磨き上げられた白を基調とし、巨大なガラス窓からは陽光が惜しげもなく降り注いでいる。吹き抜けの天井はどこまでも高く、壁面にはリアルタイムでダンジョン情報が更新されるホログラムディスプレイが明滅していた。うん、金が凄く掛っていそうだな。


 行き交う人々は、いかにも冒険者といった風体の武骨な者から、俺たちと同じ制服姿の学生まで様々。その誰もが、この洗練された空間に一種の緊張感と期待感を持ち込んでいるように見える。


「うわ……っ、すっごく可愛い……」


 エントランスを抜ける途中でで、協会の職員らしき女性が俺を見て小さく声を漏らす。ふっ、いつものことだ(泣)


「ヒッ……!」


 それから少し歩くと、今度はすれ違った厳つい顔の男性冒険者が、俺の隣に立つ宗侍の姿を認めるなり、息を呑んで足早に去っていった。ふっ、これも、いつものことだ──いや、さすがに自分以外に、このセリフを向けるのは失礼過ぎるな。反省。


「悪いな、(けい)。買い物に付き合わせちまって」


 ビルの中層にある協会直営の売店フロア。そこで宗侍は、申し訳なさそうに言った。ダンジョン攻略に必要な装備や消耗品が一通り揃うこの場所へ、俺は宗侍の代理として同行している。さっきの冒険者の反応で分かるだろ?宗侍が買い物をすると、どんな感じになるか。


 この反応のせいで、買い物に悪い影響が出ることもある。だから宗侍が買い物をする時には、幼馴染の誰かが同行することが多い。


 とはいえ、これは宗侍のパーティーの買い物だ。今のところという前置きはつくが、俺は別のパーティーだ。そんな俺に丸投げするのは申し訳ないということで、宗侍も買い物に同行している。なお、他の幼馴染達は全て別の予定があって、俺以外に暇人はいなかった。


「いいよ。いいよ。でも、後で(すい)の件、よろしく」

「分かってるさ。だが、お前から相談してくれれば、いつでもアドバイスくらいはするんだがな」

「助けてもらうのが当たり前だと思うようになったら、甘えちゃうと思うからさ。こういうのは、キッチリしておきたいんだよ」


 ただでさえ、あの呪われた職業で、おんぶ抱っこになるんだ。さすがに、これ以上甘えるのは人間としてヤバイ気がする。


「相変わらず真面目だな」

「……穂に貸しを作っておけば、あいつのセクハラが少しはマシになるかも、っていう打算もあるけど」

「そ、そうか。……頑張れよ」


 俺のあまりにも切実な悩みに、宗侍が若干引いたような顔をした。


「じゃあ、買う物に間違いがないか確認してもらっていいかな?」


 メモ用紙に書き出したリストを宗侍に見せる。問題ないことを確認し、俺は一人で売店のカウンターへと向かった。そして、作りうる最大限の愛想笑みを浮かべて、カウンターの女性店員に声をかける。


「こんにちは、お姉さんっ」


 媚びろ、俺!

 呪われた職業(足手まとい)によって授けられた、美少女と見紛う容姿を最大限に活用する奥義! これぞ、買い物時に店員のハートを鷲掴みにし、僅かなサービスを引き出すための高等戦術! ……などと内心で叫んでみたが、俺の自尊心がゴリゴリと削り取られていくのが分かる。残念ながら、心の叫びで自尊心への損傷を防ぐ事は出来なかったようだ。


「は、はいぃっ!こ、こんにちはぁっ!」


 俺のスマイル爆撃を受けたお姉さんは、顔を赤らめながらも、一生懸命に対応してくれる。


「ここに書いた物が欲しいんですけど、全部ありますか?」

「はひっ、はいっ、ただ今すぐに確認させていただきますっ!!」


 メモを渡すと、お姉さんは一つ一つ丁寧に商品の状態まで確認してくれる。


 宗侍の代わりに俺が買い物を担当するのには、明確な理由がある。

 俺が愛想よく話しかければ、店員さんは親切丁寧に対応してくれる──稀にナンパされるが。


 一方、宗侍が話しかけた場合、店員さんは強張った表情で、一刻も早く取引を終わらせようとする──稀に、店の奥に店員が逃げ込み、代わりに怯えた店長が対応することがあるが。


 それだけじゃない。俺が買い物を代行するメリットは他にもある。


「そういえば、新しく出たっていう即効性の高い回復薬、従来の物と比べて、具体的にどういう場面で効果の違いが出るんでしょうか?」

「それでしたら、お客様! こちらのポーションはですね……」


 ちょっと関心を示すだけで、お姉さんは自分の知識を披露しようと、求めた以上の情報を、それこそ懇切丁寧に教えてくれるのだ。時には、まだ公にはなっていない業界の裏情報をポロッと漏らしてくれることさえある。かといって、話を振ったからといって、俺がそれを無理に買う必要はない。


「慧、そろそろ行くぞ」


 頃合いを見計らって、宗侍が声をかけてくる。事前に打ち合わせていた通りだ。こうすれば、必要な情報を集めるだけ集めて、実に自然な流れで店を後にできた。


「これ」

「助かった」


 購入したポーションや解毒薬、その他こまごまとした冒険用品を宗侍に渡す。


「で、お前自身は何を買ったんだ?」


 宗侍が俺の持つ小さな紙袋に気づいて尋ねる。


「ん? これはアイテム辞典……の中古品」


 本来、探索者協会では正規ルートで中古品を扱っていない。だが、これは特別に融通してもらったものだ。これも奥義の副産物と言える。探索者協会は膨大な資料を保有しているが、それ故に書物などは新しい版が出ると、古いものは保管場所確保のために比較的早く処分対象になる。職員に優先購入権があるのだが、そこをなんとかお願いして譲ってもらった。


「例の呪われた職業(足手まとい)のせいで、まともに戦力になれないからさ……アイテムなら職業の呪いの影響を受けないかもしれない……うまくいけば、ただの足手まといから、役に立つ足手まといにレベルアップできるん……って少し期待している……うまくいけばいいなぁ」

「そ、そうか……」


 踏んではいけない地雷原の存在に気づいたのか、宗侍は賢明にも話題を変えてくれる。そういう細やかな気遣いができるところ、愛してるぜ!などと、変なテンションで落ち込んだ気持ちを誤魔化してみた。


「なあ、慧たちは、学園が定めたダンジョン攻略許可の条件、今どのくらい進んでるんだ?」

「あー、それがまだ、S2WのLV1ダンジョンをクリアしたばかりなんだよ」


 例の初ダンジョン攻略以来、S2W内でのダンジョン攻略は正直あまり進んでいない。


「今の時期に、焦ってダンジョン攻略を進めるのはあまり良くないぞ。慎重にやった方がいい」

「うん? 急がない方がいいって、何か理由があるの?」


 宗侍の言葉に、俺は首を傾げる。


「この時期に功を焦るヤツは、大抵、装備とか戦術とか、基本的な準備を疎かにして突っ走るんだ。で、後で必ず壁にぶち当たる。俺の学年にも、そういうヤツが大勢いたからな」


 宗侍は、そこで一旦言葉を切り、少し声を潜めて続ける。


「学園が、現実世界のダンジョンに挑戦するための条件として指定してるS2Wダンジョンってのはな、それぞれタイプが違うんだ。それはつまり、タイプ毎の攻略方法や立ち回りを実践で学ばせて、現実のダンジョンに挑むときに、多角的な視点から攻略法を考えられるようにするための布石ってわけだ」


 まったく聞いたことがない話だった。俺たちの担任の木浦(きうら)先生も、そんな重要なことは一言も──俺が授業中に寝ていなければだが。


「下級生が自分から聞きに来るまでは、絶対に教えるなって学園側から釘を刺されてるからな。なんでも、”報収集の重要性を自ら体験して学べ”ってことらしい」

「あー、なるほどな……。そういうのって、他にもあったりするの?」


俺が探るように尋ねると、宗侍はニヤリと口の端を上げた。


「くっくっく……。さあ、どうだろうな?」


 宗侍の悪役然とした笑みは、”絶対にまだ何か隠している”と雄弁に物語っていた。


 そこの通路を通りかかったお姉さん。お願いだから、怯えた表情でスマホを取り出すのはやめてください。決してどこかを爆破して阿鼻叫喚の地獄絵図となる様を思い浮かべてほくそ笑んでいるわけじゃありませんよー。

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