【第三話】スキルレベルアップ! 俺(男)に『絶対神の加護』がついた件
入学式は終わった。
俺たちの高校生活は、今、ここから始まるのだ!そんな気分だ。
気分が凄くいい。
S2Wは、量子の世界に構築された空間だ。物理法則のような現実の根幹を成すルールは存在するが、同時に仮想世界めいた柔軟性も兼ね備えている。
色々とこ難しい話しはあるが、重要なのはこの世界では死なないという点だ。
S2W内で使っている身体はアバターという名前だが、この世界で死んでもアバターを一時的に失うだけで済む。このアバターを失う事をロストと呼ぶが、簡単にアバターは再構築できるのが嬉しいところだ。
このS2Wの世界でダンジョンに潜るには、許可を取っておく必要がある。
そのための施設は学園の端っこにあった。
緩やかな曲線を描く、清潔感のある白い壁。そして差し込む陽光を柔らかく反射する大きな窓ガラス。そんな近未来的なデザインの建物。ここが、ダンジョン関連の手続きを学園内で一手に引き受けている施設だった。
さっそく入口の自動ドアをくぐる。
やはり中は広い。
だが俺達と同じ考えの生徒ばかりだったのか、カウンターの前には長い列ができている。そのせいか、少し息苦しさを感じた。
だが──
「どうぞ、お先に」
「前いいですよ」
「僕は後でいいので」
みんな親切な人ばかりだった。
次々と俺に順番を譲ってくれたのだ。結果、待つことなく列の最前列に立つことができた。
「さすが慧。男子に大人気」
「皆、親切なだけさ」
穂の小さく呟きに、柑奈がなぜか得意げに頷く。
確かに譲ってくれたのは大半が男子だった。しかし女子も数人いたし、人気は男子だけじゃない……よな?
「うわーーすっごい美少女」
これが受け付けのお姉さんの第一声だった。やはり男子にだけ人気があるのではないのだ。
「男です。ダンジョン探索の許可をお願いします」
「またまたー。こんな可愛い男の娘さんなんて、アニメの中にしかいませんよー。こちらに必要事項を記入して下さい」
「男です。クラスは……」
「所属する学生証に書いてありますよ。ふふふ、こんな可愛い女の子がいたんじゃ、男の子は勉強どころじゃないでしょうね」
「男です。書き終わりました」
和やかな会話を続け、空欄を埋めた手続き書類を渡す。
「スルースキルが、成長しているねー」
柑奈が感心したように呟く。彼女の言う通り、こういう会話にはもう慣れて、頭の中には定型文があるほどだ。
「後日、探索者協会の方で正式な職業の確認が必要になりますが、自己申告でも先に仮登録は可能です。この場で登録を済ませておけば、S2W内の初級ダンジョンであれば、すぐに許可証を発行できますよ。どうなさいますか?」
「お願いします」
「はい。では、こちらの用紙に、ダンジョンに潜る際の職業をお書きください」
渡された用紙に、先日スマホに表示された例の職業名を書き込んで差し出す。
「…………え」(意訳:職業が足手まとい?)
「これが私の職業です」(意訳:はい私の職業は足手まといという名前です)
「えぇー……」(意訳:そんなことってあるんですか!?)
「残念ながら」(意訳:私も否定したいのですが、現実は残酷ですね)
このお姉さんとは、うまくやってけそうな気がする。
初対面なのに、まるで旧知の仲のように話が通じた。
※
許可証を受け取ると、すぐさまダンジョンへと向かった。もちろん、現実のダンジョンではなく、S2Wの世界のダンジョンにだ。
S2Wは人工的な世界だと勘違いされがちだが、それは違う。量子の確率を人の手で確定させるまでは行うが、そこから先は自然発生に任せることになる。だからダンジョンもまた、自然発生した物だ。
さて、S2Wでもダンジョンに入る方法は同じだ。
特定の場所に存在する石柱の前で、スマホのアプリを起動させればいい。
S2Wでのダンジョン入場方法は現実と同じ。特定の場所に立つ石柱の前で、スマホの専用アプリを起動させるだけだ。
今回向かったのは、最も基本的な洞窟タイプのダンジョン。ここはLV1、文字通りの最弱ダンジョンだ。だから、身の危険はほぼない。
「慧。スキルの設定はいい?」
「いまやる」
スマホの画面を開く。
そこで真っ先に目に飛び込んできたのは、あの職業名だった。
なんて忌々しいお名前なのでしょうか?一目見ただけで、慧さんのSAN値がごっそり削れましてよ。
などと、脳内で冗談を言ってみたが、これどうしようか?職業の画面には、先日はなかった文字が表示されている。
「なんかあった?」
穂と柑奈が、遠慮なく俺のスマホ画面を覗き込んでくる。
やはり、このスマホにはプライバシーという言葉が存在していないようだ。
「職業がレベルアップしてレベルが2になったら、スキルに新しい能力が追加されていた……」
「へぇー、どんな機能? なんか元気ない言い方から、能力の方向性は予想できるけど」
さすが幼馴染の柑奈だ。俺の感情を的確に読み取ってくる。
「……コスプレ」
「きっと似合う。ガンバ」
穂が、抑揚の無い声で励ましてくれた。
そこに哀れ身の感情が一切ないあたり、形だけの言葉なんだろうな。
▼▼▼
スキル:もっと可愛い私になる:コスプレをすると他スキルのプラス効果50%アップ&絶対神の加護を付与※ONにすると、今着ている服がランダムに変化します
▲▲▲
他のスキルのプラス効果が50%アップ。これは破格の効果だ──俺の羞恥心さえ無視できれば、の話だが。
それよりも”絶対神の加護”というのが気になる。”足手まとい”の効果を覆す力があるのかもしれない。だが、同時に”コスプレ”という言葉からは、嫌な予感しかしない。
”守ってあげたいタ・イ・プ”のせいで、この職業には不信感しかないんだ。
それでも、”絶対神”という言葉の魅力に抗うことができず、俺はスキルをONにしてしまった。
「おお」
「うわ」
特別なエフェクトもなく、スキルをONにした瞬間に俺の服が変わった──セーラー服にな!!
「ちょ、短すぎないか!?」
なんで、こんなに短いスカートで、女の子は平気なんだ!?少し油断しただけで、下着が見えてしまいそうだ!
「セーラー服。それは男なら誰もが一度は自分も着て見たいと願う神秘の秘宝」
「穂、そんな変態チックな願望は一部の紳士しか抱かないと提案させてくれ」
「却下」
自信に満ち溢れた口調で、そのように語る穂の姿は、この世の真実を語る賢者の様ですらあった──錯覚であるのは分かっているが。
「絶対神…………はっ!!」
「ちょっ、見るなぁぁぁ!!」
小さく呟いた穂は、何かに気付いたのか、大きく目を見開いて地面にしゃがみ込む。そして覗きこんできやがった、俺のスカートの中を。
「…………やっぱり見えない」
「ガッカリした風に言うなよ」
一体何を期待していたんだ穂は?て、いうか、これ、下着履いてるのか? スカートの下に手を入れて確認してみる……よし、セーフ。
「絶対神は、絶対領域の神であると判明した」
「は?………………………………絶対領域?」
聞いた事のない言葉だ。
名前だけならカッコイイが、嫌な予感しかしない。
「絶対領域。それはスカートの下に存在する、乙女の秘密を隠す神の奇跡。時にはスカートが不自然に揺れて視線を遮り、またある時は不可思議な光が差し込む。でも、最もベーシックなのは、異常に短いスカートの中が暗闇に染まる現象。慧のスカートも、不自然に動いて視線を隠そうとした。それが無理だと判断したのか、次はスカートの中を闇で覆い尽くした。まさしく理不尽な神の奇跡」
「もうやだぁ」
俺は泣きそうになり、その場にへたり込んだ。一瞬でもこの職業を信じようとした自分の純粋な心が、今、思いっきり汚された気がした。
「本当に、スカートが不自然に下着を隠している」
「 !! 」
柑奈の言葉に、思わずスカートを押さえ込む。
「女の子同士なんだし、別にいいじゃん」
「ラブコメ漫画でありそうな、座りこんだ美少女のセクシーシーンゲット」
「俺は男だぁ…………なんなんだよ、このセクハラ女子たちは……」
あまりにも理不尽すぎて、本気で涙が出てきた。
「ぁ、ぅ、ごめん」
「ぅ、慧、ごめんね。あと、その顔、男子の前でしちゃダメだからね…………イタズラじゃ済まないから」
イタズラじゃ済まないって、一体何をされるんだ?
「それって……」
「さ、さぁ、奥に行こう」
「レッツラゴー」
俺の疑問を遮るように、柑奈と穂はダンジョンの奥へと進んでしまった。
ダンジョンの奥へと進む。
なお、スキルの設定は先程までいたダンジョンのスタート地点か、ダンジョンの外でしか行えない場合も多い。俺のスキルは、全てそれに当てはまるため、ダンジョンの中で都合よくONとOFFの切り替えを行うことはできない。
仕方なく、俺も彼女たちに続いてダンジョンの奥へ進む。
そういえば、スキルの設定はダンジョンのスタート地点か外でしかできない場合が多いと聞いたことがある。どうやら俺のスキルも、ダンジョン内でON/OFFを切り替えることはできないようだ。これは注意をしないといけないな。
「俺のスキルの影響どうだ?」
今回は、
「少し動きにくいかなー?でも十分に動けると思う。穂は?」
「……眠い」
「それ、使い魔っていうヤツか?」
穂の周りを、三頭身位のネコが三匹ほどフワフワと浮いている。
それぞれ白、黒、白黒の三毛猫だ。
「そう。これでダンジョン攻略の動画を撮って一山当てる」
「……そっか。頑張れよ」
いつも眠そうな顔をしているのに、鼻息荒くして妙に気合が入っているな。
「まあ、冒険にはお金が必要だから。学生だと、こうでもしないとねー」
「……穂。俺も頑張るよ」
柑奈の補足に、なんだか申し訳ない気持ちになった。
そうだよな。装備品なんかの準備に金がけっこう必要なんだよな。
「大丈夫、慧がいるだけで数字は取れるから。動画をアップする許可さえくれればいい」
「まぁ、うん……いいよ…………いや、やっぱアップ前にチェックをさせてくれ」
うっかり即答しそうになったが、許可した場合のヤバさに寸前で気づけたのは、自分にGood jobと言ってやりたい。ノーチェックだと、俺へのセクハラ映像が垂れ流しになりそうだ。
「大丈夫。慧のセクシーショットはアップしない。垢バン怖いから」
垢バンがなければ、出す気だったのか。俺の、いかがわしい映像を。
「安心していい。慧のエロ画像は、私の心に厳重に保管してある」
「忘れて?」
「却下」
答えは分かっていた。だが、一体どんなエロ画像が穂の心に保管されているのだろうか?……気になる所だが、心当たりが多すぎて特定ができない。それが悲しい。
それからさらに歩き続けると、早速変化が訪れた。
「このダンジョンなら2時間で一番奥まで行けそうだねー」
「一番奥まで行って、ワープポイントでリターン。これがベスト」
柑奈の言葉に、穂がドヤ顔で説明を付け加える。
もちろん、いつも通りのドヤ顔は健在だ。
「ここに触手モンスターはいないから、慧は安心していい」
「なにを言っているんだ?」
「貞そ「それ以上言うなよ」」
こいつ、穂は俺の事を何だと思っているのだろうか?
「モンスター発見~」
通路の先には、背の低い緑色の──いわゆるゴブリンと呼ばれるやつが歩いていた。
柑奈は、嬉しそうに声を上げると、鼻歌を口ずさみながら走る。そして瞬く間に距離を詰めると、背後に回り込みナイフを突き刺した。
心強いヤツだ。
でも鼻歌交じりに、ゴブリンにナイフをサクサクと突き刺す様子は、どう見ても殺人鬼が被害者に相対している図にしか見えない。
いちおう弁明をするのなら、彼女が鼻歌をうたうのは、攻撃のリズムを取るためだ。決して、心底楽しんでいるわけではない……そう信じようと思っている。ついでに、彼女の笑顔がやけに残虐に見えるのも、気のせいだと信じてようと思っている。
「焼却処分」
ゴブリンの死体に、穂が火魔法を放つ。死体に鞭打つとはこのことだろう。あまりにも酷い仕打ちだ。しかし、これにも理由がある。
モンスターの死体を放置しておくと、稀にゾンビとして復活することがある。だから、何かしらの後処理が必要になる。しかし、この行為をしている間も、穂の表情が普段と全く変わらないが、少し嬉々としているような気がしなくもない──これも気のせいだと信じてようと思っている。
なお、彼女達が戦っている最中、俺はビクビクしながら物影に隠れていました。