【第四話】隠れるしかない俺の、足手まといでも手を伸ばしたい『景色』
ダンジョンの奥へと足を進める。
道中、少し気になった穂の使い魔猫を指でくすぐってみた。するとフヨフヨと宙に浮かぶ白い猫は、気持ち良さそうに目を細める。
「癒されるなぁ……」
動物は好きだが、現実世界の俺が住むマンションではペットは飼えない。
だから、こういう動物?との触れ合いはあまり経験できないんだよな。
それに、動物との触れ合いイベントで動物と戯れた時は、無数の人に連写されたあとアップされて大変だった。
これからも連写されることなく穂の使い魔に癒やしを供給してもらえるのなら、ダンジョンに入る理由が増えちゃうなー。
「抱きしめるのも、おっけー」
「おう。ありがとう」
穂の許可を得て、白猫をそっと抱き上げた。
見た目通りというか、悔しいことに俺の細っこい胴体ほどの太さがある。だが、ずっしりしていそうなのに、宙に浮いているせいか重さは一切感じなかった。
「ほれほれ」
「ごろごろごろ……にゃん」
顎を撫でてやると、猫はさらに頭を押し付けてきた。本当に癒される。
「はい、スト―ップ」
使い魔と戯れながら歩いていると、先頭を歩いていた柑奈から制止の声がかかった。
まずいな、ダンジョン内だというのに、完全に周囲への警戒を怠っていた。こんな油断癖がついたら、いざ現実のダンジョンに行った時に命取りになりかねない。反省だ。
「準備はいい? ボス部屋に着いたみたいだよ」
やや狭くなった通路の先。
そこに、怪しい赤い球体が浮かんでいるのが見えた。あれがボス部屋のオド、エネルギーの塊が形を成したものだという。
部屋に踏み込めば、それがボスモンスターになるらしい。直接見るのは初めてだが、なんというか、見ていてあまり気分のいいものではないな。生理的な拒否反応が出そうになる。
「オッケー」
「少し待って……よしっ、あの岩陰なら隠れられる」
通路を抜けた先にあるボス部屋。
その入り口に差し掛かる前に、俺は横にある大きな岩陰があるのを確認した。
「慧……」
「慧……」
「その哀れみの目はやめろよ!」
まともに戦えないんだから仕方ないだろ!
ここに来るまで、俺だってモンスターに石を投げつけたり、色々援護を試みたさ。でも、なんでか攻撃しようとすると体に力が入らなくなって、全くダメージを与えられなかったんだ。この忌々しい職業”足手まとい”のせいかもしれない。これはスマホに非表示になっている、裏ステータスと呼ばれる物も早めに確認しておこう。
「ボスっていっても、ここはちょっと強いだけのゴブリンだよ。さっきまでと大して変わらないから」
「フッフッフ。お前は震えて自分の番が来るのを待っているがいい」
「じゃ、柑奈に注意が向いている間に、岩陰に隠れて待つことにするよ」
穂のセリフは、多分どこかの悪役の真似だろう。そのように判断をして、彼女の言葉はスルーをすることにした。
「さて、じゃあ、パパッと片付けちゃいますか!」
「おぉーっ!」
声に迷いのない力強さを宿す柑奈と、両手を掲げて気合いを入れる穂。
その二人の後に続いて、俺もボス部屋へと足を踏み入れる──そして、即座に岩陰に滑り込んだ。
分かってる。
女の子二人に戦わせて、男の自分だけ隠れるのはカッコ悪すぎるって。
だが、例え”足手まとい”であっても、守る側の負担を少しでも減らせる”足手まとい”を目指す。それが俺流なのだ。
岩陰から、起動させたスマホのカメラ機能を使って、岩の向こう側を確認する。
スマホだけを岩陰から出すのだから、これなら危険は最小限にできる。まぁ、ちょっと見えにくいが、背に腹は代えられない。
部屋の中央に浮いていた赤い球体が、ゆっくりと人型へと変化し、地面に降り立った。
多少なりとも迫力のある着地を期待したが、相手はあくまで”ちょっと強いだけのゴブリン”でしかない。ドスンッではなく、ポトッ、という情けない音で着地した。
赤い光が消え、現れたのは黄色いゴブリン。妙に緑色の腰蓑が似合っているな。
「ウゴッ!?」
ゴブリンが声を上げるより早く、その黄色い体が赤く染まった。ゴブリンの輪郭が現れ始めたタイミングで、すでに柑奈が背後に回り込み、登場と同時にナイフを深々と突き立てたせいだ。
左胸に刺さったナイフは、間違いなくゴブリンの心臓を貫いているだろう。間違いなく即死だ。感想は、ただただ「エゲツネェ……」の一言に尽きる。
「………………」
そして、追い打ちをかける穂。
完全にオーバーキル状態のゴブリンの死体に向けて、躊躇なく炎の渦を発生させる。
感想は、ただただ「容赦ネェ……」の一言に尽きる。
炎に包まれても、ゴブリンが微動だにしなかったことからも、柑奈の一撃で即死だったことが伺える。迷いがない、あまりにも躊躇がない。彼女たちの師匠がどちらもアレだから仕方ないといえば仕方ないのだが。
「慧、もう大丈夫だよー!」
周囲に危険がないことを確認した柑奈が、岩陰の俺を呼んだ。とはいえ本当に一瞬で終わった。レベル1ダンジョンのボスなんて、こんなものか。
「ワープポイントは、確かこの先だっけ?」
「うん、5分くらい歩いたところにあったはずだよ」
ボス部屋を抜け、さらにダンジョンを進んでいくと、途中で崖のような場所に出た。そこから見下ろす光景に、俺は思わず足を止めた。
一面に広がるヒカリゴケ。その光が、まるで満天の星空のように眼下に広がっている。
「……少し見ていっていいか?」
二人に許可を取り、その光景に魅入る。
「キレイだな……」
「慧はもっとキレイだよ」
「そういうのはいいって」
穂のお約束のセリフを軽く流しながら、俺は星空のような光景を眺め続けた。
「慧は、こういう景色、見たかったんだよね」
「……ああ、まあ、な」
柑奈の言葉に頷く。
”足手まとい”なんていう、ふざけているとしか思えない職業を得てしまった。それでも命の危険に晒されると分かっていながら、流されるままに冒険者を目指している。本気で嫌がれば彼女達も強要はしないと思う。でも、そうせずに流され続けている理由が、この景色にある。
「ダンジョンには、現実にはない、こんなにも綺麗な景色があるんだよな。それを、写真に撮って色んな奴に見せたいんだ。世の中には、まだこんなに美しいものがあるって、さ」
もし自分の命とこの願望を天秤にかけたら、間違いなく命に傾く。
これは断言できる。
だが、多少の危険程度なら、完全に幼馴染達に頼りっきりになるけど、確実にこの願望に心が傾いてしまう。そんな中途半端な気持ちではあるが、願望であることに代わりはない。だから中途半端な気持ちのまま、忘れられずにいる。
「ダンジョンには、こういう光景がたくさんあるっていうし、慧が撮った写真の写真展を開こうよ」
柑奈が口にしたのは、頭のどっかで思った未来。夢と呼べる程には強い気持ちを抱けない、些細な願望。命の危険があるのなら無理だろうなと思っていたが──
「俺は足手まといになるだろうけど、足手まといなりに出来ることを頑張るからさ。甘えさせてもらっても、いいか?」
許されるのなら、少しだけこの中途半端な願望を追ってもいいかもしれない。
「おっけー。ちょっと肌色多めなセクシーショットをアップしてもいいなら、もっとおっけー」
「空気読めよ! それと、だめだからな、肌色の多いヤツは! 絶対にアップするなよ!」
穂よ、たまには空気を読んでくれ! わりと覚悟を決めたつもりだったのに、一瞬でいつも通りの緩い雰囲気に戻ってしまったじゃないか!
まあ、でも、こっちの方が俺達らしくて、いいかもしれないな。